知識・Tips 2023年03月07日

みんなの力で、がんを治せる病気にしたい、カジュアルソーシャルアクションがつなぐ命への思い。がん治療研究を応援する「deleteC 2023 -HOPE-」開催レポート

「みんなの力で、がんを治せる病気にすること」をミッションに掲げる認定NPO法人deleteC(デリート・シー)は、ふだんの暮らしの中で誰もが参加できる寄付や発信の仕組みをつくり、がんの治療研究を応援しています。2月4日のワールドキャンサーデーに先駆けて、2023年1月29日(日)に開催されたイベント「deleteC 2023 -HOPE-」の第1部では、2022年に集まった寄付を贈る2つの「がん治療研究」の発表と表彰式が行われました。がん治療研究を応援する方法について考えるグループワークが行われた第2部の様子とあわせてレポートします。

「C」を消してがん治療研究を応援する「#deleteC大作戦」

当日はあちこちに「C」の字を消した商品やグッズが並び、会場はマゼンタカラーで埋め尽くされました

deleteCは、乳がんでステージ4と診断された後もがんを取り巻くさまざまな問題解決に取り組んだデザイナー、中島ナオさんの「がんを治せる病気にしたい」という強い想いから、2019年2月に活動をスタートしました。

メインとなる活動は、“誰もが参加できる”カジュアルソーシャルアクションを通して寄付や啓発活動を行い、がん治療研究を応援すること。プロジェクトに参加する企業・団体などを募り、それぞれのブランドロゴや商品名から「Cancer(がん)」の頭文字である「C」の文字を消したり、deleteCのロゴやコンセプトカラーのマゼンタ色を使ったりしたオリジナル商品やサービスを販売・提供しています。そして、それらの購入金額の一部は、医師・研究者が推進するがん治療研究への寄付にあてられています。

また、2020年からは、毎年9月に「#deleteC大作戦」と題し、参加企業の商品名などの「C」の文字を消した写真のSNSへの投稿数×100円、参加企業の公式アカウントの動画再生数やリアクション数×10円が、がん治療研究への寄付になるソーシャルアクションを実施。セメダインも2021年と2022年の2回にわたり、ツイッターとインスタグラムの公式アカウントを通じて、この取り組みに参加しています。2022年の「#deleteC大作戦」の投稿数は27,110件、リアクション数は982,124件、集まった寄付の総額は12,593,440円に上りました。

寄付先となるがん治療研究については、毎年、公募を実施。がん臨床試験の専門的知見を持つ医師のほか、プロジェクト参加企業やdeleteC医療リサーチチームといった多様な視点を持つメンバーから構成された選考委員会による審査を経て、毎年2つの研究が選出され、1月末に開催されるイベント「deleteC -HOPE-」で寄付金が贈呈されています。現在、このプロジェクトに参加している企業は130社、個人での寄付者は5,000名を超え、今回受賞した2名を含めて、これまでに8名の医師・研究者に総額3,000万円以上の支援が行われています。

がんゲノム医療難民を減らせ! 完全リモート治験への挑戦(受賞者:愛知県がんセンター 薬物療法部医長 谷口浩也さん)

「deleteC 2023 -HOPE-」では、2022年度の寄付先として2つのがん治療研究が選出され、それぞれ500万円の寄付金が贈呈されました。

選出された研究の1つ目は、愛知県がんセンター薬物療法部医長の谷口浩也さんの「“がんゲノム医療難民”を減らせ!—かかりつけ病院と協力して行う完全リモート治験の実施—」です。

リモート治験で、治験の地域格差をゼロにする挑戦を続ける谷口さん。その思いは医療者の心をつなぎ、新しい治験スタイルの扉を開きました

近年、普及している「がん遺伝子パネル検査」では、その患者さん特有の遺伝子変異の組み合わせを調べることができ、検査結果によっては治験への参加がすすめられることもあります。治験とは、新しい治療法の効果を確かめる臨床試験のことで、従来の治療では望む効果を得られなかった患者さんにとっては大きな希望となります。

