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ものづくり
2026年08月04日
都会の地下で、工作室というコミュニティ育む——文京区「もくもくはりねずみ」の3年
東京でちょっと大がかりなものを作ろうとすると、まず場所に困ります。木を切れば音が出て、粉が飛ぶ。金属を叩いていたら隣から苦情が来る、という話も珍しくありません。
その困りごとを引き受けている場所が、文京区の江戸川橋にあります。マンションの地下1階、レーザー加工機までがそろい、料金は一日単位の定額制。3歳から70歳までが同じ部屋で手を動かしています。
始めたのは私市瑞希(きさいち・みずき)さん。
資本金100万円で会社をつくり、一人で立ち上げました。オープンから3年、この場所は今も続いています。筆者は2024年にも取材していますが、続け方はその当時とすっかり変わりました。変化しながら、コミュニティのあり方を模索する人たちを追いました。
木を削る人の隣で、3Dプリンターが回っている
扉を開けるとカウンターとキッチンがあり、奥へ進むと3Dプリンターとレーザー加工機が並ぶ一角、さらに壁で仕切られた木工室が続きます。丸のこ、ボール盤、テーブルソー、サンダー、ハンダごて。誰かの作業で出た端材は無料で、自由に使えます。
ここで作られているものの幅が、この工作室の性格をよく表しています。砂型を持ち込んでDIYの鋳造に取り組む人。鎧に使うチェーンメールを編む人、生木を斧とナイフで削ってスプーンに仕上げる人もいます。自作キーボードを組む大学生や、作品の部品を3Dプリントするアーティストも通っています。都内にこんな工房があるとは知らなかった、とよく言われるそうです。
利用者の年齢は3歳から70歳まで。大人がおよそ7割、子どもが3割です。小学校の低学年までは保護者が付き添い、自分の手で扱える道具を使います。小学校高学年になると説明を理解できるようになり、力もついて、電動工具をそれなりに扱えるようになります。私市さんは運営に奔走しながらも、工作室に来る子どもたちの成長を見守っています。
「高学年になると自分でこれを作るぞという目標に向かって、長い時間をかけて頑張れるようになってきます」
一方、中高生はほとんど来ません。学校が忙しく、小遣いの範囲でも通いにくいのだろうと私市さんは見ています。
開設当初は木工と小型レーザー加工機を目当てにする人が圧倒的でしたが、最近は3Dプリンターを使う人も増え、比率は半々に近づいています。木を削る人と樹脂を積層する人が、同じ部屋で肩を並べています。
「東京はものづくりがしづらい」から始まった
私市さんは大学でデザインを専攻し、研究室の3Dプリンターやレーザーカッターを自由に使える環境で4年間を過ごしました。
ところが卒業して東京に出ると、その環境はどこにもありませんでした。ベランダで丸のこを回して近所から苦情が来た知人の話を聞き、都会でのものづくりの難しさを痛感したそうです。別の友人の一人はタフティング作家として早稲田の近くにアトリエを借りていましたが、会社勤めをしながら一人で場所を維持するのは金銭的にも労力的にも簡単ではなく、日中は誰も使わないまま空いてしまいます。
それなら、作りたい人が共同で使える工作室があればいい。そう考えたのが出発点でした。
始め方は驚くほど小さなものです。資本金は100万円。1軒目の物件は取得費が50万円弱で、そこに20万円ほどを足した程度で開業しています。規模を絞ったことに加え、開業前から仕込んでいた仕組みがありました。共同オーナー制度です。最大4人が毎月の経費の一部を定額で負担し、その代わりに収益を2割ずつ分配して受け取ります。
最初に構造を組み立てておけば、あとは流れでやめられなくなるだろうと思ったと、私市さんは笑いながら当時を振り返ります。
「お客さんがたくさん来ないと成り立たない形にすると、不確実性が高すぎます。共同オーナー制度なら、3人に声をかけてOKをもらえれば存続できる。初月から黒字になる道を、仮説でもいいから作っておきました」
2023年7月、もくはりは文京区後楽にオープンします。トイレのない、ギャラリーのようなスペースでした。ただ、一人なら快適でも二人でぶつかる広さで、一年ほどで手狭になり、事業計画書を片手に複数の不動産会社を回ることになります。2024年9月、ようやく見つかった現在の物件へ移転し、面積はおよそ6倍になります。
後楽園ゆうえんちの近くにオープンした最初のもくもくはりねずみ(写真提供:もくもくはりねずみ)
道具も人も、持ち寄りでできている
最初の店舗にあった機材は、小さなバンドソーとボール盤、当時発売されたばかりの3Dプリンター、それに手のひらに載る小型のレーザー加工機だけでした。機材に大きく投資するつもりはもともとありません。木工の道具は中古の売買サイトにも出ているし、持て余している人もいるのではないか。そう考えていたからです。
この仮説を思いがけない形で裏づけたのが、木工の講師を務めるTimさんでした。
