建築用 2024年07月25日

くっつけられる切り離し方、切り離せるくっつけ方についての考察(アリソン理恵:一級建築士、コーヒーショップ MIA MIA)

アリソン理恵(ありそん・りえ)

1982年宮崎県出身。東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。オーストラリアNMBWでのインターンを経てルートエー、アトリエアンドアイ坂本一成研究室勤務。2015年に一級建築士事務所teco開設、共同主宰。2020年より豊島区東長崎にて一級建築士事務所ara、コーヒーショップ MIA MIA、カルチュラル・キオスクI AMを営み、誰でもプロジェクトを起こしやすい環境としての日常風景を提案している。また生活者の視点から、町を自分たちの場所として整え繕う「町の営繕」を実践中。2010年日本建築学会 作品選奨、2016年「第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」審査員特別表彰など。


戦後の日本。ここから人は増え続け、場所を整えていかないといけない、という社会的な背景のなかで、人やもの、仕事を細分化し、できることをできる場所や人が一対一で対応し、きっちり分担するシステムがつくられました。そのシステムが、たしかに弱っている人を掬い上げ、プロダクトの量と質を上げ、増える人口とともに仕事の数を増やし、かつそれぞれの仕事の専門性を高めてきました。

この10年以上、日本の人口は減少し続け、経済は成長していません。子どもが減り、少ない若者は大都市圏に集中して住んでいます。コミュニティを継続できない地域がうまれ、建物はたくさんあるけれど余っていて、細かく分けられた仕事の一部では従事する人がいなくなっている、そんな時代が、現代です。
わたしは、東京の豊島区、東長崎というベッドタウンで、建築の設計事務所とコーヒー屋さん、ギャラリーのようなキオスクを営んでいます。この3つの事業を始めたのは2020年4月、ちょうど、新型コロナウィルスによる1回目の緊急事態宣言が発令される、1週間ほどまえのことでした。設計者の視点と生活者の視点、事業者の視点から日々町と関わり、生活を豊かにする術を考えています。そんななかで、〈きちんと切り離し/きちんとくっつける〉が必要だった時代が終わり、〈切り離せるくっつけ方/くっつけられる切り離し方〉について考えることが求められている、と感じます。
MIA MIA外観。西武池袋線の東長崎駅を降りてすぐの風景
©️Yurika Kono

あけっぱなし

私たちのコーヒーショップは大きなテーブルを店員とお客さんが一緒に囲み、ともに過ごす場としてデザインしています。

工事の費用を少しでも地域に還元したいと考えましたが、都心には地産材というものはないので、徒歩圏内の職人さんたちを一生懸命集めて、施工を行いました。東長崎で半世紀以上お仕事をされている職人さんたちばかりがそろった小さな現場だったこともあり、つねにドアをあけっぱなしにして工事をしていました。工事中に「なにやってんの?」と声がかかり、休憩中には「差し入れー」とお弁当を一緒に食べる人が増える、そんな工事現場でした。「ここはスナックにしてほしい」「パン屋がたりないんだよねえ」と、通りがかりの人たちがこの場所への要望を伝えてくる場にもなりました。3カ月、そうやってのんびりと工事をして完成したお店は、開店する頃にはすっかりいろんな人たちの作品であり、居場所になっていました。

MIIA MIAの工事中の様子。徒歩圏内の職人さんたちと施工を進めた
撮影=ara
さて、オープン!と盛り上がった途端の緊急事態宣言。

ともに店舗づくりを見守ってくれていた町の人たちからは、「美味しいコーヒーも飲めない町になったら生きていけない。堂々と開けてください」と声をかけていただきました。どうやったら安心してもらえるかたちでお店を開けられるか考えた結果、窓もドアも一日中あけっぱなしにすることにしました。

するとペットはもちろん、車椅子も、ベビーカーも、なんなら自転車のまま入ってくる人まででてきました。まるで道の途中みたいな、誰がいても普通の風景が生まれ、そこには出入り自由なコミュニティが発生しています。
MIA MIA内観。大きなテーブルをスタッフとお客さんがともに囲む
©️Yurika Kono

ヒビを入れる

コーヒー屋は角地にあるのですが、この物件を見つけた時、その角の部分の地面のコンクリートが割れていて、危ないということでどなたかが赤いコーンを置いてくれていました。

危ないのはたしかだけど、赤いコーンをそのままにもできないので、コンクリートのヒビをちょっと広げて、下の土を出してみようと思いました。バールでヒビをこじ開けていると、通りがかりの人たちにたくさん声をかけられます。コンクリートの下って土が入ってるんだ!と驚く人がじつは多く、私も驚きました。

都会での暮らしは、いろんなものに覆われています。アスファルトやコンクリート、サイディング、壁紙、などなど。その覆いは表面強化されていて、隙間もなく、壊れたら業者さんや行政の人を呼んで補修するため、覆いの下がどうなっていてなにがあるのか、ということを想像しなくても生きていけるようになっています。

先ほどお話しした、コンクリートのヒビにはユーカリを植えました。近隣の方が勝手に土を入れ替え、肥料を入れてくれていたこともあってか、いまではユーカリは2mを超え、気を抜くといつも歩道にはみ出しています。はみ出してくる枝を切ってバケツに入れて、ご自由にどうぞ、と置いていたら、今では勝手に剪定してくれる人や、剪定した枝でリースを作って持ってきてくれる人も出てきました。水やりをしてくれる子ども。気づけば、素敵な下草も植えられていたりします。

