ものづくり 2024年08月30日

あの日夢見たファンタジーの世界を現実に。失敗と挑戦を繰り返しながら、今日も勇者の武器を作り続ける(折井匠:ファンタジー武器職人)

 まるでグラスが召喚されたように見える「魔法陣コースター」から、総重量31kgの金属製の「巨大斧(ゴッドデスギア)」まで。「TAKUMIARMORY(タクミアーマリー)」は、見る者を驚かせるラインナップで勇者の訪れを待つファンタジー武器屋だ。その店主、折井匠さんはプラモデルとRPGゲームに魅せられた幼少期を過ごし、ついにはファンタジー武器職人になった。「セメダインと一緒に成長した」と話す折井さんの、ものづくりの原点や今後の目標を聞いた。
 

ガンプラに夢中だった少年は、プラスチック職人の道へ

バラバラのパーツとパーツを組み合わせれば、憧れのガンダムが出来上がる。現在の折井さんの活動には、無我夢中でガンプラを作っていた幼少期の思い出が根源にあるという。

 
 
「小学生のころからガンダムのプラモデルが大好きでした。ガンプラとの出会いが、僕のその後の人生を決めたと言ってもいいかもしれません。そこからものづくりに目覚めて、高校卒業後は地元のプラスチック加工会社に入社。プラスチック職人となりました。」
 
職人として腕を磨く日々のなかで、ある日、悪性リンパ腫が見つかった。闘病生活の末に感じたのは「何かを成し遂げたい、もっとワクワクする仕事がしたい」という衝動。職場復帰を果たした折井さんが出会ったのは、NCルーターの最新モデルだった。
 
「ある展示会で見つけたんです。従来のNCルーターは操作が難しく、動かすのに時間がかかるのが難点でした。でも最新モデルは、自由自在にプラスチックの板を切り抜ける。「これだ!絶対手に入れたい!」と、興奮したのを覚えています。」
 
おもちゃを見つけた少年のような笑顔で、当時を振り返る折井さん。しかし、NCルーターの価格は1,000万円。簡単に手に入る金額ではなかったという。
 
「少しずつお金を貯めていたんですが、ちょうど結婚をしたばかりのころで。結婚式や新婚旅行でほとんど使ってしまったんです。それでも欲しいという熱は冷めず、借金をして購入しました。同時に工場も借りて、経営知識もないままに独立しました。」
 
NCルーターとの出会いから5年。幸せな新婚生活とともにはじまったのは、返済に追われる“地獄”のような日々だった。
 
「月々の返済費と工場代に、びっくりするほどお金が飛んでいくんです。仕事も思うように受注できなくて……。それでも、結婚したばかりの妻を失望させたくない、自分にしかできないものが作りたいと、必死に営業して日銭を稼ぎました。3年くらい踏ん張りましたが、やっぱり難しかった。心も身体も疲れ切って、あれだけ好きだったものづくりを楽しいと思えなくなってしまったんです。このまま廃業するのか、それとも心が動く何かを見つけるのか。どうにかしないといけないと、何度も何度も自分に問いかけて、やっとものづくりの原点を思い出したんです。僕にとっての原点は、プラモデルを組み立てたり、ドラゴンクエストのゲームで冒険したりした、幼少期のあの時間。剣をブンブン振り回して、敵を倒すあの時間が最高だったなって。大人になった今の僕なら、あのファンタジーの世界を現実に持ってこられるんじゃないかと思ったんです。」

“地獄”のような日々を越えて生まれたヒット商品「ロミニングカトラス」

 ファンタジーの世界を現実にしたい。そこから折井さんの挑戦が始まった。NCルーターを思うがままに操縦して、アクリル板を切り出して、勇者の剣を作った。太刀筋、重さ、握り心地を何度も確認して、最初の剣が産声をあげた。こうしてものづくりのワクワクを取り戻した折井さんだったが、「すぐに事業が軌道に乗るほど現実は甘くありませんでした」と、言葉を続けた。
 
「剣づくりはとても楽しかったのですが、作る喜びと売り上げはなかなか比例しませんでしたね。趣味ではない、お金にしなくちゃと思いながらも、売上のない期間が5年も続いたんです。当時の仲間からは「これはビジネスではない」「お金になるプラスチック加工をやるべき」と言われ続けて……。自分でも、軌道修正が必要だと頭で理解していましたが、心が納得できなかった。それに、剣づくりをやめたら、前の自分に後戻りする気がして怖かったんです。武器づくりに行き着くまでも苦労しましたが、その先も地獄が待っていましたね。」
 
周囲を納得させるには、現状を変えるしかない。折井さんは諦めなかった。市場調査で分かったのは、1万円~2万円の価格帯であれば、お客さんに手に取ってもらえるということ。そうして生まれたのが、50cmほどの剣「ロミニングカトラス」だ。大航海時代に船上で使われた白兵用武器をイメージしたその短剣は、瞬く間に売れていった。

