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ものづくり
2023年04月15日
つい手助けしてあげたくなるのはなぜ?人の優しさを引き出す「弱いロボット」
ロボットとは、どのような存在だろうか? アニメに出てくるロボットはどれもまさに超人的、人間をはるかに超える存在だ。一方すでに実用化されている産業用ロボットは、人より「力強く・正確に・素早く」、しかも疲れ知らずで作業をこなし続けてくれる。いずれにしてもロボットとは基本的に、人をはるかに超えて強力なマシンである。
竹林篤実
ところが、豊橋科学技術科学大学の岡田美智男教授たちが追究するのは、強いロボットとは真逆の存在、名付けて「弱いロボット」だ。その動き方一つをとってみても、どこか壊れてないかと思わせるようなぎこちなさ。何かをさせても「この子、大丈夫かな?」と見る人を心配させてしまう。ところがそんなロボットと向き合うと、人は意外な行動を取ってしまう。
ゴミ箱ロボット、だけど 自分ではゴミを拾えない
—弱いロボットの典型が「ゴミ箱ロボット」だと伺いました。岡田美智男先生(以下・岡田):ゴミ箱ロボットと聞けば普通は、自動であちこち動いて、ゴミを拾い集めてくれるマシンを想像するのではないでしょうか。ところが、私たちが作ったゴミ箱ロボットには、そもそもゴミを拾い集める機能など付いていません。それどころか、一応自力で動くけれども、その動き方はフラフラしていてなんとも頼りない。でも、そんなロボットというか、動くゴミ箱が、ごみのある場所に近づいていくと人はどう思うでしょう。
—“ここにゴミを入れてあげればよいのかな”でしょうか?
岡田:特に子どもたちがゴミ箱ロボットを見ると、最初は「なんだろう、これ?」と不思議に思うようです。続いて「そうか! ここにゴミを入れてあげればいいんだ」とひらめく。人の気づきを引き出して動きへと導くのが、ゴミ箱ロボットの特徴です。もしこれが完璧なゴミ収集マシンなら、ロボットアームがゴミを見つけては拾い上げて、自動的に処理していくでしょう。その動きにはおそらくムダなど一切なく、まさに「マシン」です。けれども、そんなロボットを目にした子どもは、カッコいいなぐらいには思うかもしれないけれど、おそらく親近感は持たないだろうし、手伝ってあげようなどとも思わないでしょう。
—思わず手伝ってあげたくなるといえば「iBones」も、まさにそんな感じです。
岡田:iBonesはティッシュを配ろうとする配りをするロボットで、これも考え方が通常とは反対なのです。ティッシュ配りするロボットを作るのであれば、通常なら配布効率が最大化されるよう設計するでしょう。具体的には人の動きをセンシングし、人が差し出す手に合わせるようにティッシュを渡す仕組みが組み込まれるはずです。この場合、ロボットの方から人に向かって動きます。iBonesでは、この動きを逆転させています。つまりロボットのぎこちない動きを見て、思わず人の方からロボットに近づきティッシュを受け取ってあげるのです。
「つい手が出てしまう」とき 人は、何を感じているのか
—ロボットといえば“人を助けてくれる強い機械”が、一般的なイメージです。けれども先生はあえて「弱い」ロボットを作っている、その理由を教えてください。
岡田:もともと身体とは何か、コミュニケーションにおいて身体が果たす役割は何かなど、いわゆる身体性をテーマに研究に取り組んでいました。その中でロボットを作り始めましたが、私自身はロボット作りのノウハウやテクニックに長けているわけではありません。そのため手作り感あふれるというか、いわばポンコツのようなロボットしか作れなかったのです。それが最初に作った目玉型の「Muu」です。ところが、これを幼稚園に持ち込んだところ予想外の出来事が起こりました。Muuのふるまいがあまりにも拙いからでしょう、見ている子どもたちのほうがしびれを切らして、ロボットの世話を始めたのです。
—人の助けをするはずのロボットが、人に助けられた?
