工業用 2023年02月24日

2050年までのカーボンニュートラルへの道のりの険しさ

カーボンニュートラルとは

202010月、第203回国会(臨時会)で菅首相(当時)は「2050年 カーボンニュートラル宣言」を行い、2050年までの脱炭素社会の実現を目標として掲げました。それ以降、メディアや新聞などでその件について報道され、聞きなれない「カーボンニュートラル」という言葉が巷でよく聞こえてくるようになりました。

カーボンニュートラル宣言については、2018年に欧州が先行して行っており、それより少し遅れて2020年入ってから中国が、2021年には米国でジョー・バイデン氏が大統領に就任した際に宣言しています。20222月のロシアによるウクライナ侵攻によって世界的にエネルギー価格が高騰し、不安定化する事態となりましたが、202211月にエジプトで開かれた国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)では、世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑える目標の重要性が再確認されました。

カーボンニュートラルについて、製造業に勤める方々については、その概念についてしっかり、もしくは何となくでも理解している方が今は多いのではないかと思います。

この言葉は、地球温暖化の原因の1つとされる、温室効果ガス、特に地球温暖化への影響が大きい二酸化炭素(CO2)の低減のための努力目標を示すものです。日本語に訳せば、「炭素中立」もしくは「気候中立」となります。これも、初めて聞くと非常に分かりづらい表現なのですが、要は、「人為によるCO2などの温室効果ガスの排出量を、植林や森林管理などのCO2吸収量で相殺してゼロにする」という考え方です。人為的なCO2排出そのものをゼロにすることは、現実的には不可能であるため、それを森林などに吸収させて減らしてしまおうという考え方です。相殺によって実質的に排出をゼロにするということで「ネットゼロ」(Net Zero:実質的ゼロ)と呼ぶこともあります。

最近は、自動車メーカーのテレビCMのセリフでも、カーボンニュートラルがよく出てきます。カーボンニュートラルに率先して取り組んでいる、いえ、取り組まざるを得ないのが、CO2排出問題の矢面に立たされてしまっている自動車産業と言えるかと思います。

特に自動車業界を戦々恐々とさせたのが、成長戦略「欧州グリーンディール」の一環として、(EUの政策執行機関である)欧州委員会が2021年に発表した「Fit for 55」という政策目標です。そこでは、欧州委員会の道路輸送に関する政策目標として、「2030年までに新車の自動車と小型商用車のCO2排出量を2021年比で55%削減」「同年比で2035年までに100%削減」という厳しい目標が課されました。特に後者の「100%」という数字には、2035年までにハイブリッド車も含むガソリン車など内燃機関を有する新車の販売を実質禁止するという欧州委員会の方針が表れています。

これを背景に、世界中のどの自動車メーカーも、電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)の開発と市場投入をさらに加速させています。しかしながら、欧州における将来的なガソリン車の新車販売禁止については、業界からの反発の声も少なくないといわれ、「業界にとって失うものが多過ぎる」と異議を唱えるメーカーもあります。

トヨタ自動車がオウンドメディア「トヨタイムズ」で、同社会長の豊田章男氏の言葉として伝えているのが、「敵は炭素。内燃機関ではない」「CO2削減は、エネルギーを『つくる』『運ぶ』『使う』、全ての工程でやるもの」、「カーボンニュートラルという山の登り方は一つではない」「技術力を生かすには、規制で選択肢を狭めるべきではない」ということです。

自動車業界にとっても、「CO2を排出するガソリン車を撲滅する」のではなく、併せて「CO2の吸収」という施策も講じ、カーボンニュートラルという難題に挑むことが、内燃機関のような自動車業界がこれまで育ててきた技術、さらにそれが育てた事業、そこで働く人たちを大切にすることへつながるのかもしれません。しかしながら、そもそも難題であるので、一筋縄ではいかないのです。

ここでは、自動車業界の例を挙げましたが、もちろん他産業においても脱炭素へのプレッシャーが高まっているということは言うまでもありません。そして、それを商機と捉えるか、コスト負担と捉えるかは、企業によるところが大きいようです。

カーボンニュートラルの技術と課題

ここからは、カーボンニュートラルを実現するためのキーテクノロジーの一部を紹介します。いずれの技術も、社会実装や普及について、何かしらの課題を抱えています。今後のますますの進化に期待がかかります。

