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ものづくり
2019年01月25日
わくわくするもの、圧倒的に世の中が変わる事業を創り出したいーJAXA岩本裕之さんに聞く(後編)
「誰もが宇宙に行ける社会」を実現したい。そんな想いを胸に民間企業とパートナーシップを組み、新しい事業の創出を目指すJAXA新事業促進部長、岩本裕之さん。ワシントン駐在事務所長として米国宇宙ビジネス最前線を間近に見た後、帰国。2018年7月から様々な企業と一緒に革新的な宇宙ビジネス創出に挑戦中です。現状や今後の展望を伺いました。
震災の経験から生まれた、防災食×宇宙
林
JAXAが2018年5月に立ち上げた民間企業との研究開発プログラム「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」に100件以上の問い合わせがあったとは。すごいですね。
岩本
もっと来てもいいと思ってますが(笑)。頂いた問い合わせには全部、職員が対話しています。対話の後に「コンセプト共創」の段階に入り、既に公表したプロジェクトが6件(2019年1月22日現在)。まだ発表には至ってないものも含めると、それなりの数が動いています。
林
「コンセプト共創」とはどんな段階ですか?
岩本
対話を経てパートナーシップに関わる取り決めをし、共同チームを結成します。その上でさらに議論を深め、JAXA側は本当にその技術ができるのか、企業側はビジネスが成り立つのか検討する。うまく両者が合致すれば、事業化に向けてフライト実証実験を行ったりフィージビリティスタディを行ったりする「事業共同実証」のフェーズに入ります。
林
現在進行中のプロジェクトについて、お話頂けますか?
岩本
例えば、防災用の備蓄食を開発しているワンテーブルさんと始めた「BOSAI SPACE FOOD PROJRCT」があります。宮城県名取市のスタートアップですが、防災食を開発したきっかけは東日本大震災だったそうです。震災時に避難所で配布された食料は乾パンなど口に入れるとのどが渇くものが多かった。でも災害時はきれいな水を得にくい。そこで、水がなくても食べられる防災食が作れないかと。約5年半、常温で保存可能なゼリー飲料とパッケージを開発されたんです。
林
確かに、震災時は水が貴重で、なかなか得にくいですね。
岩本
被災地の課題は宇宙の課題なんです。水不足や閉鎖環境、栄養不足。そこでお互いの知見を持ち寄って、防災用にも宇宙用にも寄与する形で協力ができないかと考えました。例えば、宇宙日本食は多くの人々が宇宙に行く時代に備えて、バリエーションが欲しい。これまで宇宙日本食は専用パッケージを使っていましたが、防災食と共通化することで、そのまま宇宙に持っていくことを目指したい。まずは国際宇宙ステーション(ISS)用の宇宙日本食認証を目指しましょうと。将来、宇宙旅行者がポケットに入れて食べられる「宇宙旅行食」も意識しています。ワンテーブルさんは宮城県多賀城市に充てん工場を建設中です。
林
工場を作るのはかなりの投資ですよね。それほど需要があるのですか?
岩本
防災食、宇宙食、さらに安全な離乳食や介護食など様々なパートナーを探して異なる分野領域での事業を展開しようとしています。充填するものもゼリーだけではありません。一社で閉じず、広く展開しようとしていることは我々の狙いともマッチします。
遠隔地に瞬間移動する「アバター」×宇宙を教育にも活用。
岩本
最先端技術でイノベーションが期待できるプロジェクトとしては、ANAホールディングスさんと取り組んでいる「アバターX」プログラムがあります。
林
記者会見に出席しました。月や宇宙ステーションなど遠隔地に置いたロボット「アバター」に接続することで、自分があたかもその場にいるように、見たり聞いたり触ったりできる瞬間移動システムですよね。
岩本
はい。ANAホールディングスさん、大分県さんとコンソーシアムを立ち上げ、多くの企業に参加頂いて、宇宙空間でのアバターを利用したサービスや大分県の技術実証フィールドでの実験などを検討していきます。一方で、教育やビジネスに使えるような取り組みも行っています。
林
例えば?
