ものづくり 2018年12月25日

時代が宇宙に追いついてきた!-米国宇宙ビジネス最前線と日本-JAXA岩本裕之さんに聞く(前編)

中学生の頃スペースシャトルの初飛行に感動。将来は宇宙開発をビジネスとし、誰もが宇宙に行ける社会にしたいと決意する。岩本裕之さんは大学卒業後JAXAに入社。目標に向け経験を積む。2015年からワシントン駐在員事務所長として米国の宇宙現場にどっぷり浸った後、2018年7月から新事業促進部長に就任。民間企業と一緒に宇宙ビジネス活性化にまい進する。世界と日本の宇宙ビジネス最前線について伺いました。

顔

JAXAは2018年5月に宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)を立ち上げ、これまで宇宙に関わってこなかったような民間企業と教育や食、旅行など次々と新プロジェクトを発表していますね。岩本さんは長くJAXAで産業界との連携や宇宙ビジネスを手掛けてこられた草分け的存在ですが、今回の特徴を聞かせて下さい。

顔
岩本

JAXAではこれまでも民間企業と色々な共同研究をやってきました。今回、何が新しく変わったかと言えば、これまでの“利用拡大”に加え、“産業振興”が大きな業務方針の一つに入ってきたことです。つまり新しいビジネスに、新しい形で挑戦する。今までJAXAは国の計画に基づいて研究開発を行い、その成果を民間の方々に使って頂く考え方等が主でした。一方、J-SPARCでは民間企業とJAXAが何がビジネスになるか一緒に考えて、新しい事業を生み出していきましょうと。

顔

例えば、どういうことでしょう?

顔
岩本

例えば、民間企業の方がある事業をJAXAに提案したときに、その事業に必要な技術がJAXAの実施計画にないものだったとしても、民間企業がビジネスとして事業を創出でき、JAXAとしても魅力ある技術であれば、一緒にやりましょうと。

11月13日に発表された、J-SPARCの新プロジェクト。宇宙飛行士の訓練方法を次世代型教育に取り入れる(提供:JAXA)

顔

JAXAのプロジェクトや成果が先にあって、そのプロジェクトに民間が入ったり成果を利用したりするのではなく、一緒にビジネスを作り出す?

顔
岩本

はい。目標は民間ビジネスの創出。宇宙分野に閉じないイノベーションを作り出したい。

顔

時代は宇宙ビジネスですね。日本でもスタートアップがどんどんできていますね。

顔
岩本

ニュースペース、日本でいう宇宙ベンチャーは把握しているだけで30社近く出てきていますし、長く宇宙業界で活躍する企業も新プロジェクトに取り組みつつあります。

時代が宇宙に追いついてきた

顔

なぜ今、これほど宇宙ビジネスが活発化し、JAXAも新プロジェクトに取り組んでいるのか、改めて教えて下さい。

顔
岩本

元々、2003年に3機関が統合してJAXAができたときに、産業界や大学との連携が必要だということで、産学官連携部ができました。オープンラボ(公募型共同研究制度)や主衛星をロケットに搭載する際、その周りに小型衛星を載せる「あいのり」衛星公募など新しい取り組みを始めました。宇宙のすそ野を広げる等、今やっていることの大元は2003年から始めていたんですね。では何が大きく変わったか。時代が変わったんです。

顔

時代が変わった。具体的には?

顔
岩本

現在、スペースX社やブルーオリジン社、ヴァージン・ギャラクティック社などが、民間で有人宇宙船の開発に取り組んでいて、近い将来宇宙旅行に行けるのでは、という気運が高まっています。当初は、米国のスペースX社のロケット開発について宇宙関係者の間で、「国の協力を得なくて技術的に大丈夫なの?」などの声がありました。でも今では、国家プロジェクトでもやっていないような、ロケットの再利用を実現しています。実際に同社のファルコン・ヘヴィロケットの打ち上げを見たJAXAエンジニアが、2機のブースターが戻ってきて同時に着陸したときは「鳥肌が立った」と言っていました。

2018年2月、スペースX社のファルコン・ヘヴィロケット打ち上げ後、2本のブースターが同時に着陸し、世界を驚かせた(提供:SPACEX)