グリーン水素/ターコイズ水素

水素は代表的な再生可能エネルギーの1つであり、水素を使ってエネルギーを生成する場合にはCO2が発生しません。しかし、水素そのものを生成する場合、つまり製造工程で化石燃料が使われていれば、CO2を発生しています。

製造工程でCO2を発生しているか否かで、水素は大きく「グレー水素」「ブルー水素」「グリーン水素」の3つに分類されています。水素に色が付いているわけではありません。

出典:経済産業省「次世代エネルギー『水素』、そもそもどうやってつくる?」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html

製造時に化石燃料を使用してCO2が発生しているのがグレー水素で、同じく製造時に化石燃料を使用しているものの、「CCSCarbon dioxide Capture and Storage)」や「CCUSCarbon dioxide Capture, Utilization and Storage)」といった技術で、発生したCO2を回収・貯留している場合はブルー水素と呼びます。グリーン水素は、再エネを使って水を電気分解し、製造工程においてもCO2を排出せずにつくられた水素のことです。

加えて、最近では「ターコイズ水素」が登場しています。メタン(CH4)を熱分解することで、二酸化炭素を出さずに水素と固体炭素を取り出す技術です。三菱重工業が出資する米国C-ZEROの他、住友化学とマイクロ波化学による共同開発も行われています。

既に水素で走る水素カーや燃料電池車は開発されていますが、水素ステーションの普及や消費者への供給をどのように行うかが今も課題となっています。

人工光合成

人工光合成は、CO2と水を原材料とし、太陽エネルギーを用いて化学物質を生成する技術です。植物の光合成と似た反応をしますが、それを模した人工版ということではありません。

「光合成」と「人工光合成」の概念 (出典:経済産業省「太陽とCO2で化学品をつくる『人工光合成』、今どこまで進んでる?」) https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/jinkoukougousei2021.html

人工光合成の手法の1つに、光触媒を使うものがあります。光触媒を太陽光にさらして反応させて水を分解して、水素と酸素を取り出します。さらに、取り出した水素と、工場などから排出されたCO2とを合わせ、化学合成をうながす合成触媒を使って、オレフィン(不飽和炭化水素)を生成します。この仕組みは、基礎技術としては既に確立していますが、社会への実装をいかに行うか、普及にあたりどのようにコストダウンするかなどが今も課題となっています。これが実現できれば、水素ステーションを作ることも容易になります。

水素キャリア

水素は、安全かつ大量に貯蔵する方法や、運搬手段なども課題となっています。その問題の1つが、水素は1気圧下では気体であり、かつ体積密度が低いことです。つまり、運搬時にかさばってしまうのです。

水素キャリアは、圧縮したり、液状にしたり、水素化合物にしたりして運ぶための手段です。使用時には、また元の状態に戻します。

水素キャリアの1つとして知られているものに、液化水素があります。気体の水素は、−253℃の超低温で液体になります。液体水素になると、体積は気体時の800分の1になります。川崎重工では以前から、液化水素タンクや、液化水素運搬船の開発を進めています。

世界最大級といわれる、1万1200m^3の液化水素貯蔵タンク完成イメージ(出典:川崎重工(株)プレスリリースより抜粋) https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20201224_1.html

2022年4月には、同社が建造した液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」が日豪間の往復を遂げています。液化水素運搬船は、世界初ということです。

液化水素は比較的古くからある水素の保存技術ですが、保存時に冷却のため電力をたくさん使い、かつ少しずつ気化してしまうことによるエネルギー損失が大きいという課題もあります。

さらに水素キャリアの候補としては、アンモニアがあります。アンモニアは肥料や化学原料として船舶による大量輸送法が確立している一方、人体に有害かつ悪臭を放つ、エネルギー損失が大きいなどデメリットもあります。また、水素吸着合金は、体積密度が小さく、かつエネルギー損失が少ないというメリットがありますが、金属故の重さが問題となります。

トルエンに水素を反応させたメチルシクロヘキサン(MCH)は、体積密度も、エネルギー効率も、重さもまずまずで、比較的バランスの取れた水素キャリアだといわれます。

次に取り上げる、メタネーションも水素キャリアの候補の1つとなります。

メタネーション

メタネーションはCO2と水を用いて合成メタンを生成する技術です。メタンは都市ガスの成分であり、産業や家庭で熱を作り出し加熱することに使われています。また、日本における消費エネルギーの約6割が「熱需要」であるといわれます。

