家庭用 2020年12月25日

【海洋堂×セメダイン】 幻のセメダイン宣伝カーが、3Dプリンターでよみがえる!

 すべてはTwitterの企業同士の軽いトークからはじまった。レゴジャパン社がTwitterで、「レゴ化して欲しい夢のクルマありませんか?」という問いかけをしたのに対し、セメダイン社が「昭和30年代に走っていた伝説のセメダイン宣伝カーというのがありまして……」と差し出したのが2枚の写真。モノクロで、右側面と正面のみという限られた描写。バンのような車体に、"なんでもよくつくセメダイン"の文字。特急電車のような塗り分け、上部から突き出たチューブ……。確かに得も言われぬ魅力があふれている。これをひとつのきっかけに、Twitterでさまざまな人間がこのセメダイン宣伝カーを"走らせる"ことになった。

白黒写真と着色ずみ写真の比較

あるプロが車種を特定すれば、あるプロは疑似着色技術でカラー化する。そしてあるものはレゴで実際に再現してみる。ここでレゴジャパン社に要望したことがかなってしまったが、走り出したセメダイン宣伝カーは止まらない。ついに3Dでモデリングし、走っていたころの想像図を描く猛者、渋谷のスクランブル交差点に合成して走らせるメーカー、さらにはトランスフォームさせてしまう玩具メーカーまで現れてしまった。

そして、一連の成果は1/64スケールのペーパークラフトになり、雑誌の付録になった。これだけでも楽しく遊んだという良き想い出になるトピックだった。 詳しくはこちらから。

img_car_005.JPG

宣伝カーの大型模型をつくろう!

にもかかわらず、このTwitter上のムーブメントから結果的にいちばん遠い場所にいたのがセメダイン社である。セメダイン宣伝カーは勢いよく走り出し、さまざまな人の手によって加速していった。これだけ盛り上がったのに、この盛り上がりに返せるものがない。そこで、思い立ってセメダイン宣伝カーを立体に蘇らせるべく、セメダイン社が向かったのが大阪、門真市の模型メーカー、海洋堂であった。

おりしも模型業界には3D造形の波がきており、今回訪れた海洋堂も3D造形を取り入れているメーカーのひとつ。とくに海洋堂は自らの工場ともよぶべきラボを公開し、そこから生み出される成型品をデジタルガレージキット(DGK)としても発売している。セメダイン社もいちはやくデジタル造形には関心を寄せており、2018年からどの接着剤を使うと3Dプリンターの出力品を接着できるかを検証し、その結果をダイレクトな記事で展開している。さらに今回Twitterで制作された3Dデータをたたき台にすることもできるので、話も早くなるはずだ。

「海洋堂っていうのは40人ちょっとしか従業員のいない零細企業なんだけれども、パフォーマンス"だけ"をやり続けて、おかげさまで知名度だけはあって。そういうとセメダインさんはまあずっとまじめにやってはるような会社で、なにを真面目な会社が我々みたいなところに話をしに来はるのかねえ、そもそも面白いのかねえというのはあります……。」

こう答えるのは、海洋堂の社長であり、自らもセンム、という愛称で呼ぶ宮脇修氏。怪訝な顔をしながら、逆にセメダイン社の接着剤の性能や歴史に興味しんしんで質問責めにしている。まずセンムには海洋堂自体の歴史や、デジタル造型への対応や未来について語っていただきつつ、宣伝カーについてもしっかりと依頼する。

かくして海洋堂のデジタル部門へと、セメダイン宣伝カーは託された

今回は制作のポイントとして、飾るために大きなサイズの、つまり通常の模型よりも大きいものを、という要望がセメダイン社からなされた。通常のクルマの模型なら上面をバスタブのように一体で作って、シャシーにかぶせるというのが一般的な作り方になるが、今回の大きいものというリクエストは3Dプリンター(Form2[1])の出力サイズの限界を超えてしまう。そのため、分割を工夫したり、接合を工夫した上で、さらに接着剤の出番があるというものになっている。セメダインが3Dプリンターのものづくりと接着にこだわる理由、「3Dプリンターで出力したパーツを接着することで、プリンターサイズに縛られない造形が可能になる」という仮説を実証するまたとない機会なのだ。

 

[1] Formlabs製の3Dプリンター。本体の価格やライフサイクルコストが無理をすれば一般のモデラーでも使えるレベルまでさがってきたことや、ピッチが細かく出力品の表面がなめらかになったことなどがあり、モデラー向け3Dプリンターのスタンダード製品となった。海洋堂はこのForm2を並べて工場のようにガレージキットを生産したり、試作品を出力したりと活用している。

