2018年11月12日モノづくり

タイガー魔法瓶 最強の技術者に聞く「宇宙から試料を冷たいまま帰す[最強の魔法瓶]開発の舞台裏」

魔法瓶メーカーの宇宙開発への挑戦が、ニュースで大きな話題になりましたね。タイガー魔法瓶(株)は国際宇宙ステーション(ISS)から実験成果物を地上に返すことを目指した、JAXAの小型回収カプセル実験に参加。試料を蓄冷材のみで4度で4日以上保ち、再突入用カプセルに格納された状態で40Gもの衝撃に耐える真空二重断熱容器の開発に成功。11月11日、宇宙から回収実験が実施され、試料の回収に成功!タイガー魔法瓶本社で、開発を担った技術者にお話を伺いました。

宇宙から実験試料を持ち帰る小型回収カプセルの想像図。大気圏に突入後、最大40Gで着水。実験試料を4日間以上温度を4度に保つことが求められた(提供:JAXA)

小型回収カプセルに搭載した真空二重断熱容器(外容器:直径29㎝、高さ32㎝)のサンプルを手にするタイガー魔法瓶商品開発グループの森俊彦さん(右)と堀井大輔さん(左)。内容器の口部から冷気が逃げないように、すっぽり外容器をかぶせる構造が特徴。

「絶対、無理」だけど「面白そうやな」

顔

なぜタイガー魔法瓶さんが宇宙開発に携わることになったのか、経緯からお聞かせ頂けますか?

顔

弊社のホームページに産業機器に関するお問い合わせフォームがありまして、年に何件か問い合わせが届きます。2014年4月、JAXA様から質問がぽんと届いたんです。「大型の真空断熱容器を作ってみたいのですが、特注品として製造していただくことは難しいでしょうか?」と。

顔

え、正面からメールで?

顔

はい。「突然すみません」と。メールを見た時は「え、JAXA?何の問い合わせかな」と。

顔

JAXAは知ってましたか?

顔

ええ、もちろん。でも仕事柄、接触するなんてとんでもないというか、考えてませんでした。弊社は日本国内で真空にできる装置を持っていますから、やってやれなくはない。でも、宇宙となりますと話が大きいですから。最初はまったく想像がつきませんでした。JAXA様は宇宙から試料を回収する方法として、真空断熱容器だけでなく他の断熱素材も検討しておられたようです。でも結局、普通の断熱方法だと温度的に持たないと。

タイガー魔法瓶の真空炉。7つの部屋を通して空気を抜いていく。宇宙用の真空断熱容器は大きいため通常より時間をかけて真空にしたそう(提供:タイガー魔法瓶)

顔

電源を使わずに、4日間にわたり4度でしたっけ?

顔

4度±2度の範囲で4日間以上という条件でした。どうしても達成したいプロジェクト案件ということで来社されました。当時、役員の河合が「弊社がやらなければこの計画はなくなってしまうんですよね。じゃあ、やりましょう。」ということでプロジェクトがスタートしました。それが2015年11月です。

顔

最初にJAXAからこの話を聞いた時にはどう思われましたか?

顔

本音をいうと、「絶対無理」と思っていました。

顔

どうしてですか?

顔

温度条件が厳しい。通常の日常品のボトルですと、保温は10時間とかせいぜい24時間。それを4日間も保温しないといけない。それから衝撃。手元からポトンと地面に落とすような強度でなしに、最大40G。とてつもない衝撃です。「これは無理でしょう、本当にうちがやるんですかね」と思いつつも「よっしゃ、面白そうやな」と思いました。やっぱり仕事は楽しくやらないと。今までやってきた仕事でなしに、ちょっと違うレベルの仕事ができると。

顔

「よっしゃ」ですか!ってことは、なんとかなるだろうと?

顔

どれだけ保温がもつかというところが肝でしたね。魔法瓶は好きですし、池井戸潤さんの「下町ロケット」は読んでましたから、やらせてもらえると決まった時は嬉しかったです。本当に。

顔

その時、森さんはどういうお立場だったのですか?

顔

60歳をちょうど超えた頃で、嘱託的な感じで仕事をしていました。業務の一つに産業機器の窓口をやらせてもらっていました。

顔

産業機器とは例えばどんなものですか?

