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ものづくり
2022年08月05日
正確、緻密、ていねい。ダンボール女子の原動力はピュアなワクワク感
素材はダンボールのみ。はさみと接着剤を使って作り出される作品たちは、驚異の完成度の高さ。今回は「ダンボール女子」として話題の、大野萌菜美さんのアトリエを訪ねてお話を伺った。(取材・文/宗像陽子 撮影/金田邦男)
そのアトリエに入ると、まるで命を持っているかのような怪獣たち、今にもエンジン音が聞こえてきそうなジープや戦車が、大野さんとともに出迎えてくれた。作品はすべてダンボールのみで作られている。ダンボール一色のアトリエなのに、殺風景な感じが全くない。それどころかきっと夜中には、ロボットや怪獣は動き出し、ジープは土を蹴立てて疾走し、賑やかに活動しているに違いないと思われるほどのエネルギーを感じた。
ひときわ存在感を放つのが、最新作の「ハウルの動く城」だ。これもはさみとダンボールと接着剤のみで下書きなしで作ったというから驚く。
ハキハキと質問に答えてくれるかわいい眼鏡女子大野さんの、どこにこれらの作品を完成させる緻密さ、集中力、持続力が隠れているのだろうか。
工作好きな女の子、アニメーターを目指すも、ダンボールに開眼
大野さんはお父さんの趣味がDIYだったこともあって、小さな時から工作をするには絶好の環境にいた。のこぎり、トンカチ、木切れ、ねじ、くぎ…。これで、この木を切ってみよう、くっつけてみよう。これはできるかな。こうやってみたらどうだろうと、身近なもので何かを作る楽しさを知っていった。初めて作った工作らしい工作は、割りばし鉄砲だ。
学校で好きな科目は、体育と図工。恐竜やロボットが大好きで、割りばし鉄砲をもって走り回るボーイッシュな女の子だった。毎年夏休みには紙粘土で貯金箱を作る課題に応募、作品が選ばれいつも郵便局に飾ってもらうのがちょっぴり誇らしかった。
中学生になると、エヴァンゲリオンに出会いすっかり夢中になり、アニメーターを志す。大阪芸術大学キャラクター造形学科に進学したが、そこで出会ったのがダンボールだった。
ダンボールで作品を作ったところ、先生が「これは面白い!」とほめてくれたのがこの道に入ったきっかけだ。とてもうれしくて、次はまたダンボールでこれを作っていこう、あれはどうかなと考えて作る。次の週に持っていくと、またまた褒められる。「それがうれしくて、続けられたんだと思います」とニコリ。
ダンボールという素材を使って、様々なものを作っていくと、どんどん作れるものの幅が広がっていくのも楽しかった。最初は、平面の四角いもの。次第に丸みをつけたものができるようになる。細かいものも工夫するようになり、ますますはまっていった。また、通販で届いた箱が、ものを運んだ時点で役目を終わらせるのではなく「もっとこうしたら楽しい。こんなものも作れる」という発信ができることも、今の時代に自分ができる大切なことだと感じている。
もともとアニメーターになりたいと思っていた大野さんなので、ダンボールの作品で動画を作ろうとしたこともあった。授業でアニメーションの提出をしなければならなくなったのだ。ところが、あまりにもダンボールで作る方が楽しすぎて、1年間ダンボール制作だけ打ち込んでしまい、さっぱりアニメーションにまで進めない。ついに先生に頭を下げて、なんとか進級だけさせてくれと頼むはめになってしまった。いずれYouTubeもやりたいとは思っているものの、ついつい作る方が楽しくて夢中になってしまい、動画の編集にまでたどり着かないそうだ。
先生のアドバイスもあり、FBで作品の写真をアップしはじめところ、次第に注目されるようになっていく。2016年に台湾で海外進出が実現できたのもFBのメッセージでの依頼がきっかけだった。
情報収集は怠らず、設計図や下書きは描かない
何を制作するか決まれば、細かな情報収集に入る。車や機械は、実機があれば見に行く。なければ写真や動画などありとあらゆる資料を集めて、細かいところまで制作ができるよう準備をする。たとえば車の裏側やボンネットを開けたエンジンルームの中など、見えない部分までできる限り再現する。
そこまでこだわるのも、理由がある。ある時、完成した車の裏を見て「裏はツルツルなんですね」と言われたことがあった。「それを言われて、火がついちゃって(笑)」。それまではダンボール以外の素材を使うこともあったし、見えないところにまでは手を入れていなかったが、それ以来、素材もダンボールのみ、徹底的に細部にまでこだわる姿勢は崩さない。「どんどん自分の首を絞めています」と笑う。しかし、そのこだわりが、より作品のグレードを上げたことは間違いない。
