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ものづくり
2022年04月11日
わずか498g。日本の宇宙開発ロボットベンチャーが作った 月面探査ロボット「YAOKI」が月面を走る日
人類初の月への有人宇宙飛行計画である「アポロ計画」が行われたのは、1961年から1972年にかけて。アポロ11号が1969年7月20日に、人類初の月面着陸に成功しました。1960年代の日本では、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が3種の神器と呼ばれ、1964年に前の東京オリンピックが開催されています。1970年に開催された大阪万博では、アポロ計画で採取された月の石がアメリカ館で展示され、連日数時間待ちの長蛇の列ができたそうです。空に見えていても、果てしなく遠く、簡単に見ることも行くこともできない。月はそのような世界でした。
アメリカでは、2017年にアポロ計画に続く月面探査プロジェクトとして、アルテミス計画が発表されました。このアルテミス計画で、日本製の月面探査ロボット「YAOKI」が実際に月に行きます。人類初の月面着陸に成功してから50年以上の時を経て、メイド・イン・ジャパンのロボットが月面に降り立つのです。(2022年後半予定)
月面探査ロボット「YAOKI」の性能や開発の経緯、接着剤との関係などについて、宇宙開発ロボットベンチャー「株式会社ダイモン」へ行って話を聞いてきました。
手のひらサイズで宇宙スペック 「YAOKI」の性能
話を聞いたのは、ダイモンの代表取締役社長の中島紳一郎さんです。
中島さんは、工学部を卒業後、ボッシュなどで自動車の駆動系の開発に長く従事します。その間、アウディやトヨタなどで標準採用されている4WD駆動機構を開発しました。技術、知識、経験等を多く持つ、非常に優秀なエンジニアです。
そんな中島さんは、2011年3月、東日本大震災を機に会社を退職します。その後、月面探査機の研究開発を行うチームに一時加わりました。しかし、駆動系の最適化を追い続けてきた自分の経歴を考え、より効率的な開発するならばと独立することを決意。2012年2月に宇宙開発ロボットベンチャーの株式会社ダイモンを創業します。
そして、開発したのが月面探査ロボットの「YAOKI」です。
YAOKIは、大きさが15 cm×15 cm×10cmで、重さがわずか498gと、手のひらに乗るほどの小型軽量です。月への輸送は1kgあたり1億円かかると言われていますので、軽ければそれだけ安く運ぶことができます。そして、小型軽量であるだけでなく、100Gもの衝撃に耐える耐久性を持ち、転倒しても復帰して走り続けられる構造になっています。倒れても走りつづけられるので、「七転び八起き」から「YAOKI」となりました。
操作は月面着陸船とWi-Fi通信で接続して、地球から無線で行います。ラジコンを操作するように、誰でも簡単に操作することが可能です。バッテリーで6時間ほど駆動し、その間に搭載されたカメラで画像を送ります。まるで月面にいるように、リアルタイムで画面を見ながら操作できるのです。
さて、小型軽量、簡単操作などと書きましたが、YAOKIの開発には10年の歳月を要しています。その間の試作品、改良品の製作数は200に届くほどの数なのだとか。月面の過酷な環境にどのように対応しているのか掘り下げます。
±100度で温度が変わる過酷な環境での動作保証
物を運ぶのにはエネルギーが必要であり、重い物ほど多くのエネルギーが必要になります。エネルギーが多くかかれば費用もかかるので、軽い方が運ぶのが楽で、費用も安く済みます。月面探査ロボットでは、軽量化が非常に重要になります。
「使えるスペースは最大限に膨らませて活用して、無駄なスペースも最大限削って無くしました。タイヤやボディが特殊な形をしているのは、形状にこだわった結果です。普通だったら四角い感じのボディで4輪ですが、2輪にしている。2輪だと走らないから、機体後部に、要らないところをカットした球をつけています。球状なので前に走る時は同じ方向の車輪の役割を果たし、旋回するときは横向きの車輪代わりになる。新しいアイデアを入れながら、ひたすら改良を重ねて軽量化しています。形状の改善にこだわった結果、一応完成と言える形状となるまで時間がかかってしまいました。」(中島さん)
近年開発されている、火星や月での利用を想定した無人探査機の重さは、100kgを超える重さのものが大半を占めています。小型とされるものでも5kg程度あり、小惑星リュウグウの探査を行った「はやぶさ2」に搭載された探査機でも1.1kgありました。それと比べてもYAOKIはかなりの軽さです。
更に、月面探査ロボットは、月の過酷な環境に耐えられることが求められます。例えば、月面は、昼間が110度。日が沈めばマイナス170度の世界になります。また、大気がほとんどないので、日影になるだけでも気温はマイナスまで下がります。ロボットは急激に変わる200度以上の温度差に耐えなければなりません。
また、熱を伝える空気がないので、モータなどが発熱しても放出されることなく、モータ内部に残ってしまいます。上手く熱を逃がす工夫が必要です。逆に、高温となった地面に接する面からは熱が伝わってくるので、断熱性の素材を使うなどの対策も必要になります。