顔

例えばトヨタの北米市場向けプリウス(2004年モデル)の冷却水の蓄熱容器があります。走行時のエンジン冷却水を真空タンク内で保温しておくことで、寒い朝でもエンジン再始動時にすばやく最適な温度に上がってくれます。

顔

タイガー魔法瓶は分野問わず、新しいことにチャレンジする文化があるわけですね?

顔

もちろんビジネスとして成り立つ範囲内が基本ですけど。割とやらせてもらえる環境にはあると思います。

蓋をするより、「すっぽり被せてしまおう」

堀井さんが持つのが真空二重断熱容器の外容器で重さ6㎏、森さんが持つ内容器は4㎏。容積は通常の水筒の約50倍。

顔

やりましょう!という話になったのが2015年11月。そこからどう進めていきましたか?

顔

どういうものを作るか目標とする仕様、大きさや重量、構造の検討がスタートしました。当初は容器に真空の蓋をつけるようなイメージで考えていました。

顔

普通のボトルを大きくしたような?

顔

はい。市販の魔法瓶は蓋の部分は真空断熱にはなっていないので、容器の口の部分からどんどん熱が逃げ出てしまう。最初の打ち合わせで、JAXA様からカプセル用として高い断熱性能を実現するために、真空容器を二重にする案を実現できないか相談を受けました。当初は魔法瓶構造の内容器と外容器をねじ止めで固定できるような気密型の形態でスタートして試作品を作り、温度試験をしました。

顔

最初は、容器同士をねじで止めるものを考えていたんですね?

顔

はい。でもやってみると色々弊害が出てきました。容器同士を固定する部分が僅かに変形し、ねじが締められないんです。それと、魔法瓶はステンレスを二重構造にして真空層を設ける(真空二重瓶)ことで熱伝導などを防ぎ、保温保冷効果を高めているのですが、真空層とは気圧の差があるため、容器の内側と外側の底がくっついてしまうという問題も発生しました。

顔

それは、予想していなかった?

顔

こんなに大きな真空断熱容器を作った経験がないですからね。ある程度予測はしていましたが、思いのほか大きく変形しました。ねじ止めするための部位も変形により、傾きが生じていたようです。JAXA様の開発スケジュール的にこの問題の解決に時間はかけられない状況だったので、だったら二重の真空容器同士を無理に固定せず、差し込んだ状態で、もう一つの別の気密容器の中にすっぽり納めてしまおうと。そうすれば宇宙飛行士の方が簡単に操作できるようになる。

宇宙では内容器に実験試料を入れた後、外容器をすっぽりかぶせる

顔

どなたが思いついたのですか?

顔

コンセプトはJAXA様から提案がありました。それをどうすれば実現できるか、筑波宇宙センターでJAXA様と解析や設計を担当する会社と弊社とで、議論を繰り返して設計を詰めていき最終的に「これでいきましょう」と。特許も共同出願という形にしています。

顔

どのくらいかぶせるかは試行錯誤で?

顔

基本的にはすっぽりかぶせる。だから蓋というよりは・・

顔
堀井

二重の真空二重容器です。

お盆休み明けに「保冷剤が冷たいまま!」温度の要求を達成

顔

二重の真空断熱容器という基本的構造は決まった。そのあとは?

顔

再度試作品を作り、どれくらいまで保温できるか試験に入りました。JAXA様が弊社に来られて温度を見て行けそうとなったのが、2016年8月のお盆休みでした。

顔

休み返上ですか?

顔

いや、休んでました。お盆休みが5日ぐらいあって、休み前に試験をスタートさせて、休み明けに容器を開けたら蓄冷材がまだ冷たかった。「やった!4日持ってるよね」と。

顔
堀井

JAXAの最終実験では7日か8日持ちましたね。

顔

4日でも無理と思ったのに7日間も!意外に早く達成したという感じですか?

顔

終わってみたら早かった。改めて真空断熱は「最強の断熱材」と再認識しました。

顔

懸案事項だった4日間の保冷をクリアした後は?

顔
堀井

フライト品の詳細設計に入っていきました。板の厚さとか重さとか。

顔

温度的には大丈夫となって、それまでは「できるかなぁ」という感じだったのですが、JAXA様が「こうのとり7号機」に小型回収カプセルを載せるから、いついつまでに完成品を納めてもらわないといけない、と。

小型回収カプセルの断面図。図中央のペイロード収納容器の内部に、タイガー魔法瓶が開発した真空二重断熱容器がある。小型回収カプセルは、電源がない状態で、大気圏突入時に受ける数千度もの高熱環境から、内部の実験サンプルの温度を4度で4日以上保つ(提供:JAXA)

顔

なるほど、急に現実味を帯びてきたと。堀井さんはいつ頃から開発に関わったのですか?