幅10cm、長さも30cmにも満たない小さなコンクリートのヒビ。そこから消費活動ではない町への関わり方がいくつも生まれ続けています。

MIA MIAの角のユーカリ。コンクリートに割れ目を入れ、土を入れ替え、ユーカリを植えた
©️Kohei Yamamoto

繕う

ヒビを入れることの可能性に気づいた私は、町のいろんなところのヒビを見つけては、ちょっとこじ開け植物を植え始めました。今この活動を「町の営繕」と呼んでいます。その名の通り、町を繕う営みです。

町の営繕リスト。2020〜23年までの町の営繕の活動リスト。大小さまざまな町を繕うプロジェクト群
筆者作成
事務所の入っているアパートの前庭は2畳分くらいのコンクリートを剥がして畑にし、アプローチは幅20cm分くらいのコンクリートを全長5mくらい剥がしてみました。塀を低くしてベンチをくっつけたり、塀に穴を開けてみたりもしました。そんな小さな操作の積み重ねで、住宅地のなかの私有地が、公園とも広場とも道とも違うけど、誰でも使ってよさそうなスペースになりました。毎日誰かがやってきては野菜を眺め、ベンチに腰掛け、本を読み、挨拶する、ちょっとした人だまりの風景が生まれました。

境界線を引いて公私がきっちりと切り分けられている町。所有と責任が可視化された、そんな町並みのなかに、そこら辺がよくわからないスペースをつくる。じつはこれは、現代の社会問題の多くを解決する、とても重要なことであると考えています。

WHO憲章には「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」とあります。身体と精神の健康と同じくらい、社会的な健康が重要。それではどうやったら社会的に健康になれるのか?

あるイギリスの都市研究者が「外に居場所がある町は健康である」と言っていました。

みなさんには「外の居場所」と言われて思い浮かべる場所はありますか? 外も含めてすべてのスペースが所有の概念によってきっぱり切り分けられている現代の環境ではとても難しいのではないかと思います。社会と関係を結ぶことのできる場所というのは、きっと他人の存在を意識することができつつ、所有の物理的境界が曖昧で、自分も手が入れられそうな、公と共と私がはみだしあう外の居場所なのではないかと思います。そんな場所を町中に散りばめていくことで、町の社会的なエコシステムが調整され、豊かな暮らしのインフラができていくのではないでしょうか。
壱番館の前庭。コンクリートを割って作った畑や、塀の調整、ベンチなどをまずしつらえ、段階的にブックポストや、コンポストなども作成している
©️Kohei Yamamoto
壱番館の前庭での結婚式。駅からおりてすぐの雑貨屋さんで引出物のカップをもらい、MIA MIAでドリンクを入れて壱番館まで歩くと、前庭でパーティが行われている。新婦の髪飾りはMIA MIAのユーカリ。
撮影=ara

住まいののりしろ

町の話をしてきましたが、先にお話ししたようなことは例えば住宅にも必要な概念だと思っています。戦後のシステムのなかで、急いで必要最低限のものをつくってきた日本。住宅なんてとにかくたりなくて、とても急いでいたので、一旦標準の家族を想定した間取りというものが広まりました。2LDK。寝室2つと居間、食堂。夫婦だと一部屋余るから収納にして、子どもが生まれたら子ども部屋に。リモートワークは食卓で、お客さんを招くのはやめて、2人目の子どもは無理、親の介護は遠いけど通いで頑張ろう。間取りに合わせたライフプランを立てない限りは生活が破綻するという、住宅と生活の関係が生まれてしまいました。

個室でも居間でも食堂でもない、子どもが増えたら子ども部屋にできて、仕事部屋や客間にしてもいい。そんなスペースを、住宅には作るようにしています。そのスペースはあけっぱなしにすると隣のスペースの延長になり、簡単に取り外せるしつらえでできています。気分の変化やライフスタイルの変化に合わせて使い方を変えることのできる、のりしろのようなスペースです。

奥の住まいの大広間。2階建ての住宅の改修。2階に上がってすぐにある大広間は、拡張された居間であり現状はリモートワークのためのワークスペースとして、将来は子供部屋や客間、書斎などとしての使用を想定して計画した。
©️Kohei Yamamoto
縁の住まいの縁の間。マンションの一室の改修。元の間取りに依存した不平等な配置の窓を、居間の延長でもあり、各個室の延長空間でもある縁の間に集約している。仕事や勉強、趣味のスペースとなる。各個室を縁の間の裏側でも接続しており、縁の間を区切って使用することも可能。
©️Kohei Yamamoto

くっつけられる切り離し方、切り離せるくっつけ方についての考察

あけっぱなし、ヒビをいれる、繕う、という動作が町にも家の中にも必要なのではないか、ということについてお話ししてきました。

既存の強固できっぱりとした境界面にさまざまな方法で切れ込みを入れ、その裂け目から切り離されていたものをひっぱりだしてきて再接続したり、切り離された部分を緩やかに繕うような、そういった作業が現代社会を生きていく私たちの暮らしを豊かにするために、切実に必要であると感じます。そんな作業の先にどんな風景が生まれてくるのか、楽しみに活動を続けていこうと思います。

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