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ものづくり
2024年04月05日
本物みたいだけど偽物! 舞台やテレビ、イベントの美術を作る会社に行く
美術というものがある。美術にはいろいろな意味があるけれど、今回は舞台やテレビ、イベントでの美術の話だ。セットなどと呼ばれることもある。何もない空間にたとえば森を作り出したり、古い街並みを作り出したりする。それが美術だ。
今回は、美術に長く携わってきた方も含めて、つむら工芸の3人の方にお話を聞いた。ちなみに会社の設立は1957年だけれど、1917年に津村英雄氏が映画の絵看板を作ったところから歴史は始まっている。由緒ある会社なのだ。
気をつけてみていると「つむら工芸」という名前はよくみかける。この撮影の前に偶然訪れた東京のあるイベントの美術もつむら工芸だった。身近につむら工芸はあるのだ。
4Kにビビった
バラエティ番組よりドラマの方がより美術は難しいようだ。ドラマの場合はその空間にリアリティが必要だからだ。ちなみに4Kにもビビったそうだけれど、アナログからデジタルへの移行の際もビビったそうだ。しかし、問題なかった。つむら工芸には技術力があるのだ。
本材とはたとえば岩なら本当の岩ということだ。それを使わずに岩に見せる。紙や発泡スチロールを使い本物のように作る。ちょうど工場で漆喰の柱を作っていたので見せてもらった。
実に重そうに感じる。工場にあり、すでに本材を使っていないと聞いているので、そう見えないかもしれないけれど、その場で見ると重そうに感じるのだ。でも全然そんなことはない。これ紙でできているのだ。めちゃくちゃ軽い。
軽いのに本物のように見えるから頭がバグる。しかも、セットは搬入できないとまずいので、パーツに分けて製作して組み立てる。もはや私にはパズルのように感じる。
本当にパズルだった。旅館とかに泊まるとテーブルに置いてあるあのパズル。美術の世界ではそのようなことが必要なのだ。
一週間眠れなかった
六本木ヒルズの大屋根プラザで2007年から毎年開催されているクリスマスマーケットのことだ。私も毎年行っている。
2007年の頃は現場作りに1週間ほどかかり、入交さんは一週間ほど眠れなかったそうだ。華やかな空間の裏側にはドラマがあるのだ。
工場で作っている方にも話を聞いた。自分が作った美術が使われる舞台は見に行くと言っていた。やはり何もないところから形が作られ、多くの人を感動させる仕事ということだと思う。
最後につむら工芸が目指すものを聞いた。
私は美大を卒業しているのだけれど、ふんわりタイプだった。その結果、いまだに就職していない。やりたいことがふんわりしていて就活もパーフェクトに落ちた。
つむら工芸の方々にお話を聞いた。とても興味深いものだった。まとめてみよう。
ライター:地主恵亮(じぬし けいすけ)
美術にはいろいろな工夫がなされている。見た目が同じような美術でも、舞台やテレビ、イベントでは異なる作りになっている。どのような工夫がなされ、どのように作られるのか、お話を聞いてみたいと思う。
つむら工芸に行く
どこかの劇場に芝居を見に行く。そこは都心の劇場のはずなのに、ステージの上には中世のヨーロッパが再現されている。場面転換が行われ次の瞬間には森の中になることもある。ステージの上に新たなる空間を作り出すのが美術というものだ。
テレビや映画もそうだ。すでにそんな街並みはないはずなのに昭和の街並みがあったり、イベントなどでも恐竜の棲んでいた森が再現されていたり、全ては美術によって成り立っている。
私の絵ではめちゃくちゃしょぼいけれど、もはや本物と勘違いする美術も多々あるのだ。そんな美術を作っている会社に話を聞きたいと思った。私は舞台が好きなので昔からどのように作られるのか興味があったのだ。そこで私は大阪に飛んだ。実際は新幹線で行ったので飛んではないのだけれど。
つむら工芸とは
大阪にある「株式会社つむら工芸」を訪れた。1957年に設立され、テレビ(ドラマやバラエティ番組)、映画、イベントなどの美術を手がける会社だ。大阪の摂津に工場があり、今回はそちらにおじゃました。
つむら工芸の素晴らしい点は、美術のあらゆるものを作っている点だ。テレビや映画はもちろん、舞台も作れば、イベントや常設の博物館などの美術も作っている。
具体的にはNHKの朝ドラ(毎年10月-3月に放送される作品)やABC「新婚さんいらっしゃい」、劇団四季「ウィキッド」や「『鬼滅の刃』吾峠呼世晴原画展」、「神戸アンパンマンこどもミュージアム おでむかえひろば」などがつむら工芸のお仕事だ。
年にどれくらいの数の美術を作っているんですか?