岩本
2018年10月に、大分県の小学校がアバターシステムを活用してJAXA筑波宇宙センターの展示ドームを遠隔見学しました。大分県から、展示ドームのロボットに遠隔でログイン(「アバターイン」と呼びます)して、スマホのアプリを使って好きなところに移動しながら、あたかも筑波にいるように見学できるんです。
(日本橋の事務所から菊池さんが筑波に「アバターイン」して説明)
菊池
お疲れ様です!大分県の小学校が筑波宇宙センターの遠隔見学を行ったときは、私が筑波にいて、展示物の説明をしました。大分県の子供たちは教室にいながら、ロボットを動かして展示物を次々見学しながら、質問してくれました。ロボットはあちこち走り回ることができて、お客さんがいてもぶつからないように安全装置があります。
林
複数の場所から一度にアバターインできるんですか?
菊池
今は一か所ですが、複数の学校から同時に接続したいというニーズがありました。将来は複数個所に繋げるようにしていきたいと思います。
宇宙企業OBと若手が日本版スペースシャトルを目指す
林
日本の物づくり力をいかしたビジネスはありますか?
岩本
SPACE WALKER(スペースウォーカー)さんとスペースプレーンの実現を目指しています。川崎重工、IHI、三菱重工などのレジェンドと言われる技術者OBがその技術をもって、当時の夢だった日本版スペースシャトルを作りたいという想いで、他業種の事業系の若手たちと一緒に進めているのが面白い点ですね。今までなら「日本で有人スペースプレーンなんてできないだろう」と思われていましたが、実現性は高まっています。もちろんモノづくりだけではなくて、法整備も検討しないといけない。事業として実現できるよう、議論を進めています。
林
輸送系だと失敗したときのリスクが大きいですよね?
岩本
2018年11月15日に宇宙活動法が全面施行され、事業者は、国の審査を受けてロケット打ち上げを事業として実施することができるようになりました。ポイントの一つは、第三者損害賠償制度を導入したことです。打ち上げ事業者に民間保険契約を結ぶことを義務付け、保険でカバーできない損害が起こった場合は国が補償(最大3500憶円)するようになったことです。ただ、これまでも、それほど甚大な被害は起こったことがなく、今後も起こらないと思いますが。
お金は?時間は?期待する分野は?
林
食、教育、輸送など様々なジャンルで新プロジェクトが始まっていることがよくわかりました。JAXAは技術や知見、ノウハウを提供するということですが、資金や人材交流についてはどうですか?
岩本
今のところ、JAXAはJAXAの研究活動に対して、つまりお金は自分たちの活動に使い、原則として連携企業さん(パートナー)との間でお金の動きはありません。人材交流については色々なパターンがあります。週に一日だけ先方の職場でお給料を出してもらって働くやり方、逆にJAXAに来て頂いて技術を学んでもらうなど様々なやり方があります。
林
事業を進める際に気を付けていることはなんですか?
岩本
J-SPARCで特に気を付けていることの一つは、民間のスピード感を大事にして、何かやりたいときにその流れを止めないこと。JAXAとしては正直、色々な制約があります。契約の制約とか知的財産の扱いとか。制約をゼロにはできませんが、できる限り最適な方法を柔軟に追及していきたいと考えています。
林
今、何人ぐらいでこのプロジェクトを進めているのですか?
岩本
常勤・非常勤合わせて9名のJ-SPARCプロデューサがいます。JAXA各部門のエンジニアや外部の第一線のアントレプレナーや専門家にも協力してもらいながら、共創活動を進めています。
林
今後、期待する分野はありますか?
岩本
現在、3つのテーマを掲げています。「地上の社会問題を解決する」「宇宙を楽しむ」「人類の活動領域を広げる」。地上の社会課題解決とは、例えば衛星データを含むビッグデータで、農業とか貧困などの課題を解決すること。ぜひ、応募して頂きたいテーマです。
「宇宙を楽しむ」については、多くの人が宇宙に行けるようになれば、色々な可能性が広がるでしょう。現在のISSは、プロフェッショナル宇宙飛行士の仕事場でもあることから、工場と言ってもいいぐらい無機質な空間です。しかし、一般の人が宇宙旅行でISSに行くなら、滞在する部屋は、ハート形やキティちゃんのデザインの壁紙やおしゃれなインテリアを設置するなど、リゾートホテルのようなもっとエンタテイメント的な発想も求められます。要は新しいプレイヤーに入ってきて頂いて、技術のみならず様々な観点からのイノベーションが創出できるといいなと思います。
林
そもそも岩本さんが宇宙ビジネスをめざしたきっかけは何ですか?