岡田:子どもたちの動きを見て、ロボットの弱さの意味に気づきました。Muuは見ての通り、手も足もなく動きに関してほとんど何もできません。ロボットが何もできないなら、まわりにいる子どもたちに何とかしてもらえばいい。逆転の発想で次に生まれたのが、ゴミ箱ロボットでした。つまり弱いロボットとは、自己完結では目的を果たせないけれど、まわりとの関係性の中から手助けを引き出し結果的には目的を果たしてしまう。これは従来のロボット発想にはなかった、実はすごい能力ではないかと思ったのです。
—実は「弱さ」に意味があったのですね。
岡田:そのとおりで加えてもう一点、子どもたちの様子を見ていて大切な気づきを得ました。手伝っているときの表情がとてもよいのです。みんな生き生きとしてゴミを拾ってロボットに入れてくれている。その姿は少し得意気なようでもあります。つまりロボットが不完全だからこそ、子どもたちの強みや優しさを引き出し、子どもたちを幸せな気分にしている。このときロボットと子どもたちの間には、ウェルビーイングを高める関係性が築かれているのだと思いました。
ロボットを手伝ってあげた そんな自分が「うれしい」
—そういえば、最近ファミレスで使われ始めた配膳ロボットも、配膳といいながら最後は客が自分で料理を取っています。
岡田:あのロボットも、動きのヨタヨタ感がよく考えられていて、うまいなと思います。目をキョロキョロさせながら通路を進んでくると、人のほうが自然に道を開けてしまう。テーブルまで運んでくるけれども、配膳まではしてくれない。もう仕方ないなあ、手伝ってあげようかと優しい気持ちが、お客さんに自然に生まれるような動きです。人とロボットがお互いの弱いところを補い合って、一つの目的を達成する共生関係を育んでいる。このようなロボットと人との関わり方があってもよいでしょう。
—相手が関わる余地をあえて残しておくのがポイントというわけですね。
岡田:相手の主体性を引き出すという意味で、ことばにフォーカスしたのが「Talking-Bones」です。このロボットは「桃太郎」などの昔話を語ろうとするのだけれども、肝心なことばを忘れてしまう。たとえば「昔むかしおじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんが川で洗濯していると……え~っと何が流れてきたんだっけ、梨だったっけ……」と話すと、ついつい子どもの方から「桃だよ」と教えてしまう。するとロボットが「それそれ」と相づちを打つ。
—教えてあげた子どもは、少し得意気になりそうです。
岡田:年下の弟や妹の世話をされた方なら経験があると思うのですが、幼い子どもたちに勉強を教えてあげようとするときは、なぜか自分の方が熱心になったのではないでしょうか。さらに、ここが重要なのですが、誰かに何かを教えてあげるのは、自分にとっての学びとしてとても良い方法です。だからロボットの弱さを学びの場で実際に応用する取り組みを、愛知県の「知の拠点」重点研究プロジェクトの一環として実施しています。
—もしかすると、人と一緒に何かを成し遂げるのは、人間にとっていちばん大切な行為の一つではないでしょうか。
岡田:あいさつが、その典型かもしれません。面と向かい合っている人に「こんにちは」と話しかけたときに、相手が何かことばを返してくれないと、あいさつは成立しません。そう考えればわかるように、私たちが人と関わりながら行っている日常の行為の多くが、実は不完結なのです。だからロボットに限らず、相手の主体性を引き出しつつ共同で何かを行えれば、とても良い感じの関係性を構築できます。
ロボットの弱さが 人を強く・優しく育んでくれる
—弱いロボットは、子どもたちに限らず高齢者の相手にもなってくれそうですが。
岡田:ただロボットと高齢者が1対1で会話している風景には、少しいたたまれない感じがあり、あまり好きにはなれません。けれども「PoKeBo Cube」のようにロボットが3つ並んで、高齢者と向かい合うと関係性が一変します。例えばロボットたちに、今日のニュースを話させるのです。といっても完璧に話すのではなく、所々情報が抜け落ちるよう仕組んでおく。そこで別のロボットが「それってどういうこと?」とツッコミを入れる。高齢者自らがロボットと会話するのではなく、ロボット同士の会話に自然に聞き耳を立てるような設定です。すると自分自身は話さなくても、会話についていこうとして知らずしらずの内に頭を使い続けて活性化される。これも人の主体性を引き出す一つのパターンです。
—ロボットとは、特定の作業を完璧にこなせて初めて、正しいロボットとして見なされる。そんなイメージを持っていました。
岡田:産業用ロボットは、その考え方で間違いないと思いますが、完璧さを求めると、ロボットにはできない作業が実はたくさん出てきます。できない部分を無理やりなんとかしようとしたりせず、実はこういう作業は苦手なんだとロボットが自ら弱点を明らかにする。そこを人が手伝って補えば、トータルで作業は完結できるし、一緒に作業した人の方でも何かを成し遂げられた達成感を持てるのではないでしょうか。ある意味、私の研究室においては、私自身が弱いロボットのような存在なのかもしれません。
—先生が弱いロボットとは?
岡田:本学に入学してくる学生の約8割は高専生です。は基本的に高専生のための大学です。だから入ってくる学生たちは揃ってとても優秀で、高専時代にロボコンに出場していたりします。一方で私は認知科学の研究者ではあるけれど、ロボット作りは決して得意ではありません。だから、私は学生に手伝ってもらっているともいえるし、私がロボットに弱いからこそ、学生の力を引き出せているともいえそうです。
岡田 美智男(おかだ みちお) 豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授
1987年東北大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。NTT基礎研究所情報科学研究部、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)を経て2006年から現職。〈弱いロボット〉の提唱により、平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門)などを受賞。主な著書に『弱いロボット』(医学書院)、『〈弱いロボット〉の思考』(講談社現代新書)、『ロボット〜共生に向けたインタラクション』(東京大学出版会)など。
竹林篤実
理系ライターズ チーム・パスカル代表、京都大学文学部哲学科卒業。理系研究者取材記事、BtoBメーカーオウンドメディアの事例紹介記事、企業IR用トップインタビューなどを手がける。著書に『インタビュー式営業術(ソシム社)』、『ポーター✕コトラー仕事現場で使えるマーケティングの実践法がわかる本(TAC出版)』共著、『「売れない」を「売れる」に変えるマケ女の発送法(同文館出版)』共著、『いのちの科学の最前線(朝日新書)』チーム・パスカルなど。
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