しかし、谷口さんが実施している抗がん剤の治験を受けられる施設は全国に10箇所しかなく、通常の方法では、治験を行う施設から遠いところに住む患者さんは体への負担や金銭面から参加を諦めることも少なくありません。そのような患者さんは“がんゲノム医療難民”と呼ばれることもあります。

現状の改善に向けて、谷口さんがつくり出したのが、患者さんが一度も治験施設に足を運ばずに、地元の主治医と一緒にリモートで治験に参加できる仕組みです。患者さんが自宅近くの病院で検査を受けると、治験施設に検査データが送られ、治験施設と地元の病院をオンラインでつないでリモート診察を実施。処方された治験用の薬は、専門業者によって患者さんの自宅に配送されます。

法律や技術面での課題を乗り越え、距離を超えて医療者たちの協力体制を整備したことで、日本初のリモートでの抗がん剤治験という新しい治験のスタイルを生み出した谷口さん。その取り組みは、治験の地域格差をなくし、より多くの患者さんの治験への参加を可能にするものとして期待されています。

谷口さんの研究の選考理由は、オンライン診療を活用してリモート治験を行うことで、遠方に居住している患者さんであっても治験に参加できる可能性を広げたことです。治験は、がん患者が薬物治療を受ける機会の1つですが、治験を対象とする施設が限定される場合、遠方の施設での治験参加を断念せざるを得ないことがあります。谷口さんが研究する完全リモート治験は、今後の臨床研究のあり方を変える試みとして寄付対象となりました。

記念品などを贈呈されて微笑む谷口さん(中央)。壇上では全員が右手で「C」の字を作って「deleteC」への思いを表現しました

【谷口浩也さんの受賞コメント】

皆様の気持ちのこもったトロフィー、賞状、寄付金を有り難く頂戴します。今回の受賞にあたって、一人の医師を紹介したいと思います。腫瘍内科で出会った彼と私は、一緒にある治験に取り組んだのですが、「治験施設が遠いので参加しません」という患者さんが多く、参加してくださる方がなかなか集まりませんでした。健康な方にとっての1時間半の通院と、がんの方にとっての1時間半の通院は全然違うということを実感した、苦い経験です。

そのような一人の研究者としての悩みから生まれたのが、リモート治験です。コロナ禍で医療者が受けた影響は大きく、気持ちがふさぎ込むことも多々ありました。その中で、コロナがあったからこういうことができたんだということが、皆様にとっても我々にとっても励みになればとの思いから、このプロジェクトを始めました。多くの医療者やスタッフの皆さんにご協力いただいたからこそ、患者さんに笑顔を届けられているのだと感じています。

ともに治験に取り組んだ彼は、残念ながら、2022年に膵臓がんで亡くなりました。彼、そして私の両親は京都府京丹後市の出身で、私も京都府出身です。(表彰式では京丹後青年会議所deleteCプロジェクト実行委員長の櫛田ひなのさんがプレゼンターを務めたことから)今日を迎えたというのは、何かご縁があったのかなと思います。「がん、みんな治ったよね」「deleteC、もうやらなくていいよね」と言えるようになる時代が来ることを祈っておりますし、それに向けて頑張っていきたいと思います。本日はありがとうございました。

がんをより良く治す「引き算」の治療(受賞者:兵庫県立がんセンター 腫瘍内科部長・遺伝診療科長・外来化学療法センター長松本光史さん)

選出された寄付先の2件目は、兵庫県立がんセンター・松本光史さんの「低再発リスクⅠ期 ER and/or PgR陽性乳癌への温存術後残存乳房照射省略を検証する研究(NRG BR-007試験:DEBRA)」です。

松本さんはまさに受賞した研究の会議のためにアメリカに出張中で、リモート参加となりました

乳がんの検査技術の発達は目覚ましく、再発しやすいがんなのかどうかが遺伝子検査で細かく判別できるようになりました。しかし、現在の標準治療では、再発しやすい人も再発の可能性が低い人も、手術後は一律に薬物療法と放射線治療をセットで行うのが基本的な考え方となっています。