顔

確かに、スペースXは打ち上げを全世界に生中継して、「一度打ち上げたロケットが戻ってきてまた使えるんだ!」という驚きと興奮を伝えましたよね。

顔
岩本

はい。それから小型衛星。みんなが小さい衛星を気軽に作れるようになってきました。その意味では、国がメインだった宇宙のプレイヤーが大学から高校生まで広がっていった。なぜ小型化できたのかと言えば部品の低コスト化や、小さくて高性能の半導体やチップが作れるようになってきたからです。

顔

しかも、安い。

顔
岩本

そう。衛星一基、大型だと100億円以上していますが、小型だと数億円以下。1基2基と打ち上げていた衛星を数千基上げようという時代になってきた。次にビッグデータです。より多くの衛星からのデータを処理できるようになり、様々な人が色々な観点から応用できるようになった。

顔

衛星の大きさも値段も数もデータ量も、桁が変わってきたわけですね。

顔
岩本

ハードウェアもソフトウェアも両方で変わってきて、民間企業が自分たちでできるところが増えてきた。時代が宇宙に追いついてきたのです。

官主導から民主導へ—米国の宇宙現場

顔

岩本さんは2015年から2018年にJAXAのワシントン駐在員事務所長としてアメリカの民間宇宙ビジネスの激変期を目の当たりにしてきたわけですね。日本とは違いましたか?

顔
岩本

違いました。民間企業とNASAなどの国の機関は、宇宙事業の実施に関して対等なパートナーシップを築いています。民間企業が次に何をしようとしているのか、政府がウォッチしている。官主導から民主導に、アメリカは色々な意味で変わっているのを感じましたね。

顔

例えば?

顔
岩本

例としては資源開発。国としての計画がなくても、幾つかのスタートアップが「月や小天体から資源を採掘してビジネスにする」と打ち出しました。その後に「宇宙条約上、資源を採掘していいの?」という議論も起こったのですが、米議会が「OKと解釈する」と後押ししています。

顔

岩本さんがワシントン駐在員事務所長を務めた3年間に、政権も変わりましたね。

顔
岩本

ちょうどトランプ政権に代わった時期で、宇宙政策も大きく変わりました。オバマ政権では火星に行くと打ち出したものの、具体性が見えていませんでした。トランプ政権になって国家宇宙会議を復活させ、大統領令で月に戻ると方針を決めました。

顔

トランプ政権は民間との協力を打ち出してますね。

顔
 

すごく打ち出してます。月に行く前に、予算のかかるISSをどうするか。地球周回低軌道は民間に任せたいという議論が出ているし、実際に宇宙利用についても様々なスタートアップが頑張っている状況にあるので、パートナーとしてやっていきましょうという方向です。

ワシントン駐在員事務所長時代に。民間宇宙旅行を目指すブルーオリジン社の有人カプセルと、実際に宇宙に行って帰還した機体の前で。2017年4月撮影。 (提供:岩本裕之さん)

顔

日本のスタートアップは30社ぐらいと言われましたが、アメリカは?

顔
岩本

種類も多いし、数も多い。時代がどんどん動いています。面白いのはアメリカには日本のように5年10年の事業計画を持たず、大風呂敷を広げ「こんなことが出来ます」と企業価値をあげて1年で売り抜ける企業もあることです。それでもリスクマネーは入るし、宣伝にもなり、アイデアも出てくる。まさにビジネスの世界です。今が一番面白い。

顔

英語が得意でないとシンポジウムで仰ってましたが、どうやって切り抜けたんですか?

顔
岩本

最初の1年が辛くてね。ホットドッグ屋にホットドッグしか売ってないのに「ワンホットドッグ」と言ったら「何が欲しいんだ」と聞かれて(笑)。その後、英語の先生から、ホットドッグの発音の特訓を受けました。でもパリ駐在員時代に覚えたフランス語で初めはフランス人と仲良くなり、そこからコミュニティが広がり、アメリカ人の仲間も増えてきました。英語は流ちょうではありませんでしたが、自分は中味で勝負だ!という感じで頑張りました。

顔

ホットドッグの特訓(笑)。ネットワークはできましたか?