自社工場だけでなく協力会社さんを含めた生産体制になりますが、テレビ、舞台、催事、施設と色々あわせて年500件くらいですね。
すご!
大小様々な案件があります。看板1枚という時もありますし、テレビの新セットを全て作ったり、舞台美術だったりすると3カ月ぐらいかかりますし、1年以上の期間をかけて企画をずっと練ってやるようなものもあります。企画段階から5年くらいのものもありますね
短いものですと、2、3時間後に欲しいみたいなこともあります
5年から2、3時間というのは振り幅がすごいですね!
つむら工芸は空間演出の会社です。「空間を納品する」ということが弊社の仕事なので、どうやって実現しましょうかというところに着目した業務になっています
同じような見た目でも「テレビ」「舞台」「イベント」で作りは異なるのだろうか。
全く違いますね。屋外と室内の違いが一番大きいです。展示するのが1日だろうが3日だろうが1週間だろうが、屋外は何が起こるか分からないです
強度が必要なんですね
テレビは重いものがほとんどないですけどね
テレビの美術はモニター越しでしか見ないので、実際に視聴者が触ることはまずないです。これがイベントになりますと実際触ろうと思ったら触れてしまうので、強度が必要だったりします。テレビはあくまで画面上でしか見ないので、イベントほどの強度は必要ないですね
見た目は一緒でもセットの強度が違うということですね
テレビスタジオの美術は大きなセットに見えますが、全て細かいパーツに分かれて運び込みやすいようにしています。出来上がったら1つの物に見えるような工夫をして制作しています。画角の中にネジやつなぎ目を見えないように工夫するのが大切なんです
画角を考えて作るんですね! 現場に行ってそのセットを見たら、つなぎ目は分かったりしますか?
わかります。テレビのセットは近くで見たら、意外と年季が入っているように見えるかもしれません。肉眼とモニターでは解像度が全く違うので、今テレビの解像度は良いですが、肉眼には勝てないです
4Kの時はビビったりしましたが、実際はそんなに分からなかったですね
ただドラマの場合はリアルなものを作っていかないといけないので、やはりテレビの解像度が上がるとどうしても、視聴者からはセットだよねとなる可能性があるので、よりリアルに近づけないといけないです
ドラマのセットも近くで見たら、つなぎ目は分かりますか?
どうでしょうね? 同業者が見たらわかるでしょうけど、一般の人ではわからないかもしれないです
バラエティ番組よりドラマの方がより美術は難しいようだ。ドラマの場合はその空間にリアリティが必要だからだ。ちなみに4Kにもビビったそうだけれど、アナログからデジタルへの移行の際もビビったそうだ。しかし、問題なかった。つむら工芸には技術力があるのだ。
ドラマや舞台のセットもあくまで表面的です。外から見たら家に見えるかもしれませんが、開けたらセットです。基本的に本材は使っていません
やはり基本は軽くないといけないです。舞台の公演だと時間も人数も限られているので場面転換しようと思うと軽くないと大変です
実際に持って行って、入らなかったということはありますか?
ないです!
基本的に場所の下見はするので、搬入口やエレベーターの大きさなど全て計測しています
そういう仕事をしていると自宅でもそうなんでしょうか? 家のスペースを採寸して何かを買ったのに入らないとかあるじゃないですか
逆はありましたね! 最終的なスペースだけではなく、階段のスペースや入り口のスペースまでこちらは採寸するんです。家でベッドを買った時に、業者の方は入らないと言ったんですが、私は「絶対に入るから」と
さすがプロ!
