知識・Tips 2025年03月12日

もっとも多く使われているエンプラ「ポリカーボネート」 ~「軽くて割れないガラス」というイメージで用途拡大~

左から日本プラスチック板協会 専務理事の永見哲さん、ポリカーボネート樹脂技術研究会(PC技研) 事務局長の薦田隆志さん、同じくPC技研技術委員長の大津和弘さん、PC技研広報委員長の上村宣尚さん
エンプラ(エンジニアリングプラスチック)とは、一般的に100℃以上の耐熱性、50MPa以上の曲げ強さ、2.4GPa以上の曲げ弾性率を有する、汎用プラスチックよりも性能の高いプラスチック(樹脂)のことです。特に透明性と強度が優れたポリカーボネート(PC)は、エンプラではもっとも多く生産され広く使われています。その原料の製造から製品づくりまで、さまざまな形でポリカーボネート産業に携わってきた4人の方(写真)に、このエンプラの性質、材料としての魅力、将来性などについてお話しいただきました。
図1:ポリカーボネートの化学式と特長、透明なペレット。プラスチック名のポリカーボネートとは「カーボネート基が連なっている」という意味であり、原料であるビスフェノールA骨格の部分を変えることで、さまざまなポリカーボネートを作ることができる。ただし、現状ではビスフェノールAほど容易に入手できる原料がないため、図中の化学構造のポリカーボネートが主流となっている。日本では年間約30万トンが生産されており、エンプラとして最大の生産量を誇る。米粒状のペレットを融かして、射出成形などで製品を作る。

“憧れの筆入れ”の材料だった

「サンスター文具の『アーム筆入』は私たちの世代が子どもの頃に、みんなの憧れの筆入でした(図2)。セルロイド製が多い中で、ポリカーボネート製のこの筆入は透明で強く、『象がふんでもこわれない!』というキャッチコピーのCMが流れていました。筆入の上でプロレスをやって、その強度を試したこともありましたね」と話すのは、PC技研事務局長の薦田(こもだ)さん。ポリカーボネートという材料との出会いを懐かしい思い出として記憶しているそうです。

図2:1965年に発売されたサンスター文具の「アーム筆入」。「象がふんでもこわれない!」をキャッチコピーに、モデルチェンジしながら現在も売られている(サンスター文具株式会社提供)。
図2:1965年に発売されたサンスター文具の「アーム筆入」。「象がふんでもこわれない!」をキャッチコピーに、モデルチェンジしながら現在も売られている(サンスター文具株式会社提供)。
この筆入がうたう「象がふんでもこわれない!」という文句からもわかるように、ポリカーボネートは強度の高いエンプラです。ほかにも透明性が高く、耐衝撃性や耐熱性に優れている点が重要な特長とされています(図1)。

ビスフェノールAから合成されるポリカーボネート

ポリカーボネートは、日本国内だけでも年間約30万トンが生産されており、もっとも多く使われているエンプラです。工業的には、大別すると溶融法と界面法の2通りの製造方法がありますが、後者では図3のようにビスフェノールAと塩化カルボニルから合成され、化学式中に赤で示したカーボネート基が連なっていることから、「ポリカーボネート」と呼ばれています。つまり、青で示したビスフェノールA由来の部分はほかの化学構造でもいいのですが、現在、製造されているポリカーボネートはほとんどがビスフェノールAを原料に作られているため、図3のような化学構造をしているのです。

図3:ビスフェノールAを原料にしたポリカーボネートの合成
図3:ビスフェノールAを原料にしたポリカーボネートの合成
その理由について日本プラスチック板協会 専務理事の永見さんは、「1950年代、日本でも石油化学工業が興りました。石油化学工業の過程で大量のクメンという物質が生産されるのですが、これをなんとか有効利用できないかということになったとき、まずフェノールが合成され、これを原料にしてビスフェノールAが作られたのです。つまり石油化学工業で得られる大量のビスフェノールAを背景に、このポリカーボネートが誕生したのは必然の成り行きだったと言えるでしょうね」と話します。
 
薦田さんも「ビスフェノールA以外を原料にしたポリカーボネートは存在しますが、今のところ大量生産には至っていません」と話し、原料を大量に確保できることが、このポリカーボネートの用途拡大の礎になっているのだとわかります。
永見さん(左)と薦田さん(右)
永見さん(左)と薦田さん(右)
“石油化学工業が決めた”とも言えるポリカーボネートの化学構造ですが、これがプラスチックの優れた性質を決めています。ビスフェノールA由来の構造によって分子の中に広い自由な空間が生まれ、変形時のひずみエネルギーを効果的に分散させることができるので、高い耐衝撃性を示すといわれています。
 