Timさんはもともと別の場所で工房を構えていましたが、コロナ禍のころにビルが建て替えとなり、道具を倉庫に預けたまま畳んでしまいます。日本で物件を借りるのは、外国籍だとさらに難しい。そこへ共通の知人が、私市さんを引き合わせました。
「道具を全部あげるから、ここで月に2回ワークショップをさせてほしい、と言っていただきました。ぜひどうぞという話になって、初めてお会いした2週間後には道具が運び込まれていました」
木工室に並ぶ工具の多くは、このときTimさんが持ち込んだものです。棚も本人が作りました。「自分では絶対にできないので」と私市さんは笑います。
道具だけでなく、人の関わり方も一様ではありません。共同オーナーは現在も4人体制で、これまでに一度だけ入れ替わりがありました。興味深いのは抜けた側のその後です。忙しくなって席を譲ったその人は、月額制の「工作し放題プラン」に加入し直し、自分で購入したCNCを持ち込みました。ほかの利用者もそれを使ってよく、使われた分の収益は分け合う。そうしたバーター契約が自然に成立しています。
もくはりの中にあるカフェスペース。キッチンはプロ仕様で、換気扇とダクトは「もくはりの中で一番高額」と私市さん
気合いと根性をやめて、仕組みにする
もくはりが大きく形を変えたのは、私市さんが二人目のお子さんを出産したことがきっかけでした。
それまでは平日17時から21時までと時間を区切り、共同オーナーとシフトを組んで店番を置いていました。1日4時間でも、続けるとなれば負担は軽くありません。
「共同オーナーは、私が雇っているスタッフではありません。お客さんでもあり、お金を払って一緒に運営してくれているメンバーです。長い期間にわたって無理をお願いするのは難しく、やる気も続かなくなってしまいます」
かといって店番がいないと使えない形では、開いている時間も限られます。そこで一気に舵を切りました。予約から入室までを無人で完結させる、セルフ利用への転換です。
「気合いと根性でやっていたところを、仕組みでなんとかしようと考えました」
現在は公式LINEのボットで予約を受け、確定するとパスコードが発行されます。この仕組みも自前で構築しました。
「AIのエージェントが優秀になったので、指示さえすれば仕組みそのものを作れるようになりました。時代の流れにも助けられています」
電動工具のある空間を無人で開放するとなれば、不安も伴います。もくはりが取ったのは、道具の性質に応じて手のかけ方を変える方法でした。使えるのはレクチャーを受けた道具だけ。テーブルソーは一人で使うことを禁じ、Timさんが立ち会う日にだけ動かせるようにしています。
ただし、これは機材選びとセットの判断でもあります。もくはりに並ぶデジタル工作機械は、いずれもコンシューマー向けの製品です。個人が自宅でも使うことを前提に設計されていて、初心者でも扱いやすいものを揃えています。業務用の大型機を置いていないぶん、手のかけ方に差をつけられます。
「デジタルの機器は、何かあっても機械が壊れるくらいです。そこまで気にしていません。木工のほうは、きちんとレクチャーをします」
つまり、木工には人手をかけ、デジタル工作機械には手をかけない。この非対称な設計が、粉塵と危険と隣り合わせの工作機械と、デジタル加工の精密機械が同じフロアで共存できる理由でもあります。ゾーニングは移転の際に、断熱材を入れた壁を立てて分けました。
無人にしたら、会話が増えた
無人化に踏み切る一方で、入口だけは意図的に狭めました。初めての利用者には、有料の「初回利用登録・説明」への参加を求めています。以前はいつ初回の人が来るかわからず、その都度ばらばらに対応する負担が大きかったのです。
判断を後押しした経験もあります。一時期、小型レーザー加工機の体験に限って、購入検討者が自由に使える形を試しました。
「顔のわからない方が道具を使いに来るようになったんですね。『あの人は誰だろう?』という場面が何度かありました。やはり最初に会っておくべきだと思ったんです」
顔を合わせておけば、何を作りたい人なのかがわかります。金属加工に打ち込む人がいれば、CNCを使う人につなげます。会員同士のコミュニティを維持することが、工作室運営の持続可能性を担保する上で重要だと、私市さんは考えています。
では、店番がいなくなって、居合わせた人同士の偶然の会話は減ったのか。返ってきたのは逆の答えでした。
「むしろ、人が増えれば交流も増えています。ヘビーユーザーが増えるほど、コミュニティは活発になっている気がします。ついこの前も、ギリシャから来た方が滞在中ほぼ毎日通い、常連客の隣で作業していました」
もくはりには話しかける人が多いようです。私市さん自身、予約アプリを更新した日には、居合わせた利用者に試してもらえませんかと頼んでしまいます。何を作っているんですかと声がかかり、会話が始まる。「逆に、作業が進まない方もいるかもしれません」と私市さんは苦笑します。
2026年3月に始めた「工作し放題プラン」も、利用者との会話から生まれました。この金額なら即決で入る、と言ってくれた人がいて、それなら作ろうと決めたのです。以前に用意した別のサブスクには、加入者が一人しか現れませんでした。
