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ものづくり
2026年07月10日
AIの時代に、手を動かす意味——ICOMA生駒崇光のプロトタイピング哲学
スーツケースほどの箱が、わずかな手順で電動バイクに変形する。ICOMAの「タタメルバイク」は、SNSで話題になり、海外メディアにも取り上げられた折りたたみ電動バイクです。
開発したのは、代表取締役でプロダクトデザイナーの生駒崇光さん。タカラトミーで変形ロボット玩具「トランスフォーマー」に携わった後、ハードウェアスタートアップのCerevoでIoT家電を、GROOVE Xで家族型ロボット「LOVOT」の開発を経験し、2021年にICOMAを設立しました。
おもちゃ、家電、ロボット、そしてバイク。一貫して「手を動かして」プロダクトを生み出してきた生駒さんに、学生時代から現在に至る試作・開発のこだわりと、AIによる設計支援が広がるこれからの時代に「自分の手でつくる」ことの意味を聞きました。
おもちゃにすると、企画が伝わる
取材の冒頭、生駒さんは手元の試作品を次々に見せながら、近況を語ってくれました。
タタメルバイクは現在、東京・大田区の町工場と連携した金型を使わない方式で量産され、デザイン関連の受賞も重ねています。さらには、車体の大幅な小型軽量化に挑んだ新モデル「tatamo!」も発表。従来モデルは「駐車場がなくても置ける」というコンセプトで生まれましたが、実際のユーザーは車に積んだり、運んだりする使い方が多く、約60キロという重量が課題になっていました。新モデルは構造を一から見直し、小型ディスプレイを通じてコミュニケーションができるなど、遊び心のあるモビリティに進化しました。
近年は活動の幅も広がりました。ジャパンモビリティショーへの出展をきっかけに、企業から「うちでもこういう乗り物がつくれないか」という相談が舞い込み、大手自動車メーカーとの新規車両開発にも携わっています。
そうした経験を重ねる中で、生駒さんは自分たちの開発手法を「トイボックス」という言葉でメソッド化しました。アイデアをまず「おもちゃ」の形にして、全体像が直感的に伝わる状態までつくり込み、みんなで遊びながら検証するという進め方です。
その威力を象徴する逸話があります。展示会の直前、デモ機の開発が間に合わなかったとき、生駒さんはおもちゃの試作品を手に取り、エンジニアの目の前で動かしながら説明したそうです。
おもちゃを手に当時の様子を再現するICOMA代表取締役の生駒崇光さん
「まずこの状態で周囲を見回して、音が鳴って、このタイミングでハンドルが立ち上がって、ここでLEDの点滅が終わる」。変形のシークエンスを文書ではなく、おもちゃの動きで伝えたところ、出来上がりはイメージ通りでした。丁寧な資料づくりは社内のための作業であって、世の中へのアウトプットには直結しない。それなら一番伝わる手段を選べばいい、というのが生駒さんの考え方です。
ここからは、そのものづくり観がどこから来たのか、生い立ちにさかのぼって聞いていきます。
絵を描く少年が、立体に向かった理由
——生駒さんは子どもの頃からロボットの絵を描くのが好きだったと伺っています。「描く」ことから「立体でつくる」ことへ関心が移ったのは、いつ、どんなきっかけだったのでしょうか。
もとをたどると、僕は宇宙開発やSFから入っているんです。新しいテクノロジーが世の中に出てくる瞬間にすごくワクワクするタイプで、それを表現する側にいたいと思っていました。一番安価にできるのが絵を描くことですよね。紙とペンがあれば、ものを想像できる。だから小学生の頃からずっと描いていました。
子どもの頃の宇宙開発って、今以上に楽しそうだったんですよ。先日初めてヒューストンの宇宙機関を訪れてスペースシャトルの実物や当時の映像を見て、改めて思い出しました。宇宙に何を持っていったら何が起きるか分からないから、とにかく試してみる。あの楽しそうに科学をやっている様子への憧れが、たぶん今の僕の思想につながっています。
転機は、ペッパーやアシモのようなロボットが現実に世の中へ出てきたことでした。あのあたりから、思想が一気に「モノ寄り」になったんです。絵だけでは奥行きが分からない。ロボットなら肩がどこまで動くのか、可動部がどこで干渉するのか、結局は立体で確かめないと説明できません。それで3D CADを触り、おもちゃをつくるようになりました。
