ものづくり 2023年05月12日

ゴールは合格点を突き抜けた、その先に。すべては ユーザーのクリエイティビティを刺激するため

カメラ用の交換レンズからスタートし、今ではカメラそのものからシネマレンズまで幅広く展開、昨年公開されたハリウッド映画『トップガン マーヴェリック』の撮影にも使われた……。といえば“それはシグマ社では”と気が付く方も多いだろう。1961年に創業した同社は、製造については部品も含めて国内自社工場にこだわる一方で、販売は海外に70ヶ国以上でグローバルに展開している。サードパーティのレンズメーカーとして起業しながら、今では唯一無二のポジションを確立したシグマ社。同社で交換レンズのプロダクトラインのフルリニューアルから映画撮影用レンズ事業開発にも携わってきた若松大久真氏に、同社のモノづくりに対する基本的な考え方や、独自性へのこだわりとその製品化などについて聞いた。

純正と同じ性能なら あえて作る意味がない

―シグマ社といえばレンズ交換式カメラのレンズメーカーとして知られていますね。

若松大久真氏(以下・若松):はい。ただ当社にとって初のヒット商品は、実は交換レンズではなくテレコンバーター「TELEXTENDER(1961)」なんです。これはレンズの焦点距離を伸ばすためのアタッチメントであり、このようなテレコンバーターは当時他社には無かったと言われています。要するにメーカーの既存のレンズでは撮影できない遠くの風景を、スムーズに撮れるようにする。その発想そのものに当社のオリジナリティがあり、付加価値を認めてもらえると考えて生み出されたのです。

ギャラリーに飾られている最新型のテレコンバーター

―その後に交換レンズを拡充させていったのですね。では交換レンズはどのような戦略だったのでしょうか。

若松:レンズメーカーが勝負する方向性は、2つあると思います。1つはオリジナルと同程度かやや劣るぐらいの品質を保ちながら、価格を大きく下げる方法です。もう1つは難易度は高まりますが、オリジナルにはない高い性能を提供する方法です。レンズ交換式カメラの場合、カメラボディは既存品を使いながら、レンズはシグマ製のものを使うことができます。その結果、カメラメーカーのレンズでは実現できなかった焦点距離を得られたり、明るくてキレのある写真や映像を撮れたりする。私たちが目指しているのは、この方向性です。

―決して簡単な道ではないと思いますが。

若松:だからこそやりがいがあるともいえます。「シグマのレンズを使ったおかげで、こんな写真を撮れた」と評価してもらえる。「じゃあ次はどんな写真を撮ってみようか」とお客様の創造意欲を刺激して、クリエイティブな活動をよりサポートできる。そこに私たちの存在価値があります。2012年9月にプロダクトラインを刷新して、Art・Sports・Contemporaryと3つのカテゴリにフルリニューアルしましたが、その際にも基本的な考え方はまったく変えていません。要はお客様のクリエイティビティを高め、写真表現の可能性を広げるための道具を、私たちは提供しているのです。

ユーザーの予想を超えるために 徹底して内製にこだわる

―生産は基本的に国内の会津工場で行っているそうですね。

若松:全製品が会津工場で作られています。だから100%メイド・イン・ジャパン、今どきのメーカーとしてはちょっと珍しい存在かもしれません。さらにパーツに関する内製率も極めて高いのが特徴です。例えばレンズに使う金属製の鏡筒はもちろん、これを作るための切削から一連の金属加工に加えて、表面処理のアルマイトまで自社でこなしています。

―レンズを1本作るだけでも、相当な数のパーツが必要だと思いますが。

若松:総数はざっと数百ぐらいのレベルでしょうか。最近のレンズでは樹脂製の部品も多く使われるようになっています。樹脂部品は射出成形で作りますから、工場には射出成形機が備え付けられていて、成形に必要な金型も社内で作っています。金型を作るために必要ないわゆるマザーマシン、大型の5軸マシニングセンターをはじめとして放電加工機からワイヤーカッターなども揃えています。もちろん金型の設計部隊は社内にいて、金型のメンテナンスチームもある。金型関連だけで独立した事業会社としてやっていける規模といえるでしょう。

