ものづくり 2026年04月10日

稼げる工房の作り方——「ここにしかない」をつくる独創的な方程式とは

東京・都立大学に、億単位の売上を誇る工房があるのをご存じでしょうか。
ワークショップで体験を提供しながら、ペットグッズのオーダーメイドを全国に届け、台湾にも拠点を構える——そんなユニークな事業を2013年の創業から10年以上かけて育ててきたのが、「Makers' Base」代表の松田純平さんです。ものづくりの場を、どうすれば稼げるビジネスに変えられるのか。同施設を訪れ、話を聞きました。

5フロアに多彩な機材、4本の柱で動く工房

複数のレーザーカッターやUVプリンターが稼働するフロア
東急東横線の都立大学駅から徒歩3分。地下1階・地上5階建てのビルを丸ごと工房として使うMakers' Baseは、2013年に目黒でオープンし、2016年に現在の拠点へ移転しました。木工・金工・縫製・テキスタイルのプロ用機材に加え、レーザーカッターや3Dプリンターといったデジタル工作機械も揃います。施設全体ではさらに多くの機械が稼働しています。
ビジネスの柱は、会員による工房利用、ワークショップ、個人顧客を対象とした受注製造、物販の4本です。平日は受注製造にフォーカスし、週末はワークショップ中心で回します。このリズムが今のMakers' Baseの基本形になっています。
久しぶりに施設を訪れた筆者は、エントランスの雰囲気に懐かしさを覚えながらも、ビジネスの中身が大きく変わっていることに気づきました。2020年の前回取材時はコロナ禍のさなかでしたが、あのとき芽吹いていた試みが今や事業の根幹になっていました。以前は年間1万人以上がワークショップに参加する施設として知られていましたが、今のMakers' Baseを語るうえで欠かせないのは、もうひとつの顔です。

ペットのオーダーメイドが売り上げの7割を占めるまで

年間3万件の受注に対応するテキスタイル加工エリア。平日は受注品の制作、休日はワークショップに活用される。
現在のMakers' Baseの収益を引っ張るのは、ペットをモチーフにしたオーダーメイドビジネス「Pet Dot Shop」です。専用のInstagramアカウント(https://www.instagram.com/petdotshop/)はフォロワーが12万人を超え、年間3万件以上の受注をこなします。平均単価は6,000〜7,000円で、この事業だけで年間2億円超の売り上げを生み出しています。商品数も立ち上げ当初の3点から、季節品を含めれば100点以上に拡大しました。
Pet Dot Shopの商品ラインナップの一部。キーホルダーのような小物から、ワンピースのような縫製が必要な衣服まで、幅広い商品を提供している
このビジネスが生まれたのはコロナ禍でした。ワークショップへの来場が困難になったとき、松田さんはオンライン受注へと舵を切り、全国を商圏にしたセミオーダーメイドの形を確立しました。ただし動き出しは手探りで、最初は約10種類の商品をリリースし、何が受けるかを検証するところから始めたといいます。傾向が見えてきたらさらにニーズを細かく分析し、納品リードタイムの整備など、対消費者向けのビジネスモデルを少しずつ磨き上げました。
「マーケットと対話しながら改善を続けてきました。そのうちオーダーメイドが全体の売り上げの7割を占めるようになっていった」
愛犬のメイちゃんを抱くMakers` Base代表の松田純平さん
オンラインに切り替えたことで商圏も劇的に広がりました。それまでワークショップは1都3県が中心でしたが、全国を対象にSNS広告を展開した結果、関東圏からのオーダーは3割、それ以外の地域が7割を占めるようになりました。
なぜペットだったのかを尋ねると、松田さんはこう答えました。
「ペットへの消費額は日本だけじゃなくてアメリカをはじめ海外でも大きい。最初から海外のマーケットを意識していたし、そこは結構、必然だったと思っています」
Makers' Base本体のInstagramフォロワーは約5万人ですが、Pet Dot Shopのアカウントはそれを大きく上回り、今や施設の看板事業にまで成長しています。オーダーメイドを核に据えながら、ワークショップや物販とも有機的に連携させ、平日は受注製造、週末はワークショップというリズムで365日を無駄なく回す設計が完成しつつあります。