——高校卒業後に進学した桑沢デザイン研究所では、キャラクターデザインではなくプロダクトデザインを選ばれていますね。
リアリティのある絵を描きたかったからです。なぜこのプラスチックはこの厚みなのか。素材や加工法を知っているかどうかで、絵の解像度が変わります。だからキャラクターデザインのコースも考えましたが、メカやロボットを正しく勉強するならプロダクトの方だと判断しました。
CADが使えない職人たちの、すごみ
——タカラトミーに入社して、最初に衝撃を受けたことは何でしたか。
配属された部署の後ろに、手作りでおもちゃの試作をつくり続けてきた職人のようなベテランデザイナーたちがいたんです。伝説的なおもちゃを手がけた方が、文字通り真後ろの席にいました。
面白いのは、あの方たちは3D CADが使えなかったことです。それなのに、出来上がる機構試作はめちゃくちゃ出来がいい。歯車やリンクアームの使い方が絶妙で、紙やプラ板を切って組み上げた平面ベースの立体物なのに、見事に動くんです。樹脂をこれくらいの厚さにして、これくらいのクリアランスで仕上げれば、いい動きになる。それを感覚で知っているから、いいおもちゃがつくれる。3Dが使えるからといって、あの動きがつくれるわけではないと、目の前で知らしめられました。
最後は接着剤で部品をつけて、クリアランスを調整して、滑りが悪ければ表面を研磨してなじませる。0.1ミリのずれを手で直す。そういうところに、手作業の「感覚」を感じましたね。
——その変形機構を突き詰めた経験が、後のタタメルバイクの折りたたみ機構につながっていると思います。ただ、当時のベテランの手法と生駒さんの手法は、同じではないですよね。
そうなんです。僕は正直、職人タイプのように生真面目に一個ずつ進めるのが面倒で(笑)。複雑な変形を一気につくろうとしては失敗して、「端から1個ずつ正確に検証しなさい」とよく言われていました。
でも僕の世代には、3Dプリンターという武器が出てきていた。3次元でモデリングして、プリントして、組んで試す。それを繰り返し複合的に検証することで、だんだんうまくいく。昔は複雑なものを一気につくる手段がなかったから、シンプルに一個ずつ検証するしかなかったけれど、今は一気に複雑につくって試せる時代になったんです。タタメルバイクの開発でやってきたのは、まさにそれでした。
これ、最近のAIコーディングに近い感覚だと思うんですよ。昔のプログラミングは頭から正しくデバッグしていくものでしたが、今は自然言語でわっとつくってからデバッグするじゃないですか。早くつくって、早く試して、価値をみつける。僕は機構設計でずっとそれをやってきた気がします。
金型を捨てたのは、ものづくりを「コンテンツ」にしたかったから
——おもちゃからIoT家電、ロボットへと、扱う対象がどんどん変わってきました。試作へのこだわりで、変わらなかった部分はありますか。
スケールが変わっても、構造の感覚は変わらないんです。柱にかかる曲げモーメントの比率は、対象が一であろうが百であろうが同じですよね。おもちゃには「絶対に折れてはいけない」という安全基準があって、不安そうな形はだいたい折れるし、樹脂の流れが悪そうな形はだいたい成形できない。その目線は、バイクの金属フレームを見るときもそのまま使えました。おもちゃをスケールアップしてバイクにしたとき、「ここが弱い」「ここが危ない」という議論はかなり近いレベルでできたんです。
変わったのは材料と接合の世界です。おもちゃはほぼ樹脂だけで完結する世界でしたが、家電やロボットではネジやボルトの径がいきなり大きくなり、接着やファスナーの考え方も全然違う。点でつけるのか、面でつけるのか。今は強度が足りない箇所を裏側から別の素材で接着して補うような、組み合わせの選択肢が昔よりずっと増えたと感じています。
——タタメルバイクは金型を使わずにつくられています。コスト面だけではなく、生駒さんのものづくり観が反映された選択だと感じるのですが。
明確にそうです。一番の理由は、世の中の製品サイクルが、大手企業の2〜3年というサイクルよりも短くなっていることでした。おもちゃでも、金型を起こしてから発売までに1年近くかかります。キャラクタービジネスでは、その頃にはトレンドが終わっていることが珍しくありません。