顔
岩本

はい。ネットワークづくりはワシントン駐在員事務所の活動目的3本柱の一つでした。何かあった時に誰に何を相談すればいいかを掴んでおく。米国では同じ人が数年おきに会社を変わるんです。例えばヴァージン・ギャラクティックにいた人がスペースXに行くとかね。だんだん顔見知りがふえて、今や多くの宇宙の仲間ができ、会えばハグし合えるぐらい仲良くなりましたよ。

日本との違いは「スピード感」と「宇宙に携わる人の層の厚さ」

顔

3年間のアメリカ時代に、宇宙ビジネスで一番驚いたことはなんですか?

顔
岩本

スピード感ですね。例えば、JAXAと米国企業で協力しようという話が出た場合、1か月後には日本でワークショップを開こうとか、さらに数か月後には協力を具体化し、実施協定を結ぼうとか。起業も計画も企業の売り買いも早い。

顔

決断が早いということですか?

顔
岩本

次のステップを常に考えている。それからワシントンD.C.はロビイングの場だけあって、政府と民間が一緒に議論している。誰でも米国議会の議員会館に簡単に入れるのは驚きでした。入り口で手荷物検査がありますが、アポをとってなくても議員の部屋に行けば秘書が取り次いでくれる。オープンで距離が近い。国民のために仕事をしているという意識が徹底しているのは、すごいと思いましたね。

顔

翻って、日本がアメリカから遅れている点、課題として感じたのは?

顔
岩本

宇宙に携わる人の数です。日本で宇宙産業に関わる人の数は約8000人、アメリカは約30万人です。

顔

桁が二けた違いますね。

顔
岩本

米国はNASAだけでなく軍も教育に力を入れ、宇宙人材を育てています。例えば、高校生にはモデルロケット大会があり、全国800チームから100チームに絞り、決勝をワシントンD.C.郊外で行います。優勝すると賞金200万円です。これは宇宙関連企業等からの多額の寄付で成り立っています。

顔

200万円!それは必死になりますね。

顔
岩本

大学で宇宙を専攻すれば助成金が出るし、宇宙関連の就職先も多い。また、人材の流動性が高いのも特徴です。NASAにいた人が民間企業に行くなど数年おきにキャリアアップする。それによって全体的に技術が底上げされていくのです。

顔

そこが圧倒的に違う点ですよね。

顔
岩本

年に一回、DCで開かれる宇宙関連団体のパーティには宇宙関係者約2000人が集まって、朝まで交流を深める。すそ野の広さを実感します。それでいて、アメリカの主力ロケットのエンジンはロシア製だし、スペースシャトルの退役後、宇宙に未だ人を送り込めないでいる。それが今、トランプ政権が「宇宙を再びアメリカが牽引する」と言っている理由でもあります。

顔

そうしたアメリカの宇宙ビジネスの現場を見て日本に帰国されたわけですね?

顔
岩本

日本も動き始めました。2017年5月にまとめられた「宇宙産業ビジョン2030」には宇宙産業の市場規模を2030年に現在の1.2兆円から倍増を目指すと明記されています。また安倍首相は2018年3月、今後5年間で官民合わせて1000億円規模のリスクマネーを宇宙ビジネスに投入すると表明しました。そこでJAXAは技術集団として日本の宇宙ビジネスを支えるためにJ-SPARCを立ち上げたのです。

顔

今、J-SPARCはどんな状況ですか?

顔
岩本

100件以上の問い合わせが来ていますね。

顔

100件も!? 次回その具体的内容を詳しく聴かせて下さい。


岩本裕之(いわもと ひろゆき)
JAXA新事業促進部長。1967年埼玉県与野市(現さいたま市)生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。1991年宇宙開発事業団入社。計画管理部、経理部、パリ駐在員事務所、産学官連携部、(財)日本宇宙少年団、ワシントン駐在員事務所長などを経て現職。趣味は登山。90年、ヒマラヤに遠征しメラ・ピーク(6476m)に登頂。ギター弾き語りなど。


林公代(はやしきみよ)
ライター。神戸大学文学部卒業。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。宇宙・天文分野中心に執筆。世界のロケット発射、望遠鏡など取材歴20年以上。著書「宇宙遺産138億年の超絶景!!」「宇宙においでよ!」(野口聡一宇宙飛行士と共著)等。https://gravity-zero.jimdo.com/


※こちらの記事はHAKUTOスペシャルサイトより転載したものです。

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