そこで、松本さんは、再発しにくい患者さんの治療から放射線治療を省き、患者さんの体の負担を減らす「引き算」の治療を提案。しかし、今回は新たな薬をつくるわけではないので、製薬会社からの資金援助を受けることができません。そして、多くの患者さんは、たとえそれが自らの体に不必要なダメージを与える可能性があったとしても、できる治療は全部やりたいと願い、治療を省略することには抵抗感を持ちます。「引き算」の治療を実現するには、これらの壁を乗り越えなければなりません。

今回の松本さんの取り組みは、国際共同治験の一環でもあります。治験に日本人の患者さんが参加していないと、より良い治療法や技術が見つかった場合もそれを日本国内に導入できるようになるまでにタイムラグが生じてしまうため、日本における取り組みを進めていくことが大きな意義を持つといいます。

かつて、乳がんといえば、乳房に加えて胸の筋肉まで大きく切除するのが当たり前でした。そこから、切除する部分をもっと小さくできないか、手術前のがんを小さくすることはできないだろうかと、医師と患者さんが力を合わせて検証を積み重ねることで、新たな治療法を生み出してきた歴史があります。患者さんの体への負担を減らす「引き算」の治療に取り組む松本さんの研究は、過去の医師と患者さんたちが受け継いできた、がんをより良く治すための治療のバトンを、さらに一歩進めた形で次の世代に引き継ぐための挑戦といえます。

松本さんの研究の選考理由は、個々の患者のリスクとベネフィットに応じて最適な治療法を選択することで、単に治療するのではなくより良く治すことを目指した点などにあります。松本さんの研究は現在の治療成績を維持したまま、治療の種類を減らす「引き算」の治療によって、患者の副作用や負担を軽減することを目的としたものです。研究は、女性ホルモンに対する感受性の高いタイプの乳がんの中でも、遺伝子検査の結果などから特に予後が良いことが予想される方の手術後に行われる補助療法を対象としています。個々の患者が遺伝子検査などの情報から、リスクとベネフィットのバランスに応じた最適な治療選択ができるようになれば、治療選択の可能性が大きく広がることが期待されます。

リモート参加のため会場へはロボットで登場した松本さん。可愛らしいロボット姿での登場に会場は大きく沸き立ちました

【松本光史さんの受賞コメント】

※松本さんは訪米中のため、リモートでの参加となりました。
私は今、寄付先として選定いただいた臨床試験の会議でアメリカに来ています。本日の会議で、国際共同治験のリーダーが「日本チームが寄付を受けることができたので、もうすぐ臨床試験を始められるのではないか」と皆に紹介してくださいました。寄付をいただけたことが、さまざまなプロセスを後押ししてくれています。多くの方が関与してくださって、お寄せいただいた一つひとつのお気持ちによってプロジェクトを進められていることに、感謝の気持ちをお伝えしたいです。

この臨床試験は、治療後10年間という長い時間をかけて患者さんの治療成績を見るものです。私は今48歳で、自分が現役のうちに結果が出るかどうかという長期的なスパンの仕事となりますが、研究者人生をかけて最後までやり抜きたいと改めて思いました。

「がんを治せる病気にする」というdeleteCの活動は素晴らしいことであり、その中には「より良く治す」ということも含まれているかと思います。治る人を増やすことはもちろん大切ですが、副作用や後遺症で苦しむ人を減らすことも大切です。今、副作用や後遺症でしんどい思いをしている人がもっと楽になれる治療法を実現することで、皆が前向きに治療に取り組めるようにしていきたいと考えています。

バトンリレーのように、僕たちは何十年もかけてがん治療の研究をずっと続けているので、今日この会場にいらしてくださった方や寄付をしてくださった方のお気持ちも受け止めて、少しでも良い治療を次の世代につないでいきたいと思っています。ありがとうございました。

