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工業用
2021年12月22日
これがなければスマートフォンも作れない セメダインを支える周辺技術 精密に高速で塗るディスペンサー
ものづくりにおいて重要な材料である接着剤には、製造から使用に至るまで、関係する周辺技術が多数あります。「塗る」技術もその中の一つです。工業製品を作る際には、接着剤に限らず、様々な液体を、正確に、素早く塗ることが求められます。近年、スマートフォンなどの電子機器は小型、薄型化が進み、人の手では扱えないほど部品が小さくなってきました。これらの部品を組み立てる際、少しでも液体の量や位置が狂えば組み立てることができません。また、部品の数も多いので、できる限り高速で液体 を塗らなければ、生産に時間がかかり価格が上昇してしまいます。
この問題を解決する装置が「ディスペンサー」です。接着剤をはじめとする様々な液体を、精密に高速で塗ることができるディスペンサーが無ければ、スマートフォンや液晶テレビなど、身の回りのもので作れないものが数多くでてきます。現代社会を支える 装置ともいえるディスペンサーとはどのようなものなのか、メーカーに行って聞いてきました。
ディスペンサーとはどんな装置?
訪問したのは武蔵エンジニアリング株式会社(本社所在地:東京都三鷹市)。1978年創業の ディスペンサー装置の総合メーカーです。ディスペンサーの開発、製造を主に、卓上型ロボットや全自動機などの設備から、温調器やタンクなどの周辺機器、シリンジやノズルといったパーツ類に至るまで、ディスペンスに関わる全てを取り扱っています。説明していただいたのは、技術本部DS技術部門DS技術部の柳田課長。ディスペンサーの開発に長年取り組んできた、ディスペンサーのスペシャリストです。
では、そもそもディスペンサーとはどういうものなのでしょうか?
柳田
「ディスペンサーは、液体または半固体状の 液体(スラリー)を吐出する機械です。毎回決められた量で液体を吐出する ことができます。これをロボットなどの搬送装置に搭載し、決められた量の液体を決められた場所に、決められた形で正確に塗ることができます。」
こちらの動画をご覧ください。ディスペンサーで実際に液体 を塗っているところです。
そして 、こちらの写真が塗った後のもの。
下の方の点は 、もはや目で見てもよくわからないぐらい小さな点として塗られています。そのサイズは1mmの10分の1程度(100ミクロン)しかありません。このように、高速かつ精密、正確に様々な液体を塗ることができるのがディスペンサーなのです。液体を刷毛につけて塗るのではなく、液体そのものを押し出したり、飛ばしたりして対象物に塗っていきます。
柳田
「例えば皆さんがお持ちのスマートフォンに使われている部品は非常に小さく、ネジで固定することはできません。そのような小さな部品をしっかり固定するために使われるのが接着剤です。接着剤を塗れる場所さえあればくっつけることができます。では、その狭いエリアに接着剤をどう塗るのか?ここがディスペンサーの仕事になります。昔は、熟練の職人さんが、ルーペなどを使用して手作業で塗布していた時代もありました。しかし、1mmの半分にも満たない場所に、何度も同じ大きさと量で綺麗に塗布し続けることは人間にはできません。ディスペンサーならば、その狭い場所に、何度でも同じ大きさと量で、綺麗に高速で塗ることができます。この技術があるから、小型で高性能なスマートフォンのような電子機器をつくることができるのです。」
ディスペンサーにも様々なタイプがあります。大きく分けて、注射器のような容器に入った液体を空気の力でノズル の先から押し出して塗るもの(エアパルス方式)と、機械的に液を押し出して塗るもの(JET方式、容積計量方式、モーノ方式、スクリュー方式)に分けられます。特にJET方式では、液体を飛ばして塗るので、液体が出るノズルの先を上下させる必要がなく 、非常に高速に液を塗ることができます。柳田さんはJET方式の開発に長年携わってきました。
柳田
「小さいエリアでもしっかりと固定が出来る接着剤ってすごいですね。そして、接着剤があるところには必ずと言っていいほど、それを塗布するディスペンサーが存在しているのです。液剤メーカーさんとディスペンサーメーカーは切っても切れない関係なのです。」
セメダインの接着剤「スーパーX №8008」も工業用途で多く使われています。製造ラインで何百もの部品にスーパーX №8008を正確に塗るのは至難の業。実際に手作業で塗るとこんな感じになってしまいます。
ディスペンサーで塗れば何度やってもこのクオリティです。
接着剤には 適切な使用量があります。工業用途で接着剤の性能を最大限に引き出すには、ディスペンサーは欠かすことができない装置なのです。
ディスペンサーが無ければ色々なものがつくれない
接着剤の塗布に欠かすことのできないディスペンサーですが、他の液体も含めて非常に多くの分野で使用されています。どのような分野で使用されているか聞きました。
柳田
「使用されている分野は本当に多岐にわたります。導入している数としては、電子機器や自動車の生産関係が特に多いです。例えば、自動車のシートのスライド部分のレール。レールに潤滑剤を塗るのにもディスペンサーが使われています。ノートPCやタブレット端末の液晶ディスプレイの液晶を塗るのもディスペンサーです。ディスペンサーの技術が無ければ、液晶ディスプレイの普及はもっと遅れていたかもしれないと言われるほど、製造における重要な位置を占めています。」
柳田