―そこまで内製にこだわる理由は何でしょうか。

若松:「高いレベルの製品づくり」を追求し続けた結果だと思います。既製品の性能と品質を超えなければ、そもそも勝負の土俵に上がれません。究極ともいえる精密さを実現するカギは、工程間の連携に行き着きます。樹脂製のパーツ1つとっても仕上がりの精度に妥協せず、しかも量産する。その鍵を握るのが金型ですから、金型まで内製するわけです。私の同期が金型設計をやっていますが、彼などは入社してからの13年間、レンズメーカーの社員でありながら、ひたすら金型の設計に取り組んでいます。

―つまり各工程をプロ、つまり熟練の職人たちが支えている?

若松:正確なデータはわかりませんが、定年まで勤め上げる方はかなり多いのではないでしょうか。新卒入社して以来ずっと工場のラインで働き続けて半世紀という方も多くおられます。会津の工場には出張でよく行きますが、いつ行ってもきれいだなと感心します。おまけに少しだけ自慢させてもらうと、食堂のクオリティが半端じゃない。出張のときの何よりの楽しみが、工場での食事だといえばわかってもらえるでしょうか。その背景には創業社長から二代目の現社長までに通底する考え方、「レンズ作りを大切にするとは、それに関わる人も大切にすること」が徹底されているからだと思います。

社内にある世界の写真集を集めたライブラリー。気兼ねなく閲覧してもらえるよう主要な写真集は2冊ずつ揃えている。

与えられた時間はわずか2カ月、精根尽くした マーヴェリック用シネマレンズの開発

―「超える」という意味では、USBドックとソフトウェアの組み合わせも革新的だったのはないでしょうか。

若松:そうですね。当時は新しく発売されたカメラボディに対して、既存の交換レンズのファームウェアが合わなくて不具合が出たり、最悪の場合は動作しないなどのトラブルが出ていました。当然、何らかの対応が必要であり、当時はそのためにお客様の交換レンズを当社のカスタマーサポート部でお預りし、ファームウェアの書き換えを行ってお戻ししていたのです。ただ、これだとお客様にレンズを送っていただく手間や、カスタマーサポート部に預けている間にレンズを使えない期間が発生しまいます。このような問題解決のために開発したのがUSBドックと、専用ソフトのシグマオプティマイゼーションプロ(SOP)です。レンズを専用のドックにセットしてもらい、そこからUSB接続によってインターネット経由でファームウェアのアップデートをする仕組みです。これが私にとって、商品企画担当として最初に手がけた仕事となりました。

―その後映画撮影用のシネマレンズも展開するようになった?

若松:映画撮影用のレンズを発表したのは2016年です。そのキッカケとなったのは、写真業界で培った技術が、映画業界でも価値があるという気づきです。写真については画素競争がどんどん進んだ結果、5000万画素まで行き着いていました。ところが映像の場合は、4Kでも800万画素しかない。解像度や画像のキレについては写真用レンズのほうが頭抜けています。しかも、コストは写真用のほうが圧倒的に安い。しかし映画撮影の現場のプロたちが使いやすい仕様への変更が課題で、これをクリアするのに3年ぐらいの時間をかけました。

「デジタルカメラの脱構築」を掲げて開発された世界最小・最軽量のフルフレームカメラfpシリーズ。もちろん映像撮影も可能だ。

―御社のクオリティが評価されて『トップガン マーヴェリック』の撮影チームからオファーがかかったのですね。

若松:撮影監督のクラウディオ・ミランダ氏が、ハリウッドのレンタルハウスで様々なレンズをテストする中でたどりついたのがシグマのレンズだったようです。ただ、最初に話をいただいたのが2018年の6月頃でした。それから正式に開発スタートとなったのが7月で、納品は9月。つまり、たった2カ月で開発してほしいといいうリクエストだったのです。しかも7本1組を3セット納品してほしいという難題でした。

ハリウッドのトップ監督 その期待を突き抜けた

―栄誉ではあるものの、とんでもないスケジュールではないのでしょうか。

若松:通常の製品開発ならありえない日程です。しかも通信仕様ひとつとってみても、私たちには経験のないフォーマットで、その仕様書さえ当初は揃っていなかったのです。ただ、“これは、なんとしてもやりたい”と強く思いました。とてつもなく大変な仕事になるのはわかっていたけれど、だからこそエキサイティングでもある。実際にハードな日々となりましたが、毎日が面白くて、楽しくて仕方ありませんでした。

―それこそ会津の工場に文字通りカンヅメ状態だったのでは?