また、PC技研技術委員長の大津さんは、「ベンゼン環をもつプラスチックには耐熱性が高いという特長があります。また、ポリカーボネートの最大の特長ともいえる透明性は、このプラスチックが非晶性であることに起因しているのです」と説明します。結晶性のプラスチックは、結晶の部分と結晶ではない部分の光の散乱の仕方が異なるため、結果として濁ってしまいます。それに対して、非晶性のポリカーボネートは光の散乱が均一なので透明なのです。
 
また非晶性であることは、成形のしやすさにもつながっています。エンプラに分類されるすべてのプラスチックが温度を上げると軟らかくなる熱可塑性プラスチックです。この性質により、エンプラは加熱して融かして望みの形に成形できますが、結晶性のエンプラには結晶ができる際に縮んでしまうため変形が起こりやすいという問題があります。一方、非晶性のプラスチックではそのようなことが起こらないため、射出成形によってさまざまな形が作れます。こうして、ポリカーボネートで作られた複雑な形をした部品や玩具などがあるのです。
 

用途に応じた性質を細かく実現

原料の入手のしやすさとプラスチックとしての性質の良さが相まって、ポリカーボネートは実にさまざまな場所で使われており、その用例をあげれば枚挙にいとまがありません(図4)。

建築資材 屋根材、窓材、壁材、カーポート、アーケードの屋根材、透明仮囲い、高速道路の防音板
医療機器 人工透析器、保育器、三方活栓(点滴用の三つまたの栓)、コネクタ、そのほか医療部品
乗り物 自動車のヘッドランプセット、新幹線や飛行機の窓、バイクの風防、グレージング(自動車用窓等)、メーターパネル
電気・電子 家電製品、カメラ・パソコン・スマホ等の筐体、CDやDVD、各種電子部品
スポーツ・レジャー用品 スーツケース、パチンコ台、ヘルメット、スキーゴーグル、サングラス、スケートボード、ホッケーリンク、サッカーベンチ
照明・光学用品 LED照明、照明グローブ、液晶ディスプレイ用導光板、カメラレンズ、ヘッドランプ、眼鏡
食品接触用途 食器類、台所用品、ウォーターボトル、リターナブルボトル、チョコレートモールド(型枠)
保安・安全製品 ヘルメット、保護メガネ、防弾ガラス、ライオットシールド(機動隊の盾)
その他 おもちゃ、水槽、パーティション、戦闘機のキャノピー、イス、スマホケース、筆記具etc.
図4:ポリカーボネートの主な用途。たくさんあることに驚かされる。

 
これほどまでに用途が拡大した理由を、「製造各社がそれぞれ標準的なポリカーボネートを何種類か持っているのですが、それを重合度(モノマーの数のこと。化学式ではnで表されている)を変えてみたり、さまざまな添加剤を加えてみたりして性質をいろいろ変えています」とPC技研の広報委員長の上村さん。メーカー各社でお客様が使いやすいように用途に合わせて、ポリカーボネートの性質を細かく調整しているそうです。
大津さん(左)と上村さん(右)
大津さん(左)と上村さん(右)
例えば、かつて音楽媒体の主流であったCDを作るには、細かい成形がしやすいという理由から重合度が低く粘度の低いポリカーボネートが使われていました。そのため、ポリカーボネート製品としては壊れやすく、捨てる際にシュレッダーにかけられるのです。反対に、警察の機動隊員が身を守るために持つ盾などは、強度が求められるので重合度が高いものが用いられている上に、ガラス繊維で強化されたり2枚重ねにされたりしています。
CDと防護メガネ
CDと防護メガネ
また、もともとプラスチック中の酸素原子の数が少なく燃えにくい材料なのですが、難燃剤を添加してさらに燃えにくくしたり、離型剤を加えて成形後に金型から取り出しやすくしたりできます。ほかのプラスチックを混ぜて、ポリカーボネートとそのプラスチックの良いとこ取りをすることもあります。着色できるのでさまざまな色も楽しめます。
きれいに着色されたポリカーボネート
きれいに着色されたポリカーボネート
そんなポリカーボネートに対して、永見さんは「軽くて割れないガラスというイメージをもっていただけるといいのではないでしょうか」と話します。汎用エンプラ(さらに高性能なスーパーエンプラに対してこのように呼ばれる)では唯一の“透明”という性質が、さまざまな場面で生かされているのです。例えば、光を取り込んで気持ちのいい空間を作り出しているアーケード街やスタジアムなどの透明な屋根の多くは、ポリカーボネート製です。
アーケードの屋根(イメージ)。強度があるということから、工事現場やアイスホッケーリンクを囲う透明の板はポリカーボネート製である。ビルの窓がポリカーボネート製になる日はくるだろうか。
アーケードの屋根(イメージ)。強度があるということから、工事現場やアイスホッケーリンクを囲う透明の板はポリカーボネート製である。ビルの窓がポリカーボネート製になる日はくるだろうか。
「屋根の上に持ち上げるのにも、ガラスよりも軽いし割れないわけですから、建材として安全性が高いのです。一方で、水族館の巨大水槽に用いられている厚い透明の板はアクリル製です。ポリカーボネートは熱可塑性プラスチックなので、均一に冷やすことが難しい厚手の製品には向いていません」。この弱点を克服したいと、永見さんは以前ポリカーボネートの板を貼り合わせる実験をしていたそうです。
食堂などで見るピッチャーとウォーターサーバーのボトル。衛生的で安全なエンプラと認められている。落としても割れない。
食堂などで見るピッチャーとウォーターサーバーのボトル。衛生的で安全なエンプラと認められている。落としても割れない。
すでに私たちの暮らしを支えているポリカーボネートですが、さらにDIYなどで使うことはできるのでしょうか。「板材がホームセンターで入手できます。どうやら断熱のために窓ガラスに貼る人がいるようです。ただ、ナイフで切ったり、接着剤で貼ったりするのにはあまり向かない材料なので、広くは使われていないと思います。もし簡単に貼り付けられるようになったら、状況は変わるかもしれませんね」(永見さん)。

