知識・Tips 2024年02月27日

社会の動向に合わせて必要とされる技術を探る ~接着技術の今後の展望 2024~(東工大 佐藤千明教授)

 東京工業大学(東工大)の佐藤千明教授
東工大 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の佐藤千明教授は、30年以上にわたり接着剤研究に携わってきました。2013年以降、車の車体を軽量化するためにさまざまな材料を適材適所に用いる「マルチマテリアル化」が盛んに行われるようになると、そのための異種材料の接着技術の研究に力を注いできました。昨年に続く今回のインタビューでは、自動車業界や社会のニーズに応える接着剤開発の現状をはじめ、佐藤教授の研究に対する考え方についても聞きました。
蓄電池にためた電気だけを動力に走る電気自動車(BEV:Battery Electric Vehicle、左)と、水素発電でつくった電気で走る燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle、右)。それぞれ動力源となる蓄電池(左、黄)と水素タンク(右、黄)を積んでいる。地球環境を考えると、ガソリンエンジンで走る従来の自動車に代わる、これからの自動車として主流になるかもしれない。

あらゆる方向からの研究開発が求められる「接着技術」

—1年ぶりにお話を伺いますが、接着技術の研究をめぐる社会状況は変わったでしょうか。

変わりましたよ。1年前、自動車は電動化や自動運転に向けた知能化など、取り組むべき課題が多くて、軽量化は少しトーンダウンしていると話しました。そしてあの頃は、欧米の国々を中心に「今後は電気自動車(BEV)が主流になる」と強く主張していたのですが、2023年のうちに、そうした国々でBEV離れが相次いで起こったのです。要するに、まだちょっと時期尚早だったのかもしれません。

—どうしてBEV離れが起こっているのでしょうか?

BEVを走らせるには、まず街中に十分な数の充電ステーションを設置しなくてはなりません。しかも現在の充電式電池(蓄電池)では1回の充電で走行できる距離が短い上に、走行後の充電に時間がかかります。これでは、移動手段として非常に不便です。
 
こういった問題の多くは、いい蓄電池が開発されれば解決されます。しかし、それまではエンジンと電気で動くモーターを組み合わせたハイブリッド自動車(HV:Hybrid Vehicle)が、エンジン自動車よりも地球環境に対する負荷が少なく、かつ価格も適正ですから現実的ということになるでしょうね。
 
充電ステーション(イメージ)
—これからの自動車産業の行く末の鍵を握っているのは蓄電池だと?

私はそう思っています。東工大でも菅野了次【ルビ:かんのりょうじ】教授が「全固体電池」を研究しています。全固体電池は電解質が固体なので安全性が高い上に、1回の充電で走ることのできる距離は従来の2倍に、充電にかかる時間は従来の3分の1になるだろうと言われています。
 
私を含めてエンジニアと呼ばれる人間は、「原理原則にかなうことは必ずできる」と思っているものです。できないとすれば、研究の時間が足りていないか、まだそこまで自分達の技術が到達してないか、あるいは、そういうめぐり合わせにないかです。ですから時間がかかっても、いつかはいい電池が登場するはずです。
 
そうなればBEVばかりでなく、HVや燃料電池自動車(FCV)も性能が上がります。そもそもエンジンと電気エネルギーの両方を動力に走行するHVは蓄電池を搭載しています。FCVは燃料電池だけでも走行できますが補助の蓄電池があればエネルギー効率が上がります。蓄電池がよくなることは、BEV以外の自動車への恩恵も大きいのです。 
 
—つまり、どの自動車が主流になるかはわからないということでしょうか。
 
私はどれか一択にする必要はなくて、いろいろな動力の自動車がその特性に合わせて走ればいいと考えています。つまり自動車にも多様性があっていいわけです。実際、ドイツのトラックの会社では、小型で走行距離が短いトラックには蓄電池を使い、大型で走行距離の長いトラックには燃料電池を使おうと、動力の使い分けを検討していますよ。
 
—いろいろな動力の車が混在するようになると、接着への要求は多くなりそうですね。

そうです。車体の軽量化を目的とした「マルチマテリアル化」だけを考えればいいわけではないのです。新しい製品が登場すると、その製品には必ずといっていいほど接着剤が使われています。ただ、接着剤は縁の下の力持ちなので、どういったものがどういったところに使われているかを、外部の人が知ることはほとんどできません。
 
昨年は、電気自動車のことを考えて、電池周りで使える高温に耐えられる接着剤の開発が求められていると話しました。それは引き続き重要ですが、ほかの動力で走る自動車のことも考えると、ほかの接着剤、接着技術についても考えなくてはなりません。接着への要求も多様化しているのでたいへんですが、この分野が飽和していないということですから、いいことだと思っています。
 
—昨年のお話では、2022年からNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトで燃料電池自動車関連の研究をしていると伺いました。

NEDOの「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」で、「固体高分子形燃料電池用接着シール技術の研究開発」を進めています。ただ、その内容に関してはまだお話しできません。

一方、私が実施している内容ではないのですが、水素タンクの話が面白いです。昨年、私が次世代自動車としていちばん期待しているのは、水素タンクを積んで発電しながら走行するFCVだとお話ししました。ただ、水素は常温では気体で体積が大きいので、自動車に載せるには高圧水素タンクで圧縮します。しかし、これでは効率が悪いので、最近は、極低温で水素を液体にして自動車に搭載しようということになっています。そのために極低温の液化水素タンクに使える複合材や接着技術が重要になってきています。
 
液化天然ガスの低温のタンクのシーリングには、ポリウレタンの接着剤が使われています。しかし液化水素タンクの極低温は、液化天然ガスのタンクの低温の比ではありません。どんな材料が使えるのか、あるいは高分子材料はそもそも使えるのかさえも、皆目見当がつきません。
 
極低温でも良く伸びる接着剤を開発するために、この分野に30年以上携わってきた私にとっても未体験ゾーンでの研究が続いているのです。プロジェクトが終わるときに成果を報告しますね。

—こうして進めば、日本が2020年10月に宣言した、2050年にCO2排出量をゼロにする「2050年カーボンニュートラル」の目標を実現することはできるでしょうか?

