工業用 2023年03月01日

2022年版ものづくり⽩書から⾒るSociety5.0の実現に向けた取り組み

さまざまな領域でSociety5.0の実現に向けた取り組みが進められており、その中には製造業も含まれています。近年、製造業でもSociety5.0に繋がるデジタル化は推進されているものの、理想的な状態を実現するまでには、まだまだ大きな課題があります。そこで、経済産業省が発行している2022年版のものづくり白書から、製造業におけるSciety5.0の実現に向けた課題に加えて、Society5.0を実現するための製造業を含む産官学の取り組みについて紹介します。

Society5.0とは?

Society5.0とは、仮想空間と現実空間を融合させたシステムによって、経済の発展だけでなく社会的な課題の解決を両立できる人間中心の社会のことです。

Society5.0の社会では、現実空間で集められた大量のデータ(ビッグデータ)を仮想空間でコンピュータが処理、AIなどが分析することで、現実世界にいい影響をもたらすことが可能です。

また、ロボットや自動運転など、これまでは人が担当していた作業を代替できるようになることで、労働力の不足による影響を低減し、人はロボットに任せられない仕事に注力できるようになります。

政府や自治体による社会インフラや各種制度の整備に加えて、多くの企業や大学などの研究機関がSociety5.0の実現に向けた製品やサービスの開発に取り組んでいます。

Society5.0を実現するための製造業における課題

製造業においても、Society5.0を実現するためにさまざまな取り組みが行われています。しかし課題は多く、解決には時間が必要です。製造業におけるSociety5.0の実現に向けた課題を紹介します。

デジタル化が十分に進まずICTの力を活かせない

製造業の大半を占める中小製造業の多くは、デジタル化が十分に進まず、ICTInformation and Communication Technology:情報通信技術)の力をうまく活かせていません。

2022年版ものづくり白書によると、20225月に行われたデジタル技術の活用状況に関する調査において、デジタル技術を活用したと回答した企業は67.2%でした。そのうちの55.6%が生産性の向上、37.3%が作業効率の改善、33.9%が在庫管理の徹底とデジタル化の用途は多岐にわたることが分かります。

しかし実際には、デジタル技術を効果的に活用していく上で、デジタル技術の導入に向けた知見不足やデジタル技術の導入をリードできる人材の不足、予算の不足などさまざまな課題が顕在化している状況です。

このアンケート結果から、デジタル技術の活用に着手はしているものの、本来取り組みたい内容に対しては知見や人材、予算が不足していることから、十分な取り組みができていない場合が多いということが分かります。

研究環境の厳しい状態が継続している

製造業において、競合他社に対する競争力を確保するためには、優れたデジタル技術の開発と活用が必要不可欠です。日本においては、産学官がうまく連携をし、企業と大学の研究室が協力することで、さまざまな科学技術やイノベーションを生み出してきました。

しかし近年は、産学官の連携における基盤となっていた若手研究者にとって、厳しい傾向が続いています。具体的には、研究に対する補助金の低減や安定的に研究を継続できるポストの不足、また厳しい収入面の課題などが挙げられます。

産学官の連携において、大学に所属する若手研究者の力を活用し競合他社に対抗できるデジタル技術を開発するためには、厳しい研究環境を改善することが重要です。その上で、大学の研究環境に身を置く若手研究者が増えれば、製造業にとっても大きな成果に繋がるでしょう。

次代のイノベーションを担う人材の育成が進まない

Society5.0の実現に向けては、研究者だけではなく研究活動を理解し支えることができる人材の育成も必要不可欠です。しかし、デジタル化に関するノウハウが十分ではなく、日常的な業務で精いっぱいの状況では、人手の確保も困難な状況です。

次代のイノベーションを担う人材にはさまざまな能力が必要であり、例えばさまざまな情報を調査するリサーチの専門家や科学技術に関する高い知識を保有する技術士などの人材が挙げられます。

これらの人材を社会に出て仕事をしながら育てるのは困難なため、学生の頃からイノベーションを担える人材になれるような取り組みが行われています。例えば、先進的な理数系教育に取り組むスーパーサイエンススクールや国際科学オリンピックの開催、科学の甲子園ジュニア全国大会などが代表的です。

このような取り組みを通して、数年後、十数年後にイノベーションを担うことができる人材が増えていくことが期待されています。

Society5.0を実現するために取り組まれている研究開発事例

ここからは、Society5.0を実現するために取り組まれている研究開発事例の中で、代表的なものを紹介します。

ものづくりに関する基盤技術の研究開発

独創的、先進的なものづくりを実現するために、さまざまな基盤技術の研究開発が進められています。ここでは、基盤技術強化に向けた取り組みを2つの切り口で紹介します。

最先端の大型研究施設の整備・活用の推進

国内には、最先端の研究を行うことが可能な大型の研究施設があります。例えば、兵庫県にあるSpring-8は世界最高性能の放射光を生み出すことができる施設で、国内外の産学官の研究者に開かれており、申請・採択されれば誰でも利用できます。