それに、型を起こした瞬間に仕様がロックされて、そのモデルを売り切るまで身動きが取れなくなります。僕はものづくりのプロセス自体をコンテンツにしたかった。開発途中から表に見せて、フィードバックをもらって、直前でも修正できる。それをやるには、型を起こしてはダメだったんです。
側面のパネルはパンチング加工で小ロット生産できて、その上のラッピングフィルムは1台ごとに変えられます。だからうちのバイクはオーダーメイドができて、カラーバリエーションがほぼ無限にある。生産技術の都合で仕様を固定するのではなく、ユーザーが自分のグラフィックを入れて遊べる余白を残す。その余白こそがコンテンツだと思っています。製造プロセスに入った瞬間につまらなくなるものづくりは、したくなかったんです。
——構想から市販化まで磨き上げる中で、妥協できなかったディテールはありますか。
まず「変形しない」という選択肢を取らなかったことです。変形をやめれば企画としては圧倒的に楽になりますが、僕はバイクをつくることが目的ではなかったので、一番難しい課題から逃げるわけにはいきませんでした。開発時間の大半はそこに使っています。
あとは、フロントの「顔」のパーツですね。正直に言うと、あのパーツは機能的にはほとんど意味がなくて、外しても走るんです。でも外した瞬間、顔がなくなったような感覚があって、意地で残しました。僕はこのバイクをキャラクターとして見ているんです。ICOMAのロゴに入っている赤いドットも、自分の中では「命のないロボットに命を入れる」という意味を込めています。無機質なだけのプロダクトはつくりたくない。それはロボットやおもちゃから受けてきた影響だと思います。
感覚は、経験でしか研ぎ澄まされない
——生成AIによる設計支援やAIエージェントの活用が、ものづくりの現場にも広がっています。生駒さんの開発プロセスで、AIを取り入れている部分と、あえて入れていない部分はありますか。
基本、全部取り入れてみればいいと思っています。今はまだ「やってみる」フェーズです。
僕自身、ファームウェアのプログラミングは完全に素人だったんですが、この半年くらいで、マイコンのソフトを自分で書き換えられるようになりました。たとえばLEDの光り方のパターンって、本来デザイナーが自分でつくった方が早いんですよ。それがAIとの対話で、見よう見まねでできるようになった。めちゃくちゃ面白くなってきたなと思っています。
母校では、プロダクトデザインの授業にAIを取り入れる試みを続けています。リサーチに使い、ブレストにAIを参加させてログを取り、AIが広げた要素を学生がレビュアーとして取捨選択して企画にまとめる。マイコンのコーディングをAIにやらせる授業では、半分以上が脱落しますが、2割くらいの学生は自走を始めて、卒業制作までその手法でつくる子が出てきました。やりたい子は、もうやれる時代なんです。
ただ、アイデアの丸投げだけはダメですね。投げれば投げるほど、面白いものは出てこない。雑でもいいから自分でポンチ絵を描ければ、AIはそれをいくらでも具体化してくれます。
——AIがCADデータまで出せるようになっていく中で、人間が自分の手を動かしてつくることの価値は、薄れていくと思いますか。それとも別の意味で高まるでしょうか。
結局、感覚は経験でしか研ぎ澄まされないと思っています。車に乗ったことのない人が、いい車をデザインできるはずがない。ベテランや職人の強さはそこにあります。
誰も気づいていなかった課題を解決するアプリのように、経験がなくてもアイデア一発でつくれるジャンルは確かに存在します。でも、ものづくりは違う。物質に落とし込む最後の工程で組み付けるのは手だし、触って、削って、はめて、なぜ動かないのかを確かめるのも手です。器用でないと力加減が分からず、壊してしまう。手先の器用さは、言語でいうところの語学力のようなもので、そこの技量が高くないと、ものとの対話が成立しないんです。
むしろこれからは、体力を理由に現場を離れたシニアのエンジニアが、AIを使って「エンジンを設計するわ」と戻ってくるような時代になる気がしています。AIで形にする力は、その人の手の経験に比例するんじゃないでしょうか。
——手触りのような、体でしか確認できない領域は、AIがどれだけ進化しても残ると思いますか。
残ると思います。気持ちいい変形と、気持ちよくない変形ってあるじゃないですか。特におもちゃには、ああいう定性的な感覚が確実にあります。人間が物理世界から抜け出さない限り、動物的に求めるものはなくなりません。