入れる時の向きをあっちにしたり、こっちにしたりすると入るんです。そういうことも採寸して考えてあるんです
これまで制作して印象に残っている案件や制作物はあるだろうか。
しんどいことであればある程覚えていることが多いですね。六本木ヒルズのクリスマスマーケットはよく覚えています
2006年の暮れぐらいから2007年頭ぐらいにクリスマスマーケットをこんな風に作りたいという企画が始まって、あの狭い空間に密集したクリスマスマーケットを作ったんですよ。工場で作って、現地に持っていって、仮組みして塗装してみたいな工程ですね。クリスマスの飾り物とかは全部現場で作り、全体は3日間で作りました。お店の人たちが準備したりして大体5日間ぐらいかかりましたね。2007年が最初でしたが、2008年、2009年はいろいろ改造したりしながら少しずつ足したり改善したりして今は安定してきていますね
テレビは他のものと違って、イベント・施設や舞台関係に比べると、制作期間がとても短いです。ディレクターが渾身の企画を考え、その企画が決まった段階で最終的に美術の発注となります。我々のところへ来る手前にデザイナーがその企画に合わせてデザインを考えるので、作り込みたい人たちを経て、最終的な形になってきます。規模にもよりますが、番組ひとつのセットを作るなら1カ月程度は欲しいですね。でも、あるとき2週間前っていう案件がありました
半分じゃないですか!
たとえば製作費1000万にしても1カ月1000万円かけて作るのと、2週間で1000万円かけて作らなきゃいけないでは異なるんですよね
なんとなくわかる気がします
本来ならば1つの工場で全部総合的に作って欲しいものが、2週間では難しいので、1つのセットを3カ所の工場に分けてバラバラに発注しないと間に合わない。出来上がったものをスタジオに持って行き、きっちりサイズが合うのか、色がちゃんと合っているのかなどは、当日までわからない状態でスタジオに持っていきました。あの時はさすがに逃げたいと思いました
眠れないですよね!
セットができてないのにそのテレビ番組の告知があると正直胸が苦しくて、番組を宣伝しているけどセットは全然できてないじゃんという気持ちになってしまうので、番組宣伝を見たくないのでチャンネルを変えたりしました
完成したんですよね?
もちろん!
しんどい仕事しか思い出に残ってないんですよね
新入社員の採用活動でいろいろ聞かれるんですけど、しんどい仕事なのになぜやっているんですかって話がよく出てきます。やはりセットが完成した時の達成感がすごいんですよね。またテレビ局という場所はいろいろな人が行き交う場所であり、私たちからしたらお客様で、テレビ局の方からしたら私たちは業者なのですが、私たちがセットを納品した時にいろいろな人からありがとうと言ってもらえることが多いんですね。タレントさんがスタジオに入ってきた瞬間に「すごいセットですね!」みたいなことを言われるとそれまでの苦労が一瞬にして消えるんです
最後につむら工芸が目指すものを聞いた。
コロナ禍という状況を乗り越えようとしています。過去とは違う形かもしれないですけど、人が集まることやその楽しさ・喜びに改めて焦点が当たっていると思っています。テレビや舞台の美術、文化催事、商業施設、イベント等様々な業務領域で活動する会社の特徴を活かし、空間づくりを通じて社会に貢献できるような会社を目指していきたいと思っております
ちなみに社員の方は男女比ってどんな感じですか?
在職の社員は男性6:女性4くらいですが、近年の若手の採用では女性の方が多いですね。美大出身の方も多いですが、やりたいことがはっきりしている方から、ふんわりしている方まで、様々です。
・5年かかる仕事もあれば、2、3時間で完成させないといけない仕事もある
・同じような見た目でも、テレビ、舞台、イベントでは特に強度面が異なる
・軽い方がいいことが多い
・そのため本材は使わず、紙・布・樹脂・塗料などを使い技術で本物に似せる
・現場で組み立てるけれど、つなぎ目を目立たせないようにする
・しんどい仕事ほどよく覚えている
・完成した時の達成感はすごい
・搬入から設置までの採寸は完璧
私は舞台が好きでよく見に行くのだけれど、今回聞いた技術や工夫、努力などで形になっていると改めて知った。これがこうなるの! という感動があった。発泡スチロールがレンガになったりね。あとパースをつけて大きく見せたりもするそうだ。我々の目に映るものは多くの人の力と技術によってできているのだ。
あ、ちなみに接着剤も当然大量に使うそうです!
ライター:地主恵亮(じぬし けいすけ)
1985年福岡県生まれ。2009年より人気Webサイト「デイリーポータルZ」にて執筆を開始。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女(鉄人社)」、「ひとりぼっちを全力で楽しむ(すばる舎)」がある。(全く釣れない)釣りを得意とする。
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