「変わったところだと、チョコや魚のすり身を使ったデコレーション用というのもあります。魚の養殖で、餌を非常に正確な量で与えないと死んでしまうからとディスペンサーを使った例もあります。」
この他にも、医療やバイオ関係で、ピペットを使った分注作業や、創薬に使われるマイクロ流路といわれる非常に細い管に液体を入れるのに使用されることがあるそうです。検査で大量の検体を精密に分ける作業や、微細な穴に液体を入れる作業は、ディスペンサーならば簡単にできます。人の手を介さないので、検体に他の菌が混ざるようなこともなく、安全に効率よく作業ができるのです。
柳田
「ディスペンサーを使用することによって得られるメリットは、①製品の品質向上、②コストダウン、③省力化の3つです。
ディスペンサーならば、製品設計の段階で決められた塗布仕様通りに、正確に塗布することが可能です。何度でも同じ場所、同じ大きさ、同じ量で繰り返し塗布ができます。品質を上げるだけでなく、液体を無駄に消費しないのでコストダウンにもつながります。電子部品の組み立てでは、金や銀の入ったペーストを使用することもあり、少しの無駄でも大きな損失となるのです。
また、手作業で塗布していた工程の主力化はもちろんですが、塗る工程以外も省力化ができます。例えば 、塗布してゴム状に固まる液剤を使えば、手作業で組付けていたパッキンやガスケットをディスペンサーで塗ることで作ることも可能です。大幅な工数削減になります。」
高齢化による熟練技術者の減少に加え、コストダウンや高機能、量産、低価格化などが求められる現代の製造業においては、ディスペンサーは無くてはならないものなのです。
どんな液にも対応させる ディスペンサー開発の難しさ
次に、ディスペンサー開発において難しい点を聞きました。
柳田
「液剤の種類や塗布する対象となるものは無限にあります。粘りの強いものや、逆にサラサラとしたもの。電子機器関係だと、細かい繊維状のものが入った導電性ペーストと言われるものを塗るのですが、ノズルが詰まるなど、安定的に塗るのが難しい、 塗っているうちに固まってしまうような液体もあります。液剤の特性によっては、吐出する技術も、新たに開発しなければならない場合もあり、 未知の技術が必要になってきます。」
粘りの強い液体は、塗布対象に接した後、なかなかノズルから離れません。サラサラした液ならば、逆に広がってしまいます。出来るだけ小さな点で塗布しようとすると、ノズルから出た瞬間に、静電気の影響で動いてしまい、正確に塗れない場合もあります。液体の特性に合わせてディスペンサーそのものを変えていく必要があります。
柳田
「特定のターゲット材料にミートするディスペンサーを作るべきか、それとも広く使えるディスペンサーを作るべきかの判断が非常に難しいです。我々は、塗布に対する様々なニーズに対し、ニーズにマッチした製品をタイムリーに提供していかなければなりません。必要な技術は何か、いつ必要かは、常に市場の今と未来をウォッチし続ける必要があります。そういった面でも大変です。」
実際に開発において困難な点をどのように克服したかについては、特に技術的な部分は企業秘密となるのでこちらでは紹介できません。とりあえず、ショールームに展示されていたノズルだけでも、写真のように相当な数があり、蓄積してきた技術やノウハウが膨大にあることが想像できます。
活用範囲の広がるディスペンサー
最後にディスペンサーの今後について聞きました。
柳田
「すべての液剤を、より正確に、より定量的に塗布できるようにするのが我々の目指すところです。特に、JET方式で、今よりも更に微小な径の液体を飛ばして塗れるようにできればと思っています。微小径をいかに早く塗れるかというのは重要なところです。今よりも更に小さい径で塗布できれば、もっと小さい部品もくっつけられるようになります。飛ばして塗るJET方式ならより高速に塗れるのですが、微小径を正確に飛ばすのは非常に難しいですね。」
JET方式による少量高速なグリース塗布。将来的にはより小口径に対応できる技術開発を目指す
ディスペンス技術は、必要な時に必要な量だけ材料を使うオンデマンドでエコな技術です。電子機器や自動車に限らず、食品、衣料 医療、美容、ホビーなど、活用範囲を更に広げていきたいと柳田さんは話します。
柳田
「この記事を読まれる方の中で、武蔵エンジニアリングを知っている人はあまりいらっしゃらないかもしれません。しかし、スマートフォンの例の ように、皆さんの身の回りにあるものの多くにディスペンサーの技術が使われており、また、必要とされています。世の中には、私たちの知らない液剤を使った、知らない工程がまだあるはずです。そこで困っていることがあれば、それを解決していきたいです。それがひいては豊かな社会を作る一助になればと考えています。」
世の中には目に見えない、気づかないところで多く使われていて、それが無いと非常に困る技術が数多くあります。ディスペンス技術もその一つです。接着剤のあるところにディスペンサーあり。
取材協力ありがとうございました。(取材・文 馬場吉成)
ライター:馬場吉成
工業製造業系ライター。機械設計や特許関係の仕事を長らくやっていましたが、なぜか今は工業や製造業関係の記事を専門とするライターに。企業紹介、製品紹介、技術解説など、製造業企業向けのコンテンツを各種書いています。料理したり、走ったりして書いた記事も多数あり、別人と思われることも。学生時代はプロボクサーもやっていました。100kmぐらいなら自分の足で走ります。http://by-w.info/
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