工業化65年 将来を見据え今なお進化を続ける

ポリカーボネートは、1898年にミュンヘン大学のドイツ人科学者Alfred Einhornによって最初に発見されました。1950年代に入ってようやくBayer社が工業化に向けた研究を開始し、1959年に商品化しました。1960年代に入ると日本でも製造が始まります。以来65年にわたり使われてきましたが、今なお進化しています。
 
「最近では、こんなものも作れるんです(図5)」と大津さんは自社で開発した最新製品を紹介してくれました。金属のような光沢と硬い質感ですが、実際には葉の形に成形したポリカーボネートです。金属との違いは圧倒的に軽いこと。思い通りの形のものを作ることができるプラスチックで、このような質感を表現できるのであれば、これまでにない製品のデザインが可能になります。

図5:葉の形のポリカーボネート。ポリカーボネートを葉の形に成形し、金属のような光沢と硬い質感がある。塗装をしないため、環境中に揮発性有機化合物が放出されることがない。
図5:葉の形のポリカーボネート。ポリカーボネートを葉の形に成形し、金属のような光沢と硬い質感がある。塗装をしないため、環境中に揮発性有機化合物が放出されることがない。
また、大津さんは「自動車ではすでにヘッドライトなどさまざまな箇所に使われていますが、自動車の軽量化は地球環境問題に貢献すると考えています」と自動車産業におけるポリカーボネートのさらなる利用に期待しています。永見さんも「砂などで傷がついたり、紫外線の影響で時間が経つと黄色くなったりするので実現していませんが、自動車のフロントガラスなどに採用されたらいいですよね」と大津さんに賛同します。
 
一方で、プラスチックの環境への影響が懸念されていますが、ポリカーボネートのリサイクルは進んでいるのでしょうか。「各社が取り組みをしています。一部ではありますが、プリンターやディスプレーの本体などは回収され、破砕して融解して成形して新たな製品に生まれ変わっています」と上村さん。「ただ、使われ方によっては汚れがついていますし、同じポリカーボネートと言ってもそれぞれ重合度や添加剤が異なりますから、それらをまとめてリサイクルするのは、高い性能を保証しなくてはならないポリカーボネートでは容易ではありません」と薦田さんがリサイクルの難しさを説明します。
 
「そんな状況ですが、最新研究では、二酸化炭素(CO2)からポリカーボネートを作る取り組みが進んでいます」と薦田さん。カーボネート基を見て「二酸化炭素に似ている!!」とお気づきの方もいるかもしれません。この特長を利用して、二酸化炭素を原料に生産しようと発想した企業や大学が、懸命に研究開発を続けています。まだ、課題はありますが、ポリカーボネートの特長の欄(図1)に“二酸化炭素の削減に貢献”と加わる日が来るかもしれません。
取材・執筆:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子(ライター)
写真撮影(「アーム筆入」とアーケードの屋根を除く):盛 孝大
サイテック・コミュニケーションズ:https://scitechcom.jp/
日本科学未来館開設時の展示作成に関わったメンバー4名によって設立。以来、新しいメンバーを加えながら、科学研究や技術開発の情報を、「オモシロイ!」「スゴイ!」と感じられる形にして世界中にお届けしたい、という思いで活動しています。

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