また、理科学研究所が保有するX線自由電子レーザー施設は、原子レベルの微細構造や化学反応の詳細を計測・分析が可能な世界最先端の研究基盤施設です。スーパーコンピューター「京」の後継機である「富岳」では、ものづくりや創薬、エネルギーなどのシステムと協調して産業競争力の強化に貢献が期待されています。

他にも、幅広い分野の基礎研究から産業応用までさまざまな研究に貢献する大強度陽子加速器施設や次世代放射光施設など、国内にはさまざまな最先端の大型研究施設があります。産学官が密に連携してこれらの施設を活用することで、国際競争力の向上が期待できます。

未来社会の実現に向けた先端研究の抜本的強化

Society5.0を代表とした未来の社会を実現するために、さまざまな領域で先端研究が強化されています。例えば、AIの役割は年々大きくなっており、製造業でも製品への利用に加えてものづくりの現場でも活用が進められています。政府の各省庁は大学や公的な研究機関をつなぐ「人工知能研究開発ネットワーク」を設立しており、さまざまな取り組みを行っています。

また、材料や素材に着目し、SDGsや環境の改善、強靭な産業を構築するために必要な「マテリアル革新力」を強化するための取り組みも行われています。具体的には、レアアースに代わる革新的な材料開発や材料の社会実装に向けたプロセスサイエンス基盤の構築、マテリアルデータを効果的に活用できるようなプラットフォームの整備などが行われています。

他にも、量子技術や環境・エネルギー分野に関する研究開発など、幅広い分野で先端研究の強化に取り組んでいます。

産学官連携を活用した研究開発の推進

Society5.0の実現に向けては、産学官がうまく連携・協力しながら研究開発を推進していくことが重要です。

産学官共同研究・技術移転のための研究開発・成果の活用促進

先端的で独創的な研究を行っている大学と企業の協力関係を構築することは、ものづくり基盤技術の高度化や高付加価値化、新製品の開拓に繋がります。近年、研究開発期間の短縮や自社の保有していない技術変化への対応など、さまざまなニーズを実現するために大学や他企業との共同研究に取り組む企業が増加しています。

従来、産学官の連携は研究者個人と企業の一部との関係が多数を占めていましたが、近年は「組織と組織」といった大規模なものが増えており、本格的な産学官の連携が進んでいます。この実現に向けて、文部科学省と経済産業省は、「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」を策定し、さらにオープンイノベーション基盤の整備を進めるなど、積極的な取り組みを続けています。

戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)と官民開発投資拡大プログラム(PRISM)

SIPは、従来から存在する省庁や分野の枠を超えた管理によりイノベーションの実現を目指すために創設されたプログラムで、2022年度までに2期の取り組みが行われました。

自動運転に必要なダイナミックマップの高精度化や災害の要因となる線状降水帯の出現を自動で検出できるような技術が、この取り組みの中で開発されるなど、効果を上げています。

また、科学技術とイノベーションの活性化、効率化。さらに、経済社会と科学技術イノベーションを連携させるために、「PRISM」が創設されました。これは、各省庁が民間研究において、投資を誘発する効果の高い技術開発領域を定め、官民の研究開発投資を拡大することが目的です。

このように、省庁が主体となって競合企業同士が協力し、大学と企業の共同研究を促進するような取り組みが積極的に行われています。

大学における研究成果の戦略的な創出と活用のための体制整備

大学で優れた研究成果が出ても、大学及び研究者がそれを競争力のある製品やサービスに繋げることは簡単ではありません。そこで、産業界との協力を推進することが必要不可欠であり、これはものづくり産業においても有効な刺激となります。

この取り組みの一例として、文部科学省は「イノベーションマネジメントハブ形成支援事業」を開始し、大学や産業界のネットワーク強化を図ると共に、大学での研究成果をうまく活用し、共同研究を構築するような環境の整備を推進しています。

まとめ

2022年版ものづくり白書で取り上げられている、Society5.0の実現に向けた課題や実現に向けた基盤技術の構築、産官学が連携した取り組みについて紹介しました。環境の変化が激しく不透明な現状で製造業が生き残っていくためには、Society5.0を実現できるような技術革新やイノベーションが必要です。企業だけでも、先端研究を行っている大学だけでも実現は難しいため、政府がハブとなってさまざまな取り組みを行っています。製造業は、これらの取り組みをうまく活用し、社外の知見を取り入れ、協力しながら新たな領域に取り組むことで、苦しい状況から脱出するきっかけになるかもしれません。


ライター:一之瀬隼(いちのせ しゅん)
現役エンジニアとして働きながら、製造業ライターとして活動しています。2020年4月に産まれた子供に、実体験の伴った多様な選択肢を示せるように、試行錯誤しながら新たなことにチャレンジし続けています。https://yuyu-jiteki.com/

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