大まかな全体像、たとえば一番大きい部分や、土台などから作りはじめ、徐々に小さい部分へと作りこんでいく。「ハウルの動く城」の場合は、顔のふくらみから制作を始め、最後は足で完成させた。ほかのものも、ラストピースは足、車ならタイヤとなることが多い。文字の入るものでは、最後に全体のバランスを見ながら入れる文字を決めていく。雑誌の表紙を模したような作品でも、本当の表紙と全く同じではない。文字を取捨選択してバランスを整える。
難しいのは丸みを作ることだ。丸みのある部分に重ねていくとどうしても、寸法がずれていってしまう。設計図や下書きを描かずに作り始めるのも、途中でずれていくと設計図の意味をなさないからだそう。
ダンボールの大きな範囲をざっくりと切るときはカッターを使うこともあるが、メインで使うのはどこでも売っているような、ごく普通のはさみ。
カッターで切るとシャープになりすぎてしまい、手作り感がなくなってしまうのだとか。「はさみで切ると断面が均一にならずにデコボコするのでこっちの方が私は好き。そのため、あえてはさみを使っています」
お気に入りの作品を聞いてみたところ、常に一番最近作ったものが一番好きになるとのこと。この時は「ハウルの動く城」が最新作だったので、この時点での一番のお気に入り。「作っているときの熱量が、心の中に残っているような気がして、思い入れが強くなります」
それにしても、この緻密なことといったらどうだろう。事前に調べても、絵ごとに顔も違えば配置も違い、苦労をしながら作ったそうだ。
その甲斐あって「ハウルの動く城」は、ジブリ公式Twitterからも「ハウルの動く城」の画像に「ありがとう」と書かれたメッセージが送られてきて、とりわけ思い出に残る作品となった。
ゴワゴワの皮膚、小さなねじ、なんでもダンボールで作る
ダンボールで作れるものの幅が、どんどんと広がり、やってみるとなんでも作れてしまうことが大野さんをますます熱中させた。
ゴジラの細かい肌感に驚く。ダンボールをくしゃくしゃにして、ピンセットで一つずつ織り込んでいく。接着剤は、広い面にたっぷり接着するときのものと細かい作業で使うときのものとで使い分けている。ゴジラの土台部分などは、たっぷりと出るものを。一方、細かいところでは、少しずつ出る接着剤を、はみ出さないように気をつかいながら使っている。
小さなねじのようなものも一つひとつ手作りだ。ダンボールを水につけて3枚の紙にはがす。一番うわべの紙をくるくると丸めて筒状にし、小葱のようにトントンと輪切りにする。時間のある時にまとめて作っておき、ピンセットで一個ずつつまんで接着する。
一作品ずつ、ていねいに作ってゆく
起床は朝の11時ごろ。お昼ご飯を食べて制作をスタート。夕方の5時6時まで作業を続け、ちょっとおやつ休憩。その後、8時ごろの夜ご飯を挟んで、12時近くまで作業に没頭する。お風呂に入ってリラックスをするのは、そのあとだ。緊張状態が長く続くため、首や肩の凝りがひどい。ついに3年をかけて鍼灸師の資格を取って、自らの身体をメンテナンスしながら作業を続ける。大体1作品を1~2ヵ月で仕上げる。
一つの作品を作り終えると、しばらくは休憩期間。いくつもの作品を並行して作るわけではなく、一つひとつじっくり作る。だから大作は年に数点しか作れない。休憩期間は、いくつかの候補の中から次に何を作ろうか、これを作るにはどういう風に作ろうかなどとプラモデルやレゴを作りながら考える、それはそれで楽しい時間だそう。
どうしても気に入らなくて、途中で作品作りをやめてしまうこともある。
昔は、こわしてしまうこともあったが、今はそのまま箱に入れてしまっておくという。「『まだ私にはチャレンジできないものにチャレンジしてしまった』とか『今じゃなかった。また作りたくなることもあるかもしれない』と思うので壊しません」と大野さん。どの作品に対しても、限りない愛情と対象への深いリスペクトが感じられる。
大好きなモノを、作り出す喜びに命を吹き込む
すでに、アトリエにある作品数は大小合わせて200を越える。
恐竜、戦車、ロボット、お菓子、少年漫画……今も変わらず、大野さんの創作意欲をかきたてるのは、「ワタシの大好きなモノ」だ。大好きなモノを、ダンボールで完璧に作り上げていく。その過程がすごく楽しくてたまらないという大野さん。そのワクワク感は、小学校のころ割りばし鉄砲を作ったときと全く変わらない。そのピュアな情熱が、また新しい作品を生み出す。
おそらく、今後もっと世界中の人の目に触れることになるだろう大野さんの作品は、今日もそのアトリエでコツコツと地道に作られ、命を吹き込まれているはずだ。
ライター:宗像陽子
職人や各種専門家などの取材を多く手掛けている。
オールアバウト歌舞伎ガイド https://allabout.co.jp/gm/gp/1504/
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