他にも、月面には細かい砂があるので、駆動部に入り込まないようにする構造も必要です。太陽からの放射線もありますが、鉛などを使ってシールドすればボディが重くなるので、別の方法で対策する必要があります。
「技術に絶対はありません。とはいえ、テストだったら99点は喜びますが、技術屋の99点は0点と同じです。例えば100部品中の99部品が全部良くても、1部品が壊れたら全体としては壊れたことになってしまう。ここだけだったと言っても、もう言い訳にしかならない。1%が許されないのが設計なんです。」と、中島さんは言います。
YAOKIは、小さくて、軽くて、構造的に転倒しても起きるというだけではありません。素材や形状、機構、電気回りなど、細部に至るまで、月面で活動するための技術、工夫、知恵が詰まっているのです。
宇宙開発と接着剤の関係
中島さんに、YAOKIにおける接着剤の活用についてもお聞きしました。中島さんによれば、接着剤は主に実験中に壊れた部品の修復に利用しているそうです。過酷な実験を行う際に、タイヤなどの部品が壊れることはよくあり、接着剤で素早く補修できるので、思いっきり試験ができると中島さんはいいます。
今回のYAOKIの月面行きは、宇宙関連技術の開発を手がけるアメリカのアストロボティック・テクノロジー社が、アルテミス計画の一つとしてNASAから開発を委託された月面着陸機、「ペレグリン」に搭載されることで実現しています。YAOKIの走行動画を見たアストロボティック社の担当者からの提案でした。NASAが進める計画に使用されるものなので、月面探査ロボットはNASAが要求する仕様、性能に適合していなければなりません。そこで問題になるのが、壊れて他の装置などに影響を与えない信頼性です。
宇宙空間と同じ真空状態での動作テストや、落下試験などの信頼性を裏付ける試験は欠かせません。飛行機を急降下させて無重力状態とした環境での走行テストも行っています。ポンプや測定機器の破損につながるので、通常は真空装置内に異物は入れないものですが、あえて月面状態を再現するため、砂を入れた状態で真空にして走行させる試験までおこなってきました。
YAOKIに使われる多くのパーツは、主にネジにより固定され、ネジは固定剤で外れないように固められています。ネジ止めの場合、締め付け力をトルクで数値管理できて、客観的に信頼性を示しやすくなるからです。一方で、軽量化を考えた時には、接着による固定は有効であり、低アウトガスや激しい温度差でも接着・保護性能が劣化しないなど、宇宙環境で使用して問題ない性能を持つ接着剤も開発されています。
ただ、接着した場所の全てに対して客観的な信頼性を持たせるには、量、温度、混合比率など厳しく数値管理する必要が出てくるため、NASAの要求に対応することが難しいのが現状です。
「軽量化を考えると、今後は更に特殊な素材を使用することになります。直すにしても、パーツの組み立てに使うにしても、しっかり接着できる接着剤は今後さらに必要になると思います。」と、中島さんは宇宙開発における接着剤への要望を話します。
誰もが月面旅行を体験できるようになる未来
ダイモンの今後の目標についてもお聞きしました。
「まずは目の前の目標である、YAOKIでの月面探査を成功させること。月面で問題なく動かすことがあります。そして、2、3年後の目標として、複数機での連携観測を検討しています。複数機を地球から遠隔操作してもいいのですが、やはりレベルを上げるならば、月面で自動走行させて探査する。例えば、一定の間隔を保って走るなど。そういうことをしたいと考えています。
5年後には数を増やして、100機を100時間走行させたいです。今は6時間ですが、充電ができるようにして100時間以上動かせるようにします。」(中島さん)
中島さんによれば、100機で100時間以上走行させることができれば、数十万人の人がYAOKIを操作できるようになるそうです。YAOKIをアバターロボットとして操作することで、自分が実際に行った感覚で月面旅行ができるようになります。いつでも、どこでも、誰でも月面旅行ができる時代を作ること。それがダイモンの近い未来の目標でした。
宇宙スペックが地上でも活躍する日
他にも、ダイモンが目指す目標がありました。YAOKIを地上の災害地や、教育、エンタメの現場で使用することです。
月面の過酷な環境で使用できるYAOKIは、もちろん地上でも活動できます。例えば、小型で荒れた地面でも走行できるので、人が近づけない災害地の調査や、配管、廃炉などの設備の点検に使用する方法が考えられます。農地の遠隔での監視などにも使用できるかもしれません。
中島さんは、子供がYAOKIを実際に操作して月面探査体験をしてもらうような教育プログラムを、教育、エンタメの現場で実施することも考えているそうです。
宇宙スペックの探査ロボットが、地球上で活躍する日も近いかもしれません。その日が楽しみです。
取材協力ありがとうございました。(取材・文 馬場吉成)
ライター:馬場吉成
工業製造業系ライター。機械設計や特許関係の仕事を長らくやっていましたが、なぜか
今は工業や製造業関係の記事を専門とするライターに。企業紹介、製品紹介、技術解説
など、製造業企業向けのコンテンツを各種書いています。料理したり、走ったりして書
いた記事も多数あり、別人と思われることも。学生時代はプロボクサーもやっていまし
た。100kmぐらいなら自分の足で走ります。http://by-w.info/
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