ものづくり 2023年09月08日

唯一無二のヒビを見つめ、割れをいとおしみ、生命を吹き込む

金継ぎという技法をご存じだろうか。割れたりヒビの入った器を漆で接着し、金粉を蒔いて再び新しい命をよみがえらせる技法だ。

ガラスや陶器など、割れたものの破片を接着し修復させる技法は古来多くある。漆などの樹液を接着剤として使う方法はなんと縄文時代から行われていたというから驚く。
漆を使った金継ぎで、役割を終えたかに思われる食器に新たな命を吹き込む持永かおりさんにお話を伺った。

金継ぎの魅力とは。唯一無二の傷を活かす

「あ~!」。思い出のこもった大切なものを割ってしまった、壊してしまったショックや哀しみ。そんな苦い経験は誰しも一度や二度はあるだろう。

持永さんの作業場には、割れてしまったりヒビの入った食器が常時100個近くある。さながら病院のよう。どの食器も心なしかしょんぼりとしているように見える。

高価なモノばかりというわけでもない。大切な人との思い出がつまっているのか「割ってしまいましたが、捨てるに忍びなくて10年も取っておいたんです」と割れた日常茶碗を持ち込んでくる人も少なくないという。
「もう捨てるしかない」と思いながら、捨てるに捨てられず、ひっそりと部屋の隅に置かれていた数々の割れたり欠けたりした食器は、持永さんの作業場で新しくよみがえる。

▲シャープなヒビのラインがアートのような美しさをもたらす

修理して再び使えるようにする技術として、金継ぎが特徴的なのは次の2点だ。
一つ目は、割れたヒビや欠けた部分を隠さず、金や銀で装飾し新たなモノとして生まれ変わるということ。
金継ぎ作家によっては、金継ぎをほどこしたヒビを枝に見立てて花をあしらって別の作品とする人もいるが、持永さんは余計な装飾をせず、ヒビや欠けをそのまま活かす。

「割れやヒビそのものが好きなんです。この素材がそのときに、どう落として衝撃が加わったのか、そのときこの器がどんな素材で床の材質が何かでヒビの入り方も割れ方も違いますから、壊れ方は唯一無二。たとえ量産の平凡な器だとしても、全く同じ割れとかヒビはありません。そこにどうしようもなく惹かれます。本当にキレイで見入ってしまう。このヒビや割れを生かすように直し、余計な手を加えない。そこが私のこだわりですね」。古今東西修復の技術はたくさんあるが、傷がなかったように隠すのが大半であり、傷を新たな景色として愛でつつ使えるように直すのは、日本の金継ぎのみだという。

もう一つの金継ぎの特徴は、漆という天然素材を使うことで、食器の修理に使えるということだ。割れたり欠けたりしたものは多くの場合セメダインなどが製造している接着剤で修復は可能だ。ところが食器に限っては、化学薬品の入った接着剤は使えない。口に入っても心配のない接着剤は漆のみなのだ。持永さんが金継ぎと出会ったきっかけもそのことに関係があった。

▲食器の修理に使えるのは、漆を使う金継ぎだけ

子どものころから修理が好き

子どものころから壊れたものを修理するのが好きだった持永さん。3人姉妹の真ん中で、手の器用な伯父とともに一家の壊れ物の修理担当だったという。
「壊れて使えないものが、また使えるようになるってうれしいじゃないですか」

物が壊れるときにできるヒビや割れの魅力に取りつかれて大学ではガラス工芸と陶芸を学ぶ。
「今思えば、大学の時に作った作品も、わざわざ一度割って接着したり、割ったものを組み合わせるといったものでした」と持永さんは笑う。

大学卒業後は、生け花の草月流の師範を対象とした陶芸教室で陶芸を教えていた。ダイナミックな創作が多いため、花器も壊れがちだった。花器が壊れたときに修理するのは持永さんたちスタッフだ。合成接着剤を使って水漏れがないよう接着、絵の具やアクリル系塗料で色を合わせて傷がわからないように修理し、防水処理をして水漏れしないように仕上げては、元通りに直して喜ばれていた。

そんなある日、家で友達が作った大切な茶碗を割ってしまう。

いつものように修理をしようとした持永さんだったが、食器に化学薬品を含む接着剤は使えない。「今までずっと陶器の割れ物を直していたのに、自分のご飯茶碗ひとつ直せないなんて」と漆による修理を自力で学び茶碗を直した。その後、自分の物や友達の食器をコツコツと直していたが、2011年の東日本大震災が、持永さんの仕事を「金継ぎ」1本に絞るきっかけとなった。

▲持永さんの金継ぎ第1号となった大切な器。下地に赤い漆を塗り、銀を蒔いた「銀継ぎ」。傷の部分がいぶし銀のように黒ずんで味わいが出てきた 

金継ぎ師として活動

震災直後、友人の現代美術家が「アートレスキュー」というイベントを立ち上げる。これは自分たちの作品を販売して、売り上げを被災地に寄付するという取り組みで、世界中から多くのアーティストが参加したという。持永さんは作品を出そうにも計画停電中に電力を使って焼き物を作る気にもなれず、幼子二人と不安をかかえて打ちひしがれていた。

「でも、わざわざ焼き物を作らなくても、自分には直す技術があると気づきました」
そこで、「割れたものを直します」というパネルを出して参加。結果的に依頼はなくて金銭的に貢献はできなかったものの、この気づきによって持永さんは壊れたものを直し、モノと人を継ぐワレモノ修理プロジェクト「モノ継ぎ」を生業とすることを決めた。

