ものづくり 2021年04月28日

南極に現れた未来の月面基地、居心地は? ―極限の地での快適な住まいづくり ―【前編】

2020年5月、南極に未来の月面基地が組み立てられた。外は気温マイナス20度なのに室温は20度。暖房は自然エネルギーのみを使い環境は快適にモニターされている。ミサワホーム、ミサワホーム総合研究所とJAXA、国立極地研究所の4者が取り組む「南極移動基地ユニット」の実証実験だ。この技術が月面の住宅や、未来志向の住宅にいかされようとしている。実験の狙いは?得られた成果は?

2009年に第51次南極地域観測隊・越冬隊に参加した経験を持ち、現在はミサワホーム技術部担当部長かぐやプロジェクトリーダー。ミサワホーム総合研究所南極研究プロジェクトにも所属し、当実験に携わる秋元茂さんに話を伺った。 (取材・文 林公代 / 撮影 金田邦男)

2020年5月、南極の昭和基地近くの見晴らしエリアに組み立てられた「南極移動基地ユニット」の前で。横2.5m×縦6m×高さ3mのユニット二つを連結させると床面積は約33平方メートルに。(提供:国立極地研究所)

住宅会社で「かぐやプロジェクト」って?

顔

秋元さんは「かぐやプロジェクト」のリーダーということですが、なぜ住宅メーカーに「かぐやプロジェクト」があるのでしょうか?

顔
秋元茂さん(以下、秋元)

2017年10月、JAXA(宇宙航空研究開発機構)さんとの共同プロジェクトが始まったのがきっかけです。

秋元茂さん。1990年ミサワホーム入社。技術、商品開発部門に従事し、2009年に第51次南極地域観測隊に参加。現在は技術部担当部長かぐやプロジェクトリーダーに加え、ミサワホーム総合研究所南極研究プロジェクトも兼務。

顔

なぜ、JAXAと?

顔
秋元

今、地球が人口爆発など様々な問題を抱える中で、人類は次のフロンティアを探さなければならない。それが火星だと言われています。ただいきなり火星に行くことは難しい。そこで月にまず人類が住み、(火星への)燃料補給等のための基地をつくろうという動きが世界にあります。そこでJAXAでは、将来の宇宙探査に役立てることを目標に、地上でも新たなイノベーションをもたらすことを目指して「宇宙探査イノベーションハブ」という組織を立ち上げ、様々な企業や組織との共同研究を始めたんです。

顔

地上の技術を宇宙に。宇宙の技術を地上に。

顔
秋元

はい。初期はゼネコンさんがJAXAとの共同で、過去の月周回衛星「かぐや」が観測した月面の詳細な3D地図データを使って、月面基地を作る際に道路をどこに通して、工場や発電所をどこに作るかなどについて研究され土木学会などで発表しています。次は居住だね、ということになって住宅メーカーに声がかかりました。

顔

なぜミサワホームさんに?

顔
秋元

ミサワホームには南極の昭和基地で観測隊員の活動や生活を支える建物の部材製作を50年以上担ってきた経験があるほか、組み立てのサポートとして、2008年の第50次南極地域観測隊から連続して社員を観測隊に派遣しています。昭和基地周辺は気温マイナス45度にもなる厳しい環境で、専門職でない人たちでも短期間で建物を組み立てられるよう工業化が進められています。地球上で最も過酷な場所で事故もなく、安全に安心して暮らしている。「これって人類が月面基地を作って暮らす時に求められるものと同じじゃないの?」ということでお話を頂いたんです。

顔

なるほど。ミサワホームさんは、JAXAとの共同研究にどんなメリットを感じられたんですか?

顔
秋元

ミサワホームってけっこう新しい物好きなんですよね(笑) 当社は1967年設立で翌年には南極プロジェクトに取り組んでいます。他にも住宅業界で初めて10年保証システムを導入したり、これまでの常識を覆して住宅の1階と2階の間に蔵と呼ぶ大収納空間がある「蔵のある家」を売り出したり。南極で半世紀蓄積した技術は、自動車で言えばF1みたいな技術ですが、宇宙でさらに学ぶこともあるだろうと。未来の住宅は従来の住宅と全然違ってきますからね。

顔

どう違うのですか?

