ものづくり 2024年01月23日

シン・陶芸アーティスト ロクロでは不可能な造形美を3Dプリンタで創造

いとうみずき:京都芸術大学情報デザイン学科クロステックデザインコース

世界最大のDIY発表会、その日本版「Maker Faire Tokyo2023」に初出展で「Young Maker Challenge 2023」優秀賞を受賞。現役の大学生でありながら、すでに作品が植木鉢のオンライン専門ショップで扱われてもいる。それらの制作者、京都芸術大学4年生のいとうみずきさんは、セラミック3Dプリンタを駆使して陶磁器を創造する、シン・陶芸アーティストだ。陶芸作品といえば、手こねやロクロを使って成形されるもの——そんな既成概念の枠を、いとうさんは軽やかに飛び越えた。創り出したい「カタチ」のイメージが頭の中に浮かべば、それをコンピュータで設計しプリントアウトする。陶芸だけでなく、3Dプリンタの活用法にも新たな世界を切り拓くクリエイティビティ。その根源にあるのはただひたすらに「頭に浮かんだカタチを、そのままこの世に産み出したい」思いだ。

「そうだ!音楽聴きに京都、行こう」

—いとうさんは愛知県のご出身と聞きました。京都の芸術大学に進んだのは、もともと清水焼など京都の陶芸に興味があったからですか。

いとうみずきさん(以下・いとう):残念ながら、まったく違います。実際、陶芸など高校時代には触れた経験もありません。高校も普通科でごく普通の高校生、ただ音楽が大好きだったのです。あまり知られていないかもしれませんが、実は京都では“いいなあ、行きたいなあ”と思う音楽イベントがたくさん開催されています。せっかく大学に進むのなら、音楽も楽しめる京都に行きたいと考えたのです。

—では、大学の専攻で陶芸に触れた?

いとう:それも違うんです(笑)。進学したのは、京都芸術大学情報デザイン学科のクロステックデザインコースです。この学科では、デザインと企画、さらにテクノロジーまでを網羅的に学んだ上で、それらを活かしたビジネス視点で、マネタイズまで考える力を養います。だから、デザイン、企画、テクノロジーのどれかに、まず自分の得意分野を見つけるのです。もともと何かものづくりに取り組んでみたいとは思っていたので、いずれやりたいテーマが見つかるだろうとは思っていました。そんななか京都で一人暮らしを始めたときに、街をめぐっていろいろ食器を買い揃えました。そのときですね、初めて、陶器っていいなあって思ったのは。

『新・用の美』プロジェクトが開いた創作への扉

—3Dプリンタにはいつから触れていたのでしょう。

いとう:1年生のときに授業で学んでいて、おもしろいなと感じてはいました。2年生のときに大学が関わるプロジェクトの成果展『新・用の美展 用をあらため、美にかえる(NEW)NORMAL ART』が開催されました。「新しい美のかたち・用の機能」をテーマに生活の中で形あるものの用と美の可能性を再発見、再創造することを目的としたプロジェクトの成果展です。プロジェクト内で本学の教授と有志の学生がチームを組み、それぞれテーマに沿って制作、展示をしました。私が関わっていたチームでは、道具の持つ機能に注目し、プロダクトや工芸の機能を解体、再構築することで「新たな用」の可能性を模索していました。そこで陶器を3Dスキャンして形をデータ化し、それらを変形させ、3Dプリンターを活用することで陶器を創ろうとなったのです。

—その陶器づくりに、いとうさんが手を挙げたのですか。

いとう:誰も手を挙げなかったので、それならやってみようかと。もちろん、私としても陶器を創るなんて初めての体験ですし、3Dプリンタに習熟していたわけでもありません。ただ学内には「ULTRA FACTORY」と呼ばれる、学生なら誰でも使える造形技術支援工房があります。ここにはさまざまな機材や設備が整えられていて、さらにその使い方などを指導してくれる技術スタッフの方々もいます。そのサポートを受けながらであれば、できそうだなと思いました。

—それで初めての陶芸に3Dプリンタでチャレンジしたのですね。

いとう:といっても手掛けたのは、陶芸の成形法でいう「型取り」です。つまり、まず3Dプリンタを使って型を出力します。続いてその型に泥漿(でいしょう)、つまり粘土と水を混ぜ合わせて泥のような液体状にしたものを流し込んで陶器に仕上げていくのです。成形してからのプロセスは、普通の陶芸作品づくりと同じです。ただ、その体験はとても新鮮でした。それまで陶器作りの経験などなかった私は、こんなやり方でも陶器を創れるんだと驚いた。するとゼミの先生から「次は単なる型作りではなく、ダイレクトに陶芸作品を創り出せる3Dプリンタがあるから使ってみないか」と声をかけてもらったのです。

3Dプリンタでのダイレクト造形

—ダイレクトに出せるとは、どういう意味でしょう。

いとう:粘土を使って3Dプリンタで作品を印刷するのです。といっても意味不明ですよね。3Dプリンタを使った陶芸では、粉末積層固形型と呼ばれる0.1ミリぐらいずつの薄い粘土パウダーの層を積み重ねていき、造形する方法があります。これは金属3Dプリンタと同じ仕組みです。けれども私が取り組んだのは、まったく違うやり方です。3Dプリンターに取り付けられたノズルの先から、チューブ状の粘土を絞り出してカタチを作り上げていくのです。ノズルの動きをプログラムでコントロールし、思い通りのカタチを造りだします。こんな陶芸方法があるという記事をネットで見つけていて、それには「2025年には大ブームになる!」なんて書かれていました。だから先生のお誘いには、二つ返事で「やってみます」と答えたのです。

