日常の風景の探索
私たちのまわりにある日常の風景は、無意識の中に埋没しやすい。ところが、自分の心境の変化や時間帯の違いなどのふとしたきっかけで、いつもとは異なる表情に