メタンの主成分である天然ガスは、化石燃料との比較では、燃焼時のCO2排出量はもともとも少ないのですが、そこについてもカーボンニュートラル化を図るべきと言われています。政府のグリーン成長戦略においても、2030年までに「既存インフラへ合成メタンを1%注入すること」が目標として掲げられています。

そのための有力な技術がメタネーションです。INPEXと大阪ガスはメタネーションシステムの実用化を目指した技術開発事業を行っています。2024年度後半から2025年度にかけて、INPEX長岡鉱場内から回収した二酸化炭素を用いて合成メタンを製造する実証実験を実施。さらに製造した合成メタンを同社の都市ガスパイプラインへ注入する予定ということです。

メタネーション事業のイメージ(出典:INPEX・大阪ガス 世界最大級のメタネーションによるCO2排出削減・有効利用実用化技術開発事業の開始について) https://www.osakagas.co.jp/company/press/pr2021/1300478_46443.html

CO2循環(炭素循環)

CO2循環は、「人間による化石燃料の燃焼とそれによる二酸化炭素の大気への排出を含めた、地球上の炭素の排出、吸収のメカニズムの循環系」(引用:環境イノベーション情報機構)であり、一般的には地球全体の排出と吸収の循環メカニズムを指しています。製造業においては工場などが排出するCO2を回収して再利用する技術を指します。

その取り組み例としては、デンソーが豊田中央研究所と共同で開発し、デンソー 安城製作所において実証実験中の施設「CO2循環プラント」があります。この施設では、主に工場で発生するCO2を回収し、エネルギー源や他の材料に循環利用することを想定しているとのことです。実証実験では、ガスを使用する機器の排気から回収したCO2と、再生可能エネルギー電力を用いて生成した水素から、メタンを合成してエネルギー源として再利用するプロセスを構築しています。

実証実験中の「CO2循環プラント」システム図(出典:デンソー、安城製作所 電動開発センターで CO₂循環プラントの実証実験を開始) https://www.denso.com/jp/ja/news/newsroom/2021/20210407-01/

デンソーでは、政府が掲げた2050年よりも早い、2035年までにカーボンニュートラル化を宣言しています。

カーボンニュートラルと製造業の現状

製造業では、これまでも「ISO13000シリーズ」などへの対応を通じて、CO2低減など環境負荷低減に取り組んできました。カーボンニュートラルと言われたところで、これまでのISOの環境規制対応と変わらない動きを続けている企業もまだ目立ちます。また、計画や方針などで、カーボンニュートラルの宣言や目標の数値を掲げつつも、現場レベルでの具体的な施策や効果測定へとつながっていない企業が多いようです。部品加工業など、最終製品メーカーなどの顧客から受託する立場であると、顧客からの要望が具体的になければ、動きづらい面もあるようです。

また、CO2低減への取り組みを積極的に進めると、トータルで使用電力量が増大してしまう、夏季に現場の空調を弱めれば、作業者たちが体調を崩すなど、「あちらを立てれば、こちらが立たず」といったことも現場では起こっているようです。

カーボンニュートラルは、これまでのような環境規制とは違い、設計から製造、販売までの製品ライフサイクル全体の見直しや、サプライチェーン構築、製品が売られるビジネスのインフラ整備などに取り組まなければならない面もあり、企業単体で乗り越えられるような問題ではないのだと思います。業界や社会全体で協調して具体的な目標やアクションを定めたり、協調体制を作ったりしなければ乗り越えられないのでしょう。

「このままでは、2050年までの達成は無理」という声は、筆者が取材をしていても実際に、製造業の現場の皆さんからよく聞こえてきます。正直、この先本当にカーボンニュートラルへの取り組みがうまく進んでいくのか、今のところよく見えない状況です。しかしながら、地球温暖化は止めなければなりません。これからの未来を生きる人たちのために、少しでもよい方向に進んでくれたらと思います。

参考文献

「カーボンニュートラル 注目技術50」(日経BPムック)

トヨタイムズ https://toyotatimes.jp/toyota_news/1002.html

三菱重工、メタンから水素と固体炭素取り出す革新的技術を持つ米国C-ZEROに出資 https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/03/3ac76655a095ab0d.html

ガスのカーボンニュートラル化を実現する「メタネーション」技術 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/methanation.html


ライター:小林由美
町工場でのトレースや設計補助、メーカーでの設計製造現場での実務を経験した後、IT系メディアに入社。技術解説記事の企画や執筆の他、広告企画および制作、イベント企画など、幅広く携わる。

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