岩本
中学2年生の時にスペースシャトルの初フライトを見て、すごいと思うと同時に日本であんなに大きいシステムを作るのは難しいと直感的に思ったんです。だったらアメリカのシャトルを買ってきて日本で運用する会社を作ればいいと。
林
中学生で?すごいですね。
岩本
会社を作るなら文系かなと思って、大学は経済学部に入学しました。でも山岳会に入って山登りばかり。宇宙を目指すことを決心したのは、大学3年の時にヒマラヤに遠征して、6376mのメラピークに登頂した後です。
林
山で、ですか?
岩本
頂上から下山する時に目の前にエベレストが見えて、「次は、もっと高いところに行きたいな。でも人と違うことを目指したい。それなら宇宙かな」と。まあ、要は高いところが好きなんです(笑)。
林
岩本さんがNASDA(現JAXA)に入社された1991年頃は宇宙ビジネスという言葉は?
岩本
なかったです。それでも「宇宙をビジネスとしてやりたい」と話して銀行や商社、メーカーなど5つぐらい内定を頂いたのですが、どこに入ったら30年後に後悔しない仕事をしているか、という観点で考えた。商社で宇宙の仕事をするのもありだけど、NASDAに飛び込んでから会社を作るというのも面白いだろうと。
林
じゃあ、これから会社を作るんですか?
岩本
大学時代の知り合いから「いつ会社作るの?」と聞かれるのが辛くて(笑)。今は、ビジネスの修行をしていない自分が会社を作るより、ビジネスができる人をJAXAという立場から支援できればという気持ちです。目的は「みんなが宇宙に行けるような社会を作る」ことですから。
「え?そんなのできるの?」という破天荒なアイデアを期待
林
目的に近づいている実感はありますか?
岩本
今までより具体的に見えてきていますね。環境も整ってきているし、様々なジャンルの面白い人がどんどん集まって、すごくいい宇宙コミュニティを日本が作り始めている。昔だったらアイデアで終わっていたことが、事業として進み始めています。
林
新しい発想でイノベーションを生み出せるでしょうか?
岩本
何かを変えたいですね。今まで、宇宙事業は、プロジェクトを始める前に明確なゴールを決めてから計画を実施していました。例えば人工衛星を作る時、世の中の課題はこうで、それを解決するためにこんな衛星を作らないといけないというように。それは国の事業としては正しいやり方です。でもビジネスとしてイノベーションを起こすときは、失敗をすることも含め、思いつかないようなアプローチがあっていいと思うんです。
林
従来のJAXAっぽくないですね。
岩本
スペースXが発射後のロケット第一段を地上に戻し着陸させました。誰も実際にできるなんて思っていなかった。でもイーロン・マスクは、それを実現させました。しかも民間企業の力で。今、宇宙業界にイノベーションを期待するムードが大きくなってきています。我々もこれまでの常識で考えるのではなく、「え?そんなのできるの?」という何か新しいものを、民間企業さんと一緒に共創できることを期待しています。ニッチで反対者が出てくるような。現実の技術とぶつけてだめかもしれないし、面白くなるかもしれない。そこをどう見極めていくのか。人間は自分の経験したものしか信じられない。大変だけど超えられるようにしたいです。
林
面白そうですね。
岩本
うちのスタッフにいつも言っているのは「ワクワクできるようなものを」と。例えば「宇宙に行けるんだね」とか、「これができると生活が楽しくなる」とか「世の中が便利になる」とか。圧倒的に世の中が変わるもの、時代を変えるようなものを生み出したいですね。
岩本裕之(いわもと ひろゆき)
JAXA新事業促進部長。1967年埼玉県与野市(現さいたま市)生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。1991年宇宙開発事業団入社。計画管理部、経理部、パリ駐在員事務所、産学官連携部、(財)日本宇宙少年団、ワシントン駐在員事務所長などを経て現職。趣味は登山、ギター弾き語りなど。
林公代(はやしきみよ)
ライター。神戸大学文学部卒業。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。宇宙・天文分野中心に執筆。世界のロケット発射、望遠鏡など取材歴20年以上。著書「宇宙遺産138億年の超絶景!!」「宇宙においでよ!」(野口聡一宇宙飛行士と共著)等。https://gravity-zero.jimdo.com/
※こちらの記事はHAKUTOスペシャルサイトより転載したものです。
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