100億円調達するより、1億人が参加するアクションをつくりたい

あいさつをする小国さん。deleteCの活動は、ステージ4の乳がんを患いながらも「がんを治せる病気にする」という夢をあきらめなかった、QOLデザイナー・中島ナオさんの思いを引き継ぐ形で大きく発展しています

表彰式に続いては、deleteC代表理事の小国士朗さんより、次のような挨拶がありました。

「deleteC-HOPE-」は、9月の「#deleteC大作戦」を中心に1年間かけて集まった想いと寄付を、公正な選考により選ばれた2人の医師・研究者にお届けする、deleteCにとって最も大切なイベントです。今回で4回目となり、開催にあたっては「誰のため、何のためのプロジェクトなのだろう」ということを何度も考え直し、「がん治療研究に取り組んでいる医師や研究者の方々に力を届けたい」という私たちの想いを再確認することができました。

deleteCは2019年の創立以来ずっと、「みんなの力で、がんを治せる病気にする」というミッションを掲げ続けてきました。ここで大切なのは、「みんなの力で」ということです。私だけが、あなただけが、どこかの誰かだけが頑張るのではありません。一人ひとりの力は小さくても、それを積み重ねていけば大きな力になるはずです。

がん治療研究には長い時間がかかります。ですから、deleteCでは、応援し続けるという姿勢を大事にしたいと考えています。今日の表彰式も、ゴールではなくスタートです。deleteCの活動は一過性のキャンペーンではなく、ふだんの暮らしに根付く営みにしたい。100億円を調達することを目指すよりも、1億人が参加するアクションをつくりたい。それが私たちの想いです。deleteCが目指す次なるステージに向けた一歩を、皆さんとともに歩み出せたらと思っています。

第2部では、ふだんの暮らしでできるアイデアをディスカッション

真剣にディスカッションする参加者たち。最後の発表では、どのグループも積極的に手を挙げて、時間ギリギリまで自らのアイデアを報告し合いました

第2部では、参加者が少人数のグループに分かれ、ふだんの暮らしの中でがん治療研究を応援する方法についてのディスカッションが実施されました。

ディスカッション後の発表では、「家賃の一部が寄付になる賃貸住宅をつくる」「フィットネス事業を手がける企業とコラボレーションして、運動で消費するカロリーを寄付につなげる」「レシピサイトや飲食店とのコラボレーションで、名前にCがつく材料を使ったメニューの閲覧数や売上を寄付につなげる」といった具体的なアイデアが次々と出され、会場は「それ、面白そう!」と盛り上がる展開に。発表終了後は、各チームの思い描いたアイデアが「エソラゴトボード」に貼り出されました。

参加者がグループになって思い思いにまとめたアイデアは、会場に設置された巨大なエソラゴトボードに張り出されました

第2部の締めくくりとして、deleteC代表理事の小国士朗さんは「『あかるく、かるく、やわらかく』というのが、deleteCが一番大切にしている価値観。こんな身近なことからでいいんだと思えるようなことを積み重ね、エソラゴトを実現するための次の一歩にしていきたい」とコメント。200名を超える人々が参加した会場は熱気に包まれ、今後のdeleteCの新たな展開に向けて期待が膨らみました。

医療者・研究者のみならず、世代・業界を越えてさまざまな人が参加した「deleteC 2023 -HOPE-」。それはまさに「みんなの力で」がんを治せる病気にするという、deleteCの想いが体現されたイベントでした。今後もdeleteCの活動に注目していきましょう。

最後の集合写真では全員で「C」のポーズをとって撮影。3年ぶりのリアル開催となった今回、思いを同じくする人たちが集えたことに、会場からは大きな笑みがこぼれました

ライター:安永美穂
フリーライター。教育系出版社を経て、2003年に独立。子育て・教育・キャリア・医療の分野を中心に、「日経xwoman」「東洋経済education×ICT」「たまひよONLINE」「m3.com(地域版)」などで取材・執筆を行う。


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