 TAKUMI ARMORYで不動の人気を誇るロミニングカトラス。
 「最初に作っていた剣の価格は約15万円で、「すごい」と言われても買ってもらえることはなかったんです。クオリティを保ちつつ値段を下げるには、長さを短くするのが一番だと思って、ロミニングカトラスを作りました。今では、シリーズ化している主力商品です。」

こだわりは、プラスチック加工の技術による宝石のような輝き

 折井さんの作る武器のコンセプトは、「ワクワクとニコニコ」。冒険に出る勇者の装備を手掛ける武器屋として、いまやアイテム数は60種類以上にものぼる。一番のこだわりは、「ファンタジーらしさ」だと、折井さんは言う。
 
「ゲームに出てくる武器って、どれも魔法がかかったようにキラキラしているんですよ。無骨なステンレスのナイフじゃ、そのキラキラは表せない。輝きこそがファンタジーらしさだし、勇者の士気を高める大切な要素だと思っています。プラスチックの細かい加工や研磨によって輝きを表現するのは簡単ではありませんが、僕はその工程が好きだし、得意分野。宝石のようなキラキラ感にすごくこだわって作っているんですよ。
 
ただ、ファンタジーらしさを追求すればするほど、工程が増え、難易度が上がってしまうのが悩みどころでもあって。イメージ通りの形に仕上げるために、何種類もの塗料や接着剤を試すこともあります。クオリティに妥協はできないから、いつも戦いなんです。」
 
一つひとつの武器に真摯に向き合う折井さん。すべての作品に、たくさんの愛情とこだわりが詰まっている。特に思い入れがある武器を尋ねると、少し時間を置いたあと、2つの剣について話をしてくれた。

 ファイアドレイクソードを丁寧にメンテナンスする折井さん。
 「まずは、ファイアドレイクソードです。初めて作った剣なので、やっぱり思い入れがありますね。当時は、経営がうまくいかず、心を病んで楽しいものづくりができなかった。でも、この剣が僕をファンタジー武器職人にしてくれた。本当に大切な存在なんです。もう1つは、スクウェア・エニックスがプロデュースしたゲーム「NieR:Automata(ニーア オートマタ)」のアニメ化に向けた作画資料として依頼された剣です。僕が剣を作ろうと思ったきっかけの一つがドラゴンクエストだったので、そのドラクエを手掛ける会社の作品にこうした形で関われたことが本当に嬉しくて……。「これまでつらかったけど、やってきてよかった」と思いましたね。」
 
「NieR:Automata(ニーア オートマタ)」や、アニメ「NieR:Automata Ver1.1a」とのコラボにより作られた武器やアイテムは、ポップアップストアで展示され、多くのファンが足を運んだそうだ。

昔も今も、ものづくりの傍にはセメダインがあった

 ファンタジー武器を作るうえで、接着剤の存在は欠かせない。敵のボスキャラが持つようなトゲの付いた鉄球を手に、折井さんは楽しそうにセメダインの接着剤への思いを語った。

 「この鉄球の丸いところは、発泡スチロールで作るんです。プラスチックの塊だと重すぎるから。逆に、トゲトゲした部分は強度のあるプラスチックを使っています。発泡スチロールとプラスチックは異素材なので、接着するのが難しいんですよ。そこで役立つのが、セメダインの変成シリコーンシーリング材の「POSシール」です。これがね、めちゃくちゃ良くて。先端が三角錐になっていて、細かい部分にも使いやすいんです。POSシールの上から色も塗れるので、接着した部分が目立たないんですよ。球体部分とトゲ部分は別で作っているのに、POSシールを使うと初めから一体型だったように見えるんですよね。すごくないですか?まさに、しっかりくっつく魔法の充てん材。これはね、ものづくりを知っているセメダインだからこそ、できるテクニックだと思いますよ。」
 
「でも、セメダインさんの仕事ってすごいのに見えなくなっちゃうんだよ。面白いよね」といたずらっぽい笑みを見せた。そんな折井さんがセメダインと出会ったのは、やはり小学生のころに夢中になったガンプラだったという。
 
「今のプラモデルは、指で簡単に組み立てられるものが多いですよね。でも僕が作っていた昭和のころのガンプラは、ニッパーでパーツを切り離したあと、セメダインの接着剤で付けていたんです。接着剤も今のような使い勝手のいい形ではなく、スーパーで買う寿司についてくる醤油みたいな小袋に入っていて。銀色の平行四辺形の角の部分をハサミで切って、接着剤を押し出すんです。出てきたら、パーツの縁に少しずつ塗って手でギュッと押さえる。すると、30分後にはしっかりくっついていましたね。
 
それがね、小学生の僕にとっては難しくって。セメダインが指についてカピカピになるし、押さえていたパーツに指紋が残るし、アワアワしながら作ってましたね。でも、何度も繰り返していくうちに、だんだんと上達していくんです。僕自身も塗るのがうまくなるし、セメダイン自体も変化していって、容器が小袋からチューブ型へと形が変わっていきました。一緒に成長しているみたいな感覚ですね。この原体験があるから、僕の根っこにはいつもガンプラがある。「先生」だと言ってもいいかもしれないな。」
 