若松:部品の加工が終わって組み立てが始まってからは、ずっと工場に詰めていました。朝から晩までレンズを組み立てて、検証して、ストレステストを繰り返す。撮影データにレンズデータがきちんと埋め込まれているかパソコンで確認する。設計や組み立てを担当するのはエンジニアで、私は出来上がりをチェックしますが、私が見て合格したからといってハリウッドでも通用するかどうかは、ずっと不安でした。最終的にはデータの精度も含めて“Good!”といってもらえたので、何とか彼らの期待に応えられたのかなと思います。

―それほど厳しいカメラやレンズの製造において、接着剤の果たす役割はどのようなものなのでしょう。

若松:セメダインさんの「スーパーX」は、当社製カメラとレンズの要所要所に使われています。当社のモノづくりの大前提として、使用するパーツなどでは環境配慮、有害物などが入っていない保証が必要です。セメダインさんは成分データなどの提供も含めて、その点をクリアしている製品であるのがありがたいです。

さらに、意外に過酷なカメラの使用環境に耐えられる接着剤でもある。カメラの使用可能温度としては0度から40度としていますが、実際はさらに過酷な環境での撮影も行われます。氷点下の雪山での撮影から、高温多湿な熱帯雨林での撮影でもトラブルなく撮影できる機材でなければ、撮影現場に持って行ってもらえません。

また、セメダインさんの「スーパーX」は振動にも強いです。カメラは保護ケースに入れて撮影現場まで運搬されるとはいえ、山道を長時間移動したり、預け入れ荷物として飛行機で運搬されます。現場に着いて見てみたら壊れていたということがないように、材料や構造を吟味して開発されているのです。

もう1点、これも意外なポイントなのが、色が黒色である点です。カメラやレンズは光を扱う機械ですから、内部の反射を抑えるように中は真っ黒でないとダメなのです。だから「スーパーXブラック」なら安心して使えます。

カメラやレンズは一度お買い上げいただくと半永久的に使われるケースも多いので、耐久性の面でも信頼できるのがありがたいです。セメダインさんの「スーパーX」はシグマでも長年実績がある接着剤ですので、今後も使い続けるのではないでしょうか。


若松 大久真(わかまつ たくま) 株式会社シグマ・開発本部開発支援部係長
東京都出身、東京理科大学専門職大学院 総合科学技術経営研究科 知的財産戦略専攻修了。2009年株式会社シグマ入社、知的財産部に所属して特許関連の権利化や訴訟に従事。2012年、商品企画部の立ち上げメンバーとして「SIGMA GLOBAL VISION」プロジェクトに参画。2016年発表の「SIGMA CINE LENS」では商品企画の担当者として市場調査から商品企画、開発、マーケティング、営業、カスタマーサポートまでに従事。2019年発表の「SIGMA fp」と2021年発表の「SIGMA fp L」では商品企画を担当した。趣味は250ccのバイクレースで筑波サーキットがホームコース。


竹林篤実
理系ライターズ チーム・パスカル代表、京都大学文学部哲学科卒業。理系研究者取材記事、BtoBメーカーオウンドメディアの事例紹介記事、企業IR用トップインタビューなどを手がける。著書に『インタビュー式営業術(ソシム社)』、『ポーター✕コトラー仕事現場で使えるマーケティングの実践法がわかる本(TAC出版)』共著、『「売れない」を「売れる」に変えるマケ女の発送法(同文館出版)』共著、『いのちの科学の最前線(朝日新書)』チーム・パスカルなど。

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