「稼げる仕組み」の正体——複雑さが価格競争を消す

売り上げの大きさよりも興味深いのは、なぜ競合が現れないかという点です。
「デザインを受け取って印刷して納品するだけだったら、最終的には一番安い業者に収れんしていく。うちは違う。デザイン、印刷、縫製、仕上げを全部社内でやっているから、どこにも真似できない価格をつけられる」
たとえばスマートフォンケースひとつとっても、端末に合わせた精密な穴あけ加工が必要になります。これは印刷専業の業者には対応できません。縫製が必要な製品は逆に、プリント屋には手が出ません。Makers' Baseはデザインから縫製、印刷まで一気通貫で社内完結させることで、どちらとも異なる価値を提供しています。

 
「若者に人気のブランドと並ぶぐらいの値段をつけても選んでもらえる。なぜかといえば、ここでしか作れないものだから。安いプリント屋さんと比べると3倍近い価格差があっても成立する」
オーダーメイド事業で稼働する機材のバリエーションは、開業時のUVプリンターとミシン2種類から、現在の25種類以上へと拡張されてきました。すべてが自社の工房内に揃っており、製造拠点を外に置くことはしません。複雑化するほど代替が難しくなるという構造は、Makers' Baseが意図的に選び続けてきた戦略でもあります。
「お客さんから渡されたデータをそのまま出力するだけじゃなくて、こうするとより映えますよというデザイン提案も入れる。そのトータルの価値が、価格競争とは無縁のところに私たちを置いてくれる」

AIの時代に「手を動かすこと」を選ぶ理由

アルコールインクアート技法を活用して、オリジナルデザインのファッションアイテムをつくるワークショップも人気。工房内には制作中の服が多数並んでいた。
複雑な工程を社内に抱えるこの方針は、AIの台頭という時代の変化とも深く関係しています。
「4年ぐらい前からエージェント化の流れを見ていた。ホワイトカラーの仕事が自動化されていく一方で、ブルーカラーの仕事には逆説的に価値が出てくる。うちはそこが強いと思っていたから、手を動かさなきゃいけない部分をより大事にしようと決めた」
縫製工程はロボットが十分に発達しない限り代替できません。AIエージェントにはできない複雑な組み合わせ工程を持つことが、今後も競争優位の源泉になるという読みです。一方で「デザイン調整など一部の工程はAIが担える日が来るかもしれない」と冷静に見ており、手仕事に聖域を設けるのではなく、手仕事にしかできない価値を磨き続けることが本質だと捉えています。
「AIが使えないことよりも、AIと人間の手が組み合わさったときに初めてできることを増やしていく方が面白い。機材の種類を増やしてきた理由と、本質的には同じだと思っている」

人こそが最大の参入障壁

では、なぜこのモデルを他の地域で再現できないのか。機材を揃え、立地を確保しても、それだけでは足りません。松田さんはためらいなく「人だ」と言い切ります。
「仕組みを作るところまでは、もしかしたらたどり着けるかもしれない。でも、作った仕組みの上で、スタッフが安定してパフォーマンスを発揮し、収益に貢献することは本当に難しい。それができないから、競合が出てこないんだと思う」
松田さんが意識しているのは、スタッフが「去年と同じことをやっている」と感じない環境を作ることです。毎シーズン商品ラインナップを更新し、展示会やワークショップの企画も常に刷新する。同じ仕事の繰り返しにならないよう、事業そのものを動かし続けることが、チームのモチベーションを維持する仕組みになっています。
「毎年同じことをやってるなと思ったら、俺も多分辞めちゃう。一緒にやってくれている社員も同じだと思う。面白いことを提供し続けないと、組織が続かない」

1階エントランス前には社員が独自に買い付けた商品が販売されている。
具体的な取り組みのひとつが、スタッフ自身が仕入れを担当する物販ショップです。予算を持たせて国内外に仕入れに行かせ、担当棚の売り上げを競わせます。実績を出したスタッフには翌年の予算を増やし、さらに上位の成績を出した者はヨーロッパへの仕入れ旅行に連れていく。制作の現場だけでは得られない、ビジネス感覚と海外経験を若いうちから積ませる場として機能しています。
「社員がパリで仕入れをして、その商品を工房の棚に並べる。そういう経験が、ここで働く意味になってほしい」
採用基準について、松田さんはこう語ります。
「作ること自体が好きで、このキャリアの延長にうちがあると思っている人ですね。工房にある機材を使いたい人は要らないという方針で採用しています。作家として羽ばたきたい人は中途半端に働くよりも、その道に踏み切った方が本人のためにもいいと思っています」