ともに時を重ねたセメダインの接着剤。今も武器づくりには欠かせない相棒のような存在だ。どんなところが気に入っているか聞いてみると、折井さんらしいユニークな表現で教えてくれた。
 
「商品の良さはいろいろありますが、なんといっても、黄色と黒を使ったカタカナのロゴが最高ですよね。とにかく太い書体にも、昭和の良さが残っていて大好き。そもそもセメダインっていう名前も、ヒーローロボットが使う「セメダインパンチ!」「なんとかダイン参上!」といったセリフのようでワクワクしますよね。昔からずっと一緒にいる存在だから、材料を調達しに出かけたホームセンターでセメダインを見つけると落ち着くんですよ。「あ!セメダインあった!」って声に出しちゃうくらい。」

挑戦する、失敗する、謝る。人生はこの3つの繰り返し

 2008年の創業以降、活躍の場を広げ続けるタクミアーマリー。その活動は国内にとどまらず、アメリカやフランスなど国外のアニメイベントに参加し、反響を呼んでいる。数々の困難を乗り越えて、あきらめずに突き進む折井さんには、大切にしていることが3つあるそうだ。

 「挑戦する、失敗する、謝る。この3つが僕の人生には欠かせない要素です。挑戦しなければなにも始まらないから、未経験のことにもチャレンジするようにしています。でも、実際にやってみたら失敗してしまうこともたくさんありますよね。完璧なガンプラを作ろうとしたのに、できたのはセメダインまみれのガンダムだった、みたいに。でも、ダメだった時はすぐに「ごめんなさい」と謝ればいいんです。許してもらえたら、また新しい方法を試してみたらいい。その繰り返しが大切だと思っているんです。だってセメダインの接着剤ひとつ取っても、ものすごい種類があるんですよ。作りたい武器にどれが合うのかなんて、試してみなければ分からない。「どれなら合うんだよ!」と頭を抱えながら、諦めずに探すんです。そしたら絶対合うものが見つかるから。」
 
失敗に価値があると分かっていても、現実社会ではそうもいかない場面も多い。だからこそ、大人たちが考えを変えるべきだと折井さんは語気を強めた。
 
「挑戦する前から、失敗した後のことをとやかく言う大人が多すぎるんです。初めてガンプラを作ろうとしている小学生に「作ってもいいけど、ボディにセメダインを絶対つけるなよ」って言っているようなもんじゃないですか。それは無理なこと。そうじゃなくて、「失敗したっていいから、思うように作ってごらん」って言える大人のほうが断然かっこいい。僕はそうありたいし、失敗に寛容な世の中になってほしいと思っています。」
 
闘病や借金、仲間との別れなど、いくつもの試練を乗り越えてきた折井さんの言葉だからこそ、一度の失敗で終わらせないという熱い思いが伝わってくる。いま、ファンタジー武器が必要なのは、子どもではなく失敗を恐れる大人たちなのかもしれない。
 
「ファンタジー武器はお守りのような存在であってほしいと思っています。僕は、失敗の連続のなかで剣を作ってきました。「いい年しておもちゃばかり作って」と、批判や否定の声をたくさん耳にして、怖くなったこともありました。たぶん、今の大人たちも同じだと思うんですよ。挑戦することが怖かったり、失敗したくなかったり。そんな人に、僕の剣を持って勇気をチャージしてほしいと思っています。いや、本当は、心を休ませるきっかけになるだけでも十分なのかもしれません。何かに挑戦している人の背中を少しでも押せたら、それ以上はないんです。」
 
最後に、折井さんに今後の展望を聞いた。
 
「この10年、ずっとファンタジー武器を作ってきたので、そろそろモンスターと戦いたくなってきました。武器屋と名乗っているものの、実は一度も戦ったことはないなと(笑)。待てど暮らせどモンスターとは出会えそうにないので、戦いの場を自分で作ることにしました。襲いかかってくるモンスターをよけて、剣を振って斬撃をシュッと飛ばして戦うすごいシステム。2,000万円くらいかかったので、NCルーターのようにまた借金したんですけどね。
 
このシステムを10個ぐらい作って、いつかはテーマパークを作りたいんです。RPGのように、弱い敵からだんだん敵のランクが上がって、最後はボスを倒すみたいな。1泊2日ぐらいで冒険できるRPG体験型のテーマパークができたら最高ですよね。死ぬまでに絶対に完成させて、ファンタジーのワクワクを世界中に届けたいと思っています。どこか空いたテーマパークとかあったら教えてもらえませんか?」
 
そんなテーマパークがあったら、どんなに楽しいことだろう。大人も子どもも、同じ目線で冒険を楽しめたら。折井さんの挑戦に、期待と希望が膨らんでいく。

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