それに最近、「AI疲れ」が起きていると感じるんです。僕もAIと大量のデータをやり取りしていると、本当にしんどくなる瞬間がある。情報に疲れた人間は、見るだけで気持ちいいもの、触って心地いいものに寄っていくはずです。だから僕は、開発中の乗り物の「目」のUIも、AIだからと複雑にするのではなく、顔を見たらとりあえず可愛いと思える状態まで、ディテールを最小限にそぎ落とそうとしています。AIの時代は、単純化こそが魅力になると思いますね。
——AIが「速くて安くてそれなりに良い試作」を肩代わりしてくれるようになったら、つくり手は空いた時間と労力をどこに振り向けるべきでしょうか。
僕は単純に、新しい組み合わせを考えることに使いたいです。作業的な仕事をしたいわけではないので、余白が生まれてくれた方がいい。
DTPが登場したとき、印刷業界のデザイナーはいなくなると言われましたが、結局グラフィックのセンスが要るので、今もほとんどの印刷物はデザイナーがつくっています。AIも同じで、新しい体験をつくる仕事はデザイナーの領分として残るはずです。ただし、中途半端なスキルでは仕事にならなくなる。より上を目指さざるを得なくなるとは思います。
——これからものづくりを始める学生や若い人が、AIに任せずに自分の手で必ずやっておくべきことを一つ挙げるとしたら何でしょうか。
「説明ができないものをつくるな」ですね。
AIを使ったとき、自分で追いかけられていない部分があると、説明できない場所が生まれてしまう。僕はタタメルバイクなら、どこを指さされても「なぜこの形なのか」を説明できる自信があります。AIが出してきたディテールに対して、裏付けのある答えやレビューができないと、AIに振り回される設計者になってしまいます。
それが本当にユーザーの求めるものならいいんです。でもそうでなければ、ただAIが出力したものが世の中に出るだけで、誰も求めていないし、誰も幸せにならない。AIのネタって、陳腐化がめちゃくちゃ速いんですよ。最初の一個をつくった人はすごいけれど、二番目からはもうみんな飽きている。クリエイターなら、そこには乗らない方がいいと思います。
くっついたことのないものを、くっつける
——最後に、今後のことを聞かせてください。次に自分の手で確かめてみたいテーマはありますか。
フィジカルAIですね。今は誰もフィジカルAIの正解が分かっていない——そこが面白いんです。ヒューマノイドロボットが次々に出てきていますが、それがおばあちゃんの暮らしを便利にするかというと、また別の話で、みんなが答えを探している時期です。僕は既存の課題解決だけではなく、新しい体験価値を、それこそおもちゃからでも提示したい。オタク向けやマニア向けではなく、老若男女が喜ぶものにどう引き上げるか。それを最近はずっとAIと対話しながら考えています。
——AIと手仕事が混ざり合うこれからの時代に向けて、読者に伝えたいことはありますか。
衝動を抑えない方がいい、ということに尽きます。
僕は、バイクを無謀にも一人でつくろうとした人間です。乗り物業界の人からすれば、つくり始めること自体がリスクに見えたはずです。でも本当のリスクは、人に売る段階になって初めて発生するんですよ。AIを使うことを躊躇している人がいたら、使ってみてから躊躇するか考えればいい。直感でやりたいと思ったら、年齢や立場や環境はあまり考えずに、まず動いてほしいです。
それから、これはセメダインさんっぽい言い方をすると、「新結合」ですね。くっついたことのないもの同士がくっついたとき、新しい価値が生まれる可能性があります。僕の場合は、おもちゃと乗り物が明確にくっついて、タタメルバイクが生まれました。自分の中にある異質なものを組み合わせたら何がつくれるか。その思想を支えるのが、手で養ってきたスキルだと思うんです。手を動かして何かを形にしてきた経験があれば、つくったことのないものにも手が伸びる。皆さんにもぜひ、その衝動を形に変えて、事業にしてほしいと思います。
越智岳人(おちがくと)
編集者・ライター / 個人クリエイターからスタートアップや大企業に至るまで、製造業を中心に取材。
2025年にWebメディア「FabScene(ファブシーン)」を立ち上げ、編集長として運営に携わる。
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