知識・Tips 2023年06月19日

水に強い構造用接着剤の開発を目指す ~ムラサキイガイがやっかい者からお手本へ~(NIMS 内藤昌信)

開発した接着剤の接着強度測定を行うNIMSの内藤昌信さん

自然界には、驚くような接着能力をもつ生物がいます。二枚貝の一種で、ムール貝として食べられているムラサキイガイは、足糸(そくし)と呼ばれる接着タンパク質で岩礁などに非常に強く接着します。驚かされるのは、水中でも接着タンパク質が数分以内で硬化する“接着の速さ”と、被着体の素材の種類を選ばない“汎用性の広さ”です。そのためムラサキイガイの接着タンパク質は、水中で使える接着剤のモデルにされています。国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)の内藤昌信さんは、ムラサキイガイから学べる材料を世の中に送り出したいと、インフラや電子材料から医療用途まで水が引き起こす問題を解決するための接着剤開発を進めています。

ムラサキイガイ。足糸と呼ばれる接着タンパク質で岩礁などに付着する。提供:内藤昌信

ムラサキイガイの接着タンパク質のすごさ

— どういったきっかけで、ムラサキイガイに注目されるようになったのですか?

私はかつて船底塗料の研究開発をしていましたが、ムラサキイガイは船底に着くやっかい者でした。ムラサキイガイはアサリの足のようなものを使って自分にとって居心地のいい場所を探して、見つけると糸のような接着タンパク質「足糸」を分泌し、それが硬化すると付着するのです。研究では、ユーカリの成分をムラサキイガイが嫌がる性質を、船底塗料に応用しました。天然の成分で環境には優しいけれど、ムラサキイガイは付着しないところがポイントです。このように私が着かない材料を開発しようとしていた一方で、「どうしてこんなによく着くのか」を研究している人たちがいました。

- ムラサキイガイの接着のメカニズムを教えてください。

ムラサキイガイは、ここに付着しようと被着体を決めると、水溶性の前駆体タンパク質を分泌します。これが酸化酵素の作用によって急速に硬化して、数分以内に岩礁や船底に固着します。この接着タンパク質は足糸と呼ばれていて、その強さは風速268 m/sの風に耐えるほどだといわれています。

分子レベルで見ると、足糸は、複数のタンパク質が組み合わさって、優れた接着能を発現します(図1)。接着メカニズムがすべて明らかになっているわけではありませんが、fp1~fp6まで6種類のMAP(Mussel Adhesive Protein;イガイ接着タンパク質)が知られていて、これらはどれもDopa(3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)を含んでいます。このDopaのカテコール基(ベンゼン環のオルト位に水酸基が 2 つ結合している)がすごくて、基板表面が親水的であれば配位結合や水素結合によって接着するし(図1B)、疎水的であればベンゼン環を倒して相互作用することで接着します(図1C)。こうして親水性表面をもつ岩礁にも、疎水性表面のプラスチックにも付着するのです。さらに、酸化した後にタンパク質間にクロスリンク反応が起こって架橋ができたり、タンパク質そのものが絡み合うことで接着力を強くしていることもわかっています(図1E)

図1:基板上に固着するムラサキイガイと足糸(Byssus、左)。足糸は貝殻本体につながった糸状の部分(Byssal thread)と、基板と接着する付着盤(Adhesive plaque)に分けられる。足糸は何種類ものタンパク質が組み合わさってできており、6種類のイガイ接着タンパク質(図中fp1~6)やコラーゲン様のタンパク質などが知られている。右は、ムラサキイガイの接着の主なメカニズム。イガイ接着タンパク質に共通に含まれているDopaのカテコール基(右図の赤丸)は、基板の材質によって異なる接着メカニズムを示す。

橋梁用接着剤の開発

- 現在は、ムラサキイガイの接着メカニズムに学んだ接着材料の開発をされていますね。

2012年にNIMSに着任した際に、何か新しいことをしたいと考えました。偶然、隣に座った金属の研究者が「同じ材料でも金属によって着いたり着かなかったりするので、接着やコーティング、防錆で困っている」と話すのを聞きました。私は“何にでもくっつく材料を知っている!”とすぐにムラサキイガイの接着タンパク質を思い出しました。こうしてムラサキイガイに倣った接着材料の開発を始めたのです。