今回制作に使用する光造形方式の3Dプリンター「Form 2」

高速かつ微細な造形が可能なのが特長だ

データ作成~出力

実際に宣伝カーは大きく5ブロックに別れて出力された。車体前面の下部、青い窓枠部分、天井、車体中央部、車体後部と分割され、さらに中央に前後をつなぐダボの役割を果たすブロックも大きなパーツとしてみられる。

img_3dcar_006.jpg

Dの制作を担当した神尾氏によれば、分割については塗装工程を考慮して真っ二つにはせずに、最終的により複雑な分割になったという。

「宣伝カーの後部まで伸びる青い窓枠は前から差し込む構造だったり、塗装後に組み立てるようにして、なおかつしっかりクリアランスを調整した」

というコメントを頂いたが、この短い文に含まれる作業の多さや労苦についてはより長大な文章が必要なのは言うまでもない。

作成された3Dデータ

また資料の少なさもネックとなった。そもそも現存の写真は2枚しかないのだから、車体の左面については一切資料がない。この写真側にはそもそも搭乗口がなく、車体後部にはあったとしてもメインの搭乗口ではないのは明らかで、これもどうにかして解釈しなければいけない。

こちらも神尾氏は「(データの)編集中にも新要素がどんどん発見されるので、最後まで気がぬけませんでした」とコメントしている。この左面のドアの構造や配置を違和感なく仕上げたのはさすがとしか言いようがない。

資料がすくない!

接着

そして出力する段階でもディテールを潰さないように、そして表面を処理しやすいようにサポートのつき位置などを工夫する必要がある。塗装を担当したスタッフ氏によれば、車体後部のパーツは組み方や塗装手順を考えて、その結果出力の前にパーツの配置を変更してもらうということまであったようだ。

また出力に使ったForm2から出るレジンキャスト素材の接着については、セメダインは多用途接着剤スーパーXゴールドを推奨している。しかし今回は接着箇所にあわせて使い分けがされたようだ。大きいものは混合後5分で固まり始める硬化性の安定したハイスーパー5(エポキシ系接着剤)、細部はすばやく固定ができる3000ハイスピード(瞬間接着剤)を使用。接合部は合わせ目やズレなどをキレイにするために、ガイアノーツ製の瞬間カラーパテを用いてキレイにしたとのこと。ほかにも窓ガラスやフロントライトのクリアーを活かしたパーツの接着には透明度を損なうことなく美しく接着できるハイグレード模型用(水性ウレタン系接着剤)を使っている。

大きなパーツは安定性のある2液タイプで

(左)クリアーを活かしたパーツには「ハイグレード模型用」

(右)すぐに固定したい細部には瞬間接着剤

塗装

塗色についてもコメントをいただいている。

「グランプリホワイトという色でそれを基本とし、全体の色を調整しました。白、赤、青、黄と色がはっきりと分かれている分、鮮やかだけど彩度を少し落として全体的に綺麗な印象を受けるような色味で統一しています。また、クリアーで抜いたものは下地の反射を考えて塗り、クリアー素材の良さを活かしています。」

疑似着色からスタートしつつ、鮮やかさを足して、結果的にどこか懐かしい色合いにまとめたのも素晴らしい。

そして完成した全長30cmの大型模型

img_3dcar_014.JPG

わずか2枚の写真からスタートしたと思えない、かつての姿を思わせるリアルな完成品となっていた。事前にさまざまな人の手によってその姿を補完する作業がありつつも、最後に完成品にまとめきった海洋堂の造形力はやはり並大抵のものではない。

サイズが大きくなるぶん細部のディテールも煮詰める必要があり、屋根から生えるチューブの前縁やフロントに存在する浮き文字などしっかりと造形されている。謎多き後部のテラスをいまデジタル造形で作ることは、もはや実車を改造することとさほど変わらないのではないか。矢印になったかわいいウインカーや宣伝要員が立ったとされるテラス部分や出入り口など、ぜひこのリアルな立体物をじっくりと見て欲しい部分だ。

最後に紹介したいのが3Dモデリング担当の神尾氏のコメントだ。

「セメダイン宣伝カーへの愛を引き継がせていただき、面白い企画に関わらせていただき楽しかったです。実物の車両が現存していないからこそ、長く愛される作品になってほしいと願います。」

 模型というのは、実物がいま現存しないものも多数ある。セメダイン宣伝カーの価値を、いや模型の価値を一番本質的に示している。

お披露目

img_3dcar_013.jpg

去る2020103日。かくしてMaker Faire Tokyoのセメダインブースにて完成したセメダイン宣伝カーは公開された。30cm近い車体の迫力と、どこを見ても曲線ばかりのかわいらしさ。あの日どこかで走り、どこかで宣伝していたその姿を想像させるには余りある模型。今後も展示できるイベントがあれば、そこにはこのセメダイン宣伝カーが駆けつけるだろう。あのころのように……。(文・けんたろう)


ライター:けんたろう

模型雑誌を自由に飛び回るプロモデラー。新キットの作例や、途中写真を用いた組み立てのHowto記事、工具やそれを用いた技法の解説からインタビューまで、その内容は多岐に渡る。最近はnippper.comでもその知見を活かして牛丼の玉ねぎ的な存在の記事を書いている。

 

関連記事

PAGE TOP

コピーしました