顔
秋元

例えば車はガソリンから電気に変わりつつありますよね。色々なところにセンサーがついています。家もそうなっていくだろうと。「南極移動基地ユニット」も太陽の光と熱のエネルギーだけを使って、外が気温マイナス50度でも室内は10度ぐらいに保てます。内部の12~13畳ぐらいの空間に最大18人が入ると二酸化炭素濃度が上がってしまう。二酸化炭素は濃度が上がっても気づかないから、すごく怖いんです。センサーを付けてCO2濃度があがるとファンが回るようにしておく。

顔

へぇ、すごい技術ですね。宇宙に挑戦することで未来の住宅にも共通項が見いだせるであろうと期待されてということでしょうか?

顔
秋元

そういうことです。JAXAとの共同研究を始めるにあたって社内に「かぐやプロジェクト」というチームを立ち上げました。

南極移動基地ユニットの特徴は?

南極移動基地ユニット(イメージ図)

顔

なるほど。日本が月を目指すなら「かぐや姫」ですものね。では改めて南極移動基地ユニットの特徴を教えて頂けますか?

顔
秋元

最終的には月面でどうやって基地を組み立てられるか検証してみようという狙いですが、それなら地球上で一番過酷な南極で試験をやろうと。昭和基地の運営を行う極地研さんに実験を提案しました。そもそも「移動基地とはなんだ?」という話ですよね。

顔

移動させることにも意味があるのでしょうか?

顔
秋元

日本は南極に4つの基地をもっています。メインの昭和基地から内陸に1000㎞入った標高3800mの場所にドームふじ基地があります。富士山より標高が高くて空気が地表の3分の2しかなく、平均気温はマイナス50度。ちなみに昭和基地は平均マイナス15度ぐらいだからわりと暖かい。

顔

マイナス15度が暖かいとは!秋元さんは何度ぐらいまで経験されたんですか?

顔
秋元

僕の場合はマイナス39度。マイナス30度を超えると痛い。さすような痛みです。それを超えるとマイナス50度だろうが60度だろうがわからないと思いますよ(笑)

顔

極限ですね。そもそもなぜ過酷なドームふじに移動しないといけないのでしょう?

顔
秋元

ドームふじの3800m下には100万年前の氷があり科学的に貴重です。当時の空気がそのまま氷の中に入っていて、氷を調べることで100万年前の気象情報がわかる。南極の氷をグラスの飲み物などに入れるとプチプチ音がするのは1~2万年の氷がはじけるからなんですよ。太古の音を聞いている。

顔

ロマンチックですね~

顔
秋元

様々な観測のために移動するんだけど、昭和基地からドームふじまで雪上車で約1か月半かかるんです。時速4~5㎞。ガソリン1リットルで250mぐらいしか動かない。

移動基地ユニットを輸送する雪上車(模型)

顔

めちゃくちゃ燃費が悪い!

顔
秋元

往復3か月半の間、各車内には2~3人だけ。精神的にかなりきついです。見渡す限り白い雪と青い空しかない。コンビニもない。お風呂にも入れない。体が臭くなります。

顔

3か月半、お風呂なしですか?!