- 具体的には、どのようなものを開発されているのでしょうか。

ムラサキイガイは濡れたところでも接着できます。これはほかの接着材料ではなかなか見られない機能なので、生体に使う医療用接着剤として開発が盛んに行われています。しかし私は、インフラや構造材料への用途を開拓したいと考えています。特に海や川に架けられた橋梁は濡れていますから、その補修材料には非常に適していると思うのです。もちろん生物からヒントは得ますが、それを材料に応用する際には、分子技術を駆使して分子をデザインし、用途に合った機能を引き出すのです。

リサイクルも意識しながら。分子技術で欲しい機能を発揮させる

- インフラ補修に使う接着剤にはどんな機能が必要なのでしょうか。

最新の研究成果を紹介すると、カフェ酸で接着材料を開発しました。カフェ酸は、カテコール基をもっているので、イガイ接着タンパク質と同様に接着します。その上、ある波長の光を照射すると架橋ができるので、接着強度を上げることができます(図2)

図2:UV光の照射によってカフェ酸の接着が強くなるメカニズム(上)と、実際のUV光照射の様子(下)。光反応により架橋ができる。

引用:Siqian Wang, M. Naito et al., Advanced Functional Materials, 13 June 2023. (https://doi.org/10.1002/adfm.202215064)、NIMS/JSTプレスリリース2023年6月14日(https://www.nims.go.jp/news/press/2023/06/202306140.html

また接着後、接着面を物理的に剝がしても、表面のカテコール基がなくなるわけではないので、重ね合わせて熱を加えれば再び接着します。つまり、何度でも着脱できるのです。誘導コイルのようなものをつくって、電流を流せば熱が出るような遠隔操作で加熱できる仕組みをつくれば、橋梁での接着・補修作業も簡単に行えるのではないかと考えています(図3)。さらに、架橋の時とは違った短波長の光を当てると架橋がこわれ、接着剤は水で洗い流せます。

図3:誘導コイルを使った加熱システムの提案。電流を流せば熱が出るので遠隔操作で加熱できる。

引用:Siqian Wang, M. Naito et al., Advanced Functional Materials, 13 June 2023. (https://doi.org/10.1002/adfm.202215064)、NIMS/JSTプレスリリース2023年6月14日(https://www.nims.go.jp/news/press/2023/06/202306140.html

今、環境のために、自動車などの輸送機器を軽量化して燃費を向上させようという動きがありますね。軽い材料を積極的に取り入れるために、異種材料どうしの接着が盛んに行われています。普通、接着剤は接着する材料によってその性質が変わるため、材料に合わせたものに変えなくてはなりません。ですから、カフェ酸のように何でも接着できることは非常に有利です。さらに、使用後の材料の分別やリサイクルでは、接着材料がきれいに剥がせることもサーキュラーエコノミーでは求められています。

開発した接着材料の接着強度測定を行う(左)。破壊された接着面(右上)、それを共焦点顕微鏡で詳細に観察する(右下)。

- 非常によくつくり込まれた材料ですが、接着力は十分なのでしょうか。

一般の接着材料は基本的に、硬化に長い時間がかかるものほど接着力が強い傾向があります。しかし、この材料は加熱すれば1分以内に硬化するので、短い時間で接着できます。これが1つ目の特長です。
そして、くっつけるのが難しいとされる難被着体の代表のポリプロピレン(PP)やテフロンでもかなり強い接着強度が発揮されることを確かめています(図4)。これは予想を超えた結果でした。特に、テフロンは低誘電体として、これからの電子機器の小型化に必要な材料ですから、接着のニーズは増加すると思っています。 ※テフロンはアメリカのケマーズ社の登録商標です。