▲持永かおりさん

金継ぎの仕上げのスキルは、漆芸蒔絵第一級技能士の小林宮子さんに学びさらに磨いた。
「漆とはどういうものか、漆の扱い、応用の仕方まで漆の奥深さを先生から学びました」

震災から10年。ヒビを見つめ、割れをいとおしみ、持永さんは金継ぎ師として幅広く活動をしている。

傷の状態を見ながら、何度もしみこませ、塗り、盛り、削る

金継ぎは、とても精密で時間のかかる作業だ。ヒビ、欠け、割れの状態を確認し、クリーニングと下処理をしたうえで割れていれば接着。ヒビならば水漏れの状態を確認する作業から始まる。

▲まずは傷の状態をじっと観察することから

▲漆は種類別に小分けにしてチューブに入れ少しずつ使う。大体1年くらいで使い切る

漆と一口に言っても種類は様々。基本は、漆の樹液から不純物を取り除いた生漆(きうるし)。小麦粉を加えて粘着性を高めた麦漆や、鉄分を加え、下塗り、中塗りの時に使う黒呂色漆(くろろいろうるし)、金粉を蒔く前に塗る絵漆などがあるが、そのほかにも用途によって様々な漆を使い分ける。

▲小麦粉と漆を混ぜて接着の麦漆を作る

▲ヘラ各種。小麦粉や砥の粉を練るときに使う

▲竹べらで麦漆を適量配っていく

▲接着面がズレていないか何度も確認する 

接着は漆が硬化するという作用を利用する。硬化には湿度70~85% 温度20℃以上が適しているため、専用の室(ムロ)に入れて時間をかけて硬化させる。

▲室では一定の湿度と温度が保たれる

割れた部分は1ヵ月ほどかけて硬化させるが、その後何度も隙間がきっちりと埋まっているかどうかをチェックしていく。希釈した生漆を隙間に少しずつ流し込み、スッと入れば隙間があった証だ。

「何回手を入れているんだろうと思いますが、そのくらいやらないと継いだ部分がはがれて、また割れやすくなったり水漏れしたりしてしまいます。せっかくお金と時間をかけて私に依頼したのに、またすぐ水漏れしてしまったら、悲しいじゃないですか。だから隙間がなくなるまで、徹底してやります。そこはプロのこだわりですね」

隙間が見つかれば再び生漆を流し込み、硬化。何度も繰り返して隙間がないかどうかを見極めていき、割れた部分の修理の工程が終わる。

その他にもはみ出て固まった漆を削ったり凸凹をならすために塗り重ねたり、数多くの工程がある。

割れた部分の接着が終わっても、欠けもある場合にはまた違う種類の漆を使って凹みを埋めていく。錆漆(さびうるし)は、水で練った砥粉(とのこ)に生漆を混ぜたものだ。一度に厚く付けず、錆漆に少量の地の粉を混ぜながら重ねて、乾かす。錆漆の部分を砥草や炭で研ぐ。希釈生漆をしみこませて、隙間がないかチェックする。この工程を繰り返して少しずつ欠けた部分を修理していく。

▲欠けた部分に錆付けをしたり無駄な部分を削るナイフ

このあと黒呂色漆で下塗り、中塗りをして、粉蒔き。銀を蒔けば銀継ぎ。金を蒔けば金継ぎである。

▲仕上げで使う金粉や銀粉

▲粉を払うはらい毛棒、スプーン、筆各種、細いヘラ、鯛牙など

▲粉さじで粉筒に金粉を入れ、中指ではじきながら漆の上に蒔く

▲メノウ棒と鯛牙。鯛牙は鯛の牙でできており、仕上げに磨くときに使う

途方もなく細かくて丁寧な作業で、ものによっては1年ほど制作に時間がかかることもあるが「時間をかけても、お金をかけても直してほしい」という依頼はひきもきらない

▲完成した食器たちは誇らしげで、依頼者たちに笑顔をもたらす

ていねいに修理された食器を受け取った依頼者たちからは、お礼の手紙が来ることも少なくない。

▲何よりうれしいお礼のお手紙

「依頼された器にはたくさんの優しさがこめられています」と持永さん。傷ついたのは器だけではなく、心も傷ついている。だからこそ再び使えるように、再び笑顔が見られるように、堅牢さは妥協せずに求め続けたいと持永さんは言う。

人の心と心をつなぐ接着剤

持永さんが今考えているのは、「ツギヘツナグproject」だ。割れたり欠けたりした器はあるが、お金がなくて依頼もできないという人がいる。一方で金継ぎの器に興味があっても手元に器がない人もいる。そこで割れたり欠けたりした器を持永さんが買い取り、修理して、新しい器として販売をするというプロジェクトだ。

壊れたものを直して生き返らせる喜びを知った少女は、長じて、傷ついたモノに命を吹き込み、さらに美しくよみがえらせることができるようになった。人の傷をいやし、人と人とを優しくつなぐ接着剤が、この小さな作業場にはあった。

美術品・器のお直し「モノ継ぎ」
持永かおり
www.monotsugi.com

(取材・文/宗像陽子 撮影/金田邦男)


ライター:宗像陽子
職人や各種専門家などの取材を多く手掛けている。
オールアバウト歌舞伎ガイド https://allabout.co.jp/gm/gp/1504/

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