それは、「自動車が走行中にCO2を排出しなくなること」とは別の問題だということを理解しなくてはなりませんね。

「Well to Wheel(ウェル・トゥ・ホイール:油田から車輪まで)」という言葉がありますが、自動車では燃料を手に入れる段階から実際に走行させた段階までのCO2排出量を評価しなければならないという意味です。BEVの電気エネルギーにしても、FCVの水素エネルギーにしても、何らかの一次エネルギー源があって、それから作られる二次エネルギーです。この電気や水素が作られる時にCO2が出てしまったら、走る時にCO2を排出しなくても、結局CO2がゼロになったとは言えません。つまり一次エネルギー源を石炭や石油でなく、風力発電や太陽光発電、原子力発電などにしなければ、カーボンニュートラルは実現しないのです。

一方で、単に化石燃料をまったく使わなくなるのではなく、化石燃料のCO2を排出しない使い道を探ることもサイエンスの重要な役割だと考えています。こうしたさまざまな技術があって、ようやくCO2排出量ゼロは実現できるのです。
 

—自動車以外の接着技術で、最近、気になったことはあるでしょうか?

最近、太陽電池をビルの壁に貼り付ける話がありましたよ。太陽電池が薄型軽量になったから可能になったわけですが、私にはどのような接着工法が使われているのかが気になっています。自分でもその接着剤の性能を評価したみたいですね。こうして新しいものがどんどん出てくることも、接着剤研究の面白さです。

 ビルの壁に貼られた太陽光発電池(イメージ)

1人の研究者の役目は「できることをほんの少し増やすこと」

—どうして接着剤の研究をされるようになったのでしょうか。

私は学生時代にグライダーでよく空を飛んでいたのですが、それがGFRP( Glass Fiber Reinforced Plastics、繊維複合材料)でできていました。最近ではCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics, 炭素繊維複合材料)ですね。CFRPの研究をしたくて選んだ研究室で、先生から「CFRPの専門家はすでにたくさんいるから勝てない。CFRPが材料として広く使われるようになったら、みんな接合で苦労するはずだから、接着をやりなさい」と言われたのです。これをきっかけに接着研究を始めました。以来この研究を30年以上続けてこられたのですから、先生は本当に先見の明のある方だったと思います。

ただ、接着剤が特に注目されるようになったのは、自動車の「マルチマテリアル化」への取り組みが始まってからなので、ここ10年ほどのことです。それまでの約20年間は、ほとんど鳴かず飛ばずでした。それでも研究が途切れなかったのは、接着技術が広くさまざまな分野で使われており、社会に必要とされているからです。いろいろと相談にくる人もいるので、研究をしていて無駄だと思ったことは一度もありません。

 グライダー(左)と風力発電(右)

—学生時代から注目し続けているCFRPの接着について、最近の状況はいかがでしょうか。

昨年は、CFRPよりも安価な軽金属のアルミニウム合金が自動車のマルチマテリアル化の材料としての期待が高まっていると話しましたが、今は「CFRPが広く使われるようになるのは案外と早いかもしれない」と思っています。というのも、最近、中国が国を挙げて風力発電の風車のブレード用のCFRP製造に力を入れていて、CFRPの価格が下がり始めているからです。航空機などに使われるハイグレードのCFRPではありませんが、自動車には十分に使えるでしょう。

これはあくまで一例ですが、要するに、日本国内では難しい案件も、世界をみれば他国では成立することもあるということです。これはそれぞれの国・地域で条件や事情が異なることによります。したがって、国際間の協業は今後ますます重要になると思います。
 

—協業が必要なのは、多くの問題が自国だけではどうにもならなくなっているからでしょうか。

そういう一面もあるかもしれませんが、そもそも「サイエンス」がそういうものだからです。学生に話すのですが、“push the envelope”という言葉を知っていますか。「限界に挑む」という意味なのですが、この世界には人間にできること(下の写真の円の内側)と、できないこと(下の写真の円の外側)があります。できることとできないことの境界線をツンツンとつついてほんの少し広げる行為が、「サイエンス」です。

これを世界中の人が一緒になってやってきて何千年も積み重なった結果が、現在の文明です。だから研究では一つでいいからenvelopeを広げればよくて、自分1人で倍に広げようなどと思ってはダメなんです。アインシュタインのように、ごくまれには、そんな偉業ができる人もいますけど…(笑)。

少しでいいから限界を広げて、後はそれを論文に書いてみんなで共有する。これまでの研究成果を振り返ると、自分が賢いから思いついたというより、頑張っているとインスピレーションが湧いて自分では考えつかないようなアイデアが降ってきて、モノになったんだという感覚になります。これは邪念のない、本当に純粋な営みなのです。

 サイエンスについて語る佐藤教授

取材・執筆:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子(ライター)

サイテック・コミュニケーションズ:日本科学未来館開設時の展示制作に関わったメンバー4名によって設立。以来、新しいメンバーを加えながら、科学研究や技術開発の情報を、「オモシロイ!」「スゴイ!」と感じられる形にして世界中にお届けしたい、という思いで活動しています。
https://scitechcom.jp/


 

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