—型取りではなく、ロクロの代わりに3Dプリンタを使うようなイメージですか。

いとう:それもちょっと違うかな。チューブ状になって出てくる粘土をうまく積み上げながら、カタチを造りあげていくのです。とはいえ、私自身も最初はよくわかっていませんでした。先生から教えてもらった3D プリンタは、Eazaoという中国メーカーの製品です。これは一体どのようなプリンタなのかと、いろいろ調べてみましたが、あまり情報が出てきません。使い方のマニュアルはあるけれども、具体的に粘土をどれぐらいの柔らかさにすればよいのかなど、まったくわからない。たまたま知人ルートで、同じEazao製のプリンタを持っている人を紹介してもらい、最初はその人からいろいろ教えてもらいました。粘土の柔らかさなどは、まさに手で触らせてもらって、自分の感覚に覚え込ませていった感じです。

—造形のデータはCADでつくる?

いとう:Rhinoceros(ライノセラス)というソフトウェアがあります。3Dモデルの作成やレンダリングができるソフトで、自動車から宝飾品などさまざまな分野のデザイン業務で活用されているソフトです。とはいっても、3Dモデル作成についての授業は1年生のときに終わっていて、深く学んだわけでもないし、だからといって3年生になって、もう一回1年生と一緒にというわけにもいかないじゃないですか。だから独学で何とかマスターしました。

—そもそも陶芸もやったことがなくて、3DプリンタもCADも独学ですか。

いとう:そうなりますね。でも、陶芸については「何も知らない」のが、良かったのかもしれません。なまじ陶芸を習っていたりすると「陶芸とはこういうものだ」とか「このような造形は、手作りの陶芸では不可能」などという先入観にとらわれてしまいます。それらを「知らない」から、頭の中に浮かんだイメージを、何とかカタチにしようと頑張れた。3DプリンタもRhinocerosを使った基本造形が未だによくわからなかったりして……。でも、だからこそ、いやでもいつも「どうやったらいいのかな」と考え続けていますね(笑)。

陶芸のようでいて、陶芸では出せない造形美

—頭の中に浮かんだカタチを、どうやってプリントアウトするのでしょう。

いとう:デッサンやラフスケッチを描きますね。最初はそうやって手を動かしているうちに、イメージが固まってくる。最近は知り合いから「これを作って欲しいんだけど」とリクエストされたりもします。ただ実際の制作プロセスでは、粘土をプリントアウトしながら微妙にカタチを整えていきます。チューブから粘土が押し出されてくるときには、一瞬の油断もできないんです。

—プリントアウト中は、つきっきりになる?

いとう:目を離せないんです。粘土を積み重ねていく過程で、少し空気が入ったりすると積層の位置がズレますから。思い通りのカタチに仕上げるために、早く乾かしたい部分にドライヤーを当てて微調整したりと時間はかなりかかります。一つ出すのに早くても15分、カタチの複雑さや大きさに依っては1時間ぐらいかかる場合もあります。たぶん、ロクロを回して作る方が早いんじゃないでしょうか。

—3Dプリンタを使うからといって、楽をしているわけではないのですね。

いとう:楽はしてませんね、でも楽しんではいるかな。もちろん、頭の中に最初に浮かんだカタチが、そのまま再現できるケースは、そんなにはなくて、実際にはどこかに偶然の要素が入ってくる。それがおもしろかったりする。「Maker Faire Tokyo」でも注目してもらえた理由は、造形の微妙さだったと思います。完全に機械任せで作っているわけではなく、だからといって陶芸のように手作りメインでもない。そこから新しい世界を開けたらいいなと。

—来年(2024年)には卒業ですが、卒業後はどうするのですか。

いとう:まず卒業制作を完成させるのが大前提です。今使っている3Dプリンタで出せる最大サイズ、高さ10センチの作品を30個積み上げて一つの作品にする予定です。無事に卒業できたら、陶芸の本場、多治見にある陶芸の専門学校で2年間、学ぼうと考えています。やはり粘土をはじめとして、釉薬や焼きなど陶器をつくる一連のプロセスをきちんと学びたいのです。すでに私の作品を扱ってくれるネットショップ(https://hachi8.tokyo/)もあるので、作品づくりは続けていきます。目指すのは陶芸家でも、3Dプリンタの作家でもなく、ちょっと偉そうかもしれないけど、既存の枠にはまらない陶器クリエイターです。

 

いとう みずき 
2001年、愛知県生まれ。京都芸術大学芸術学部情報デザイン学科クロステックデザインコース在学中。セラミック3Dプリンタによる積層痕の意匠性について模索中。


竹林篤実
理系ライターズ チーム・パスカル代表、京都大学文学部哲学科卒業。理系研究者取材記事、BtoBメーカーオウンドメディアの事例紹介記事、企業IR用トップインタビューなどを手がける。著書に『インタビュー式営業術(ソシム社)』、『ポーター✕コトラー仕事現場で使えるマーケティングの実践法がわかる本(TAC出版)』共著、『「売れない」を「売れる」に変えるマケ女の発送法(同文館出版)』共著、『いのちの科学の最前線(朝日新書)』チーム・パスカルなど。

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