図4:代表的な難被着体であるPPとテフロンの接着強度の検討実験。PPの被着体2枚を貼り付けて、たわませた(上)。テフロンチューブを接着して、水を勢いよく流した(中)。PPとガラスを接着して重りを下げた(下)。50kgまでもちこたえた。

引用:Siqian Wang, M. Naito et al., Advanced Functional Materials, 13 June 2023. (https://doi.org/10.1002/adfm.202215064)、NIMS/JSTプレスリリース2023年6月14日(https://www.nims.go.jp/news/press/2023/06/202306140.html

実用化に向けて原料コストの削減に挑む

- ほかにも面白い接着材料を研究開発されていますね。

2020年10月から、柿渋のタンニンから開発した接着材料のサンプル出荷を始めました(図5)。日油株式会社と共同で開発したこの接着材料は、金属、セラミックス、有機材料などさまざまな材料に接着して防錆などの機能をもたせることができます。柿渋は日本では昔から天然由来の防水塗料として、魚網や釣り糸、うちわ、傘などに使われてきました。柿渋の接着成分のポリフェノールは、カテコール基にさらに1つ水酸基が加わったガロイル基をもっていて、これが接着に関わっています。水酸基が1つ多いぶん、多価効果で強く接着します。

図5:柿渋をヒントに開発した接着材料とその単量体の構造。

引用:T. Fujita, M. Naito et al., Materials 2023, 16(1), 266.(https://www.mdpi.com/1996-1944/16/1/266)、NIMSプレスリリース2020年10月20日(https://www.nims.go.jp/news/press/2020/10/202010200.html

実は、柿渋からつくった接着材料は、特に分散剤として使えると期待しています。分散剤は、無機セラミックスや金属の微粒子を基板に塗る時に、粘度を調整するために加えます。電子部品の小型化と高性能化で、チタン酸バリウム(BaTiO3)などの誘電体と電極をたくさん積み重ねたチップタイプの積層セラミックコンデンサーが増えています。開発した接着材料は、分子デザインを工夫すると誘電体の分散剤として非常に優れていることがわかったのです(図6)

図6:分散剤の分子デザインの例(左)と、無機・金属微粒子のスラリー粘度の比較(右)。接着に寄与するガロイル基を高分子(ポリマー)の末端だけに導入し、無機・金属粒子に接着させると、左図のように粒子にポリマーのヒゲを生やすことができる。このヒゲによって粒子の溶媒中での分散の性質を変えることができる。右のグラフからは、柿渋をヒントに開発したポリマーがチタン酸バリウムやニッケルの分散剤として優れていることがわかる。

引用:T. Fujita, M. Naito et al., Materials 2023, 16(1), 266.(https://www.mdpi.com/1996-1944/16/1/266)、NIMSプレスリリース2020年10月20日(https://www.nims.go.jp/news/press/2020/10/202010200.html

- こうした生物模倣の接着材料が実際に使われる日は近いのでしょうか。

生物模倣の材料が実用化したというのを聞きません。その原因は原料コストが高いことです。例えば、以前私はカテコール基をドーパミンから得ていましたが、これは非常に高価です。そこで、入手しやすいカフェ酸や柿渋に注目したのです。ほかにも、グルコースからカテコールのような化合物を生物工学的につくろうと共同研究も進めています。
引用:T. Fujita, M. Naito et al., ACS Appl. Polym. Mater. 2023, 5, 5, 3230–3234.(https://doi.org/10.1021/acsapm.3c00365
それでも、現在使われている接着剤の価格までに抑えるのは難しいかもしれません。そこは分子技術を駆使して特別な機能をもたせたり、サーキュラーエコノミーに応えられるようにして、乗り越えたいと考えています。


取材・執筆:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子(ライター)

写真撮影:盛 孝大

サイテック・コミュニケーションズ:日本科学未来館開設時の展示制作に関わったメンバー4名によって設立。以来、新しいメンバーを加えながら、科学研究や技術開発の情報を、「オモシロイ!」「スゴイ!」と感じられる形にして世界中にお届けしたい、という思いで活動しています。
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