顔
秋元

はい。でも寒いと匂いはしないんです。ただし昭和基地に帰ってきたときには大変です。一週間匂いがとれないです。だから、移動する居住ユニットで快適に生活できるようにしてもらえればと。

移動する南極移動基地ユニット(イメージ図)

顔

だから「移動すること」が大事なんですね。

顔
秋元

はい。一方、このユニットが宇宙でどう役立つかという点では、まず簡易施工。月面の夜は寒いし、そもそも空気がないため宇宙飛行士は宇宙服を着て分厚い手袋をして作業をします。その状態でなるべく簡単に施工できるように。また施工の専門家でない人が作業する点も同じ。南極でも研究者や料理人が建設作業を行いますからね。

顔

わざわざ大工さんが現場にはいかない。

顔
秋元

そうです。「南極移動基地ユニット」は2つのユニットを連結することで床面積約33㎡に拡張できます。手袋をしたままでボルトを締められるかなど施工性を検証します。まず2つのユニットの床の高さがあうように、整地してレベルを合わせる必要があります。(ある程度合わせた上で)自動制御の高さ調整装置をつけていますが、これは月面でも使えると思います。

南極移動基地ユニットの詳細。幅2.5m、長さ6.1m、高さ3m、床面積11.82㎡のユニットを2基連結させることによって床面積は約32.88㎡に拡張できる。(提供:ミサワホーム)

顔
秋元

この移動基地ユニットの特徴は、2つのユニットを連結した時に1つのユニットのある面が屋根や床になること。つまり拡張した時に壁が余らないし、足さなくてもいい。これだけで完結する様にできているんです。

拡張・縮小が繰り返し可能な南極移動基地ユニット。(提供:ミサワホーム)

顔

実は2019年10月、南極移動基地ユニットのお披露目が国立極地研究所で行われたときに取材させて頂いたのですが、内部は木目調でぬくもりのある空間でした。

顔
秋元

そうですね。構造体の木質接着パネルは従来から南極基地で使っている120㎜パネルで、長年の我々のノウハウを使い、さら断熱性能をもたせました。気密性の高さを表すC値では、通常は1平方mあたり2~5㎝の隙間がありますが、このユニットは1㎝しか隙間がありません。つまり中の空気がもれにくく魔法瓶効果がある。しかも、2つのユニットを連結する時に接着剤やシーリング材を使ってない。使うと解体できなくなりますから。ボルトや紫外線に強いファスナーを使って、乾式で気密性を確保したのも今回新しく工夫した点です。

顔

接着剤を使わない・・・

顔
秋元

外装の目地にはセメダインさんのシーリング材(EXCELⅡ)を使ってますよ。南極は紫外線による劣化が厳しいのですが、国内でもっとも紫外線に強く、耐候性が高いですからね。

顔

オゾンホールもあって、紫外線は厳しそうですね。

顔
秋元

我々も最初は軽くみていました。5分で真っ黒になります。最強の日焼け止めクリーム塗っても20分。南極移動基地ユニットは強力な太陽エネルギーを最大限に活用して、電力を自分で作り出すのも特徴です。南極は晴天率が高いですよね。まず太陽の光エネルギーで電気を起こす。夏の南極では昼間でも太陽は高度が低く、横から差し込みます。だからユニットの側面に太陽光発電パネル(PVパネル)を貼ります。

顔

なるほど。

顔
秋元

もう一つは太陽の熱を利用する。PVパネルの裏側に熱伝導率の高いアルミ材を使っています。アルミ材と壁との間の空気が太陽光で暖められるので、その空気をファンで回して室内の暖房に使う。さらに外と内部の温度差で発電します。

顔

外から燃料の供給はまったくなしですか?

顔
秋元

供給しようがないですよね。さらに建物の傾きを計る躯体センサーや二酸化炭素濃度、温度や湿度を屋内環境センサーが見守る機能もあります。

顔

エネルギー的に自立して賢くて快適な居住空間ですね。南極での実験では簡易施工ができるか、自然エネルギーが機能するかなどを検証するのが目的ということですね。実際の実験はどのように行われたのでしょうか?(後編へ続く)


ライター:林公代

神戸大学文学部卒業。(財)日本宇宙少年団情報誌編集長を経てフリーランスに。宇宙・天文分野中心に執筆。世界のロケット発射、望遠鏡など取材歴20年以上。近著は「宇宙に行くことは地球を知ること」(野口聡一宇宙飛行士、矢野顕子さんと共著)、「るるぶ宇宙」監修等。https://gravity-zero.jimdo.com/


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