次の目標は「海外で稼いで日本で働く」

Makers' Baseは台湾にも拠点を持っています。2019年に進出し、現在は6年目。小規模な店舗ながら年間数千万円の売り上げを維持し、初年度から黒字を保つなど軌道に乗せています。今年は台湾とパリの展示会への出展を予定しており、グローバル展開を本格化させようとしています。
「今いちばん賢い働き方は、海外で稼いで日本で暮らすことだと思っている。為替を考えれば、日本にいながら外貨で稼げる仕組みを作れたら、それは相当面白い会社になる。売り上げの半分以上が海外になっても、ここでやっていることは変わらない——そんな状態にしたい」
スタッフがパリの顧客とデザインを詰め、工房で製造して現地に発送する——そんな絵が頭にある、と松田さんは笑いました。「そういうことをやってるんだよ、と言えるモデルが作りたい」という言葉には、数字だけではない動機がにじんでいました。

続けられたのは、犬がいたから

ここまでの話を聞いて、筆者がずっと気になっていた問いをぶつけました。なぜこれほど長く、この仕事を続けてこられたのか。
松田さんはしばらく考えてから、まず法人ビジネスとの決別について話してくれました。コロナ前後、法人からの受注を柱のひとつにしようとした時期がありました。売り上げの4割を占めたこともありましたが、結局やめました。
「法人ビジネスって、向こうが言っていることが正義になってしまう。こっちの正義がない仕事をするなら、もっと儲かる金融をやればいい。わざわざ儲かりにくいこの業界でやっているのは、自分のやりたいことをやっているからであって、ただの下請け制作会社になりたいわけじゃない」
コロナ禍の試行錯誤でも、同じ判断軸が働いていました。当時、オンラインワークショップや著名な作家を招いたトークライブ配信など多くのアイデアを検討しましたが、「やらない」と決めたことの方がはるかに多かったといいます。理由はシンプルで、「やっていて楽しくないと疲れて続かなくなる」からでした。人が来て、モノができあがる実感——それが損なわれることは、たとえ売り上げになっても選ばない。
松田さんはその判断基準を「手触りのある経営」という言葉で表現します。自分が手を動かすのではなく、手を動かす人たちとどう組織を作るか——そこに主戦場が移ったのだといいます。
オープン当初は赤字が続いた時期もあり、コロナ禍もあった中で、なぜ辞めなかったのか。そう問うと、意外な答えが返ってきました。
「正直に言うと、犬がいたからですよ」
Makers' Baseを始めて間もない頃、松田さんは犬を迎えました。工房に一緒に連れてくるスタイルが定着し、このライフスタイルを手放せなくなりました。
「犬をちゃんと食わせなきゃいけない。この生活を壊したくない。雇った人への責任も同じで、一度引き受けた縁に対してはとことん向き合うのが自分の性分だから。それがあって、続けてこられた部分は大きいと思う。オフィス勤めの仕事だったら、絶対このライフスタイルは無理だったはず」
そして今、Makers' Baseの売り上げの7割を生み出しているのは、ペットのオーダーメイド事業です。コロナ禍に全国を商圏にしたオンライン受注へと転換し、一大事業に育てたあの取り組みは、松田さんが犬を迎えたことと、切り離せないところにあります。
「全然そのつもりで迎えたわけじゃなかったのに、犬がいたからやっているビジネスが今いちばんの柱になっている」
筆者はこれまでさまざまなビジネスパーソンを取材してきましたが、過去にばらまいた点を後から線として回収できる人が、最終的に自分の夢を実現したり、チャンスを成功に変えられると感じています。松田さんのMakers' Baseでのビジネスも、その一つの例でしょう。
一見バラバラに見えた選択——犬を迎えること、法人を断ること、縫製にこだわること——が、今のMakers' Baseという形に収れんしています。「稼げる工房」の正体は、数字の設計だけでなく、自分の正義を曲げなかった積み重ねにあります。ものづくりビジネスで長く稼ぎ続けている人は、流行に乗って始めたのではなく、自分が面白いと思えることの中に稼ぐ仕組みを見つけてきた——Makers' Baseの歩みは、そのひとつの証明でもあります。
 
 
越智岳人(おちがくと)
編集者・ライター / 個人クリエイターからスタートアップや大企業に至るまで、製造業を中心に取材。
2025年にWebメディア「FabScene(ファブシーン)」を立ち上げ、編集長として運営に携わる。

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