顔
堀井

お盆の試験が終わって9月ぐらいからですね。

顔

弊社は8月21日発売で新商品をだーんと出すんです。開発がふっとあいたところで、「最強の魔法瓶」を形にするため「最強のメンバー」を引っ張りこんだ(笑)

顔

堀井さんは何を担当なさっていたんですか?

顔
堀井

中国製の水筒をやっていました。でもその前からちょこちょこ、この容器の図面を修正してとか部品図を書いてとか頼まれてましたけどね。

顔

逃げられないように、じわじわと(笑)。実は今日は同席できなかったのですが、もう一人開発メンバーがいます。本チームのリーダーとして中井も開発に関わっておりました。

シミュレーションを実際の形にする上での苦労

顔

フライト品の開発が始まったのはいつ頃ですか?

顔
堀井

2016年11月頃ですね。

顔

形にする上で大変だったことは?

顔
堀井

まず、衝撃に耐えられるような強度を持ちつつ、重量制限を満たさなくてはならないところが難しかったですね。強度を強くすれば重くなってしまう。具体的には板厚とか形状をどうするか。JAXA様と解析・設計を担当される会社様がシミュレーションされて、「この構造いけますよね」と提案されたものを、実際の物づくりの面から「そういう構造はできません」とか。その折り合いをどうつけていくか。

顔

例えばどういうところで?

顔
堀井

真空容器の底の部品。一枚板を金型で抑えながら加工していくのですが、加工すると伸びたりして薄くなるので図面に書かれている厚みと、実際の製品の厚みが若干異なるんです。1㎝ごとに板厚を測って、それをシミュレーションに反映させていきました。

顔

場所ごとに厚さが違うんですか?

顔
堀井

違うんです。引っ張られる量とか曲がる量の伸び方が場所ごとに全然違うので。

顔

図面を見ると、ここからここまでは〇㎜と上限と下限の数値が決められている。

顔
堀井

その数値が0.1㎜単位でめちゃくちゃ細かかったですね。ちょっとずつ作りながら測りながら。加工側でこういう形状ならいけるというのと、シミュレーションでこの板厚ならいけるというのを合わせていくんです。歪みがないようにという要求もありました。

顔

0.1㎜単位とは厳しいですね。底の部分の他には?

顔
堀井

あとは容器の開口部分。40Gの衝撃がかかっても変形しないような形状にしてますね。

顔

「してます」と一口に仰いますけど、どうやって?

顔
堀井

シミュレーションの世界ですね。

顔

底の部分と同じようにシミュレーション会社様が「この形状なら衝撃に耐えられます」と計算・設計したものを、どう実現できるかをタイガーさんと職人さんで?

顔
堀井

それ以前に製品として実現できるかどうかは、我々加工側の判断になります。シミュレーションの世界はなんでもありじゃないですか。形も好きなように決められる。でもステンレスでそういう形が実際に作れるかについては、シミュレーション会社様ではわからない。

顔

タイガー魔法瓶さんの物づくりの長年の勘と経験ですね。実際の板の厚さはどのくらいありますか?

顔

1ミリ前後ぐらいです。すべて同じではなく、各場所によって厚みは違う。内容物の衝撃を受けとめる外側が一番分厚いです。

顔

宇宙ならではの物づくりで驚いたことはありますか?

顔
堀井

JAXA様から「(容器の)持ち手は要りませんよ」と言われたんです。我々は落としても折れない取っ手をつけないといけないと考えてしまうが、ISSは無重力状態だから、ベルクロで止めればいいと。「どないすんねん!」と思いましたけど(笑)。

顔

そういえば、この容器、持ち手がどこにもありませんね!そもそも宇宙では落ちない。

顔

無重力の宇宙では、軽くすこんと入れられるから、心配いりませんと。

顔
堀井

「宇宙と地上は違うんやな」と実感しましたね。

JAXA大西飛行士による、宇宙での手順作業の検証。実験試料を真空二重断熱容器の内容器に入れているところ。その後保冷剤を入れて、右側容器の中にある外容器にセットする(提供:JAXA)

いよいよ回収実験―「自信はあります!」

顔

40Gの衝撃試験は行われたのでしょうか?

顔
堀井

JAXA様が筑波宇宙センターで容器に衝撃を加える試験を実施して、OKだったと。

顔

数々の試験を経て2017年5月に納品。フライト品開発スタートから実質半年ほどですね。改めて「最強の魔法瓶」はなぜ実現できたのでしょう?

顔
堀井

真空、溶接、加工を合わせたトータルな技術ですね。

顔

我々だけでは絶対できなかった。シミュレーションで解析して頂いたおかげで、ある程度絞り込んで物づくりができた。プロジェクトに関わった皆さんが集結してできたと思っています。我々が目立ってますけど(笑)

顔

魔法瓶メーカーが宇宙開発に関わる意外性が一般の方々に受けたのだと思います。

顔

はっきり言って、我々が一番意外と思っています(笑)。

顔

タイガー魔法瓶さんにとって、今回のプロジェクトで得られた知見はなんでしょうか?

顔
堀井

シミュレーションですね。我々は今までのノウハウから、これならいけるかなと設計して試験して、構造を作っていく手法をとっています。それと全然違う。シミュレーションでばちっと構造を決めてその通りに作って、修正なく試験も合格できました。シミュレーションのやり方や考え方は、今後の我々の商品開発には絶対必要かなと思いました。

顔

物づくりの手法に新たな発見、経験になりましたね。

顔
堀井

日本だけでなく、海外メーカーも含めて競争が厳しくなっているので、今より効率よく高品質なものが作れるようにしたいですね。

顔

「最強の魔法瓶」のノウハウを今後、何に生かしていけるでしょうか?

顔
堀井

長期間保冷して輸送するような分野で生かせないかな、と模索しています。例えば生命科学の分野で長期間保冷や保温が必要なものの輸送とか。

顔

JAXA様がニュースで「将来的に宇宙から人の回収も」と言われていて「え!」とびっくりしました。これよりまだ大きいの作るの?と。うちに来るかはわからないけど(笑)

顔

ISSで小動物の飼育実験もやっていますし、まずは小さな生き物でしょうね。生命維持システムが必要になると思いますが。

顔
堀井

中にそういう装置類を入れればできるんじゃないですかね。

顔

11月10日頃、小型回収カプセル実験がいよいよ実施されます。

顔
堀井

戻ってくるときが一番緊張しますね。

顔

実験試料が温度を保って無事に地上に帰ってくる自信はありますか?

顔
堀井・森

大丈夫です!


森俊彦(もり としひこ)
タイガー魔法瓶(株)商品開発グループ開発第3チーム指導役。1955年大阪府生まれ。大学では工学部機械科で研磨材の弾性について学ぶ。1978年タイガー魔法瓶(株)入社。入社後は主に非電気製品を担当し、氷削り器「きょろちゃん」や残量が分かる水量計付ガラス製のポット「まだあるかい」等様々な商品開発に携わる。1997年より海外生産業務に就き、炊飯ジャーの生産ライン立ち上げを担当後、2004年より中国上海に5年間駐在する。その後は、現在のチームにてステンレスボトルの開発や後輩社員の育成、産業機器を担当する。


堀井大輔(ほりい だいすけ)
タイガー魔法瓶(株)商品開発グループ開発第3チーム。1985年兵庫県生まれ。大学院では工学研究科で、圧電セラミックスについて研究を行う。2010年タイガー魔法瓶(株)入社。入社後5年間、炊飯ジャーのチームにて商品開発を行う。2015年秋に現チームに異動、中国の取引先工場でのステンレスボトル加工ラインの新規立ち上げを担当した。2016年、ふたを閉めれば自動でロックするステンレスミニボトルMMX型の開発も行い、現在も人気のシリーズに。


林公代(はやし きみよ)
ライター。神戸大学文学部卒業。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。宇宙・天文分野中心に執筆。世界のロケット発射、望遠鏡など取材歴20年以上。著書「宇宙遺産138億年の超絶景!!」「宇宙においでよ!」(野口聡一宇宙飛行士と共著)等。https://gravity-zero.jimdo.com/


※こちらの記事はHAKUTOスペシャルサイトより転載したものです。

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