提案した女性は、DIYで鋳造に取り組んでいます。砂型を持ち込み、友人を呼んで一緒に作業する。ある日は、初めて来た利用者が施設の説明を聞くのを中断して、そちらの体験に参加してしまいました。
面積6倍のあとで、収支を組み直す
移転は、単に広くなっただけではありません。固定費が跳ね上がりました。
「前の物件は固定費が低かったので、共同オーナー制度だけでなんとなく黒字という状態でした。こちらに引っ越してからは、それが部分的にしか成り立たなくなって。キッチンを入れたり制度を整えたりして、なんとかやっています」
組み直しは、足すよりも先に、やめることから始まりました。
まず、リース契約の立派なコーヒーメーカーを解約しました。月1万円台の固定費に対して、飲む人の数が見合っていません。そして店番。これが最も大きな決断でした。
外部から持ち込まれる依頼にも線を引きました。とくに子ども向けのワークショップは、ビジネスでは無く教育という文脈が強く、予算がないまま頼まれる場面が多くなります。引き受ければ、講師役を担う仲間にその負担が回ります。
「続けていくと疲弊してしまうことに気づき、出店費を払う形式のワークショップもやめました。講師をしてくれる仲間に、ほぼボランティアのような条件で出展をお願いすることになるので、その関係性を消耗させてしまうんです。毎回続くと、みんな疲れてしまう。ひいひい言いながら提供しなくてはならないワークショップをやめたのは、大きかったと思います」
削ったぶん、伸ばしているのが法人向けの利用です。会社の会議室ではやりづらい作業をみんなでやりたい、という相談が寄せられます。海外の政府プログラムで来日した留学生20人ほどを受け入れた日もありました。一日貸し切りなので、まとまった収益になります。
ただし、組み直しには代償もありました。私市さん自身、ここ数か月は工作に手をつけられていません。仕組みのてこ入れ、法人営業、そして子育て。それでも幸せだと言い切ったうえで、もう少し仕組みを整えて工作の時間を捻出したい、と続けます。
筆者が2024年に取材した際、私市さんは「工作人口を増やしたい」という目標を掲げていました。道具を見た瞬間に水を得た魚になる人と、何をしていいかわからない人。その中間のステップは作ることが鍵だと語っていたのです。あれから2年、目標はどの程度達成したのでしょうか?その答えは率直でした。
「できていない気がします。どちらかというと、道具を見て喜ぶタイプの人を増やしている段階ですね」
ただ、この段階は後退ではなさそうです。道具を見て喜ぶ人たちには、そもそも東京に行き場がありません。都会で暮らしながらものづくりに没頭したい人にとって、もくはりは数少ない受け皿です。月に一度ほど集まって黙々と手を動かす、部活動のようなグループも育っています。
「道具を使いたいから来る人と、お客さんと話したいから来ている人と、両方いるんじゃないかと思います」
道具に引き寄せられた人が、そこで誰かと出会い、通い続ける。裾野を広げる道筋があるとすれば、まずはこの層に深く愛されることなのかもしれません。
この場所を、次の場所への踏み台に
もくはりが生んでいるのは、作品だけではありません。共同オーナーの中にも、会社を辞めて独立する人が生まれています。一人はキャンプ場を購入し、もう一人は個人事業主として独立して制作活動に取り組んでいます。
「起業や独立と言うと、ハードルが高そうに聞こえます。でも、うちで少しずつ活動したことを、次の別の場所に持っていって広げていく。そういうことができるといいなと思っています」
同じような場所を作りたい、という相談も届きます。見学を受け入れ、キッチンの工事費を尋ねられても包み隠さず答えているそうです。
では、こういう場所は街にどれくらいあるといいのか。答えは工作室の枠を越えていきました。
「いい場所は、投資目的の方が買っていきます。テナントを借りるのでもいいのですが、その場所に対して『こういう場所でありたい』という意思を出せるのが、場所を作るということだと思うんです。そこにみんなが参加しないと、街が死んでしまう」
工具を差し出したTimさんからは、人生が変わった、ありがとうと言われたことがあるそうです。
「そうなると、これは続けないと、という使命感も出てきます」
100万円で始まった地下の工作室は、道具と人を持ち寄りながら厚みを増してきました。そこから出てくる結論も、やはり短いものです。
「みんな、自分がやりたいお店をやったらいいと思います」
自分だけのコミュニティや居場所を東京で作ることは難しいかもしれません。しかし、知恵と工夫を駆使しながら、工作室を運営する私市さんたちを見ていると、狭く感じる都会の中にも余白は存在していることに気づかされるのです。
越智岳人(おちがくと)
編集者・ライター / 個人クリエイターからスタートアップや大企業に至るまで、製造業を中心に取材。
2025年にWebメディア「FabScene(ファブシーン)」を立ち上げ、編集長として運営に携わる。
https://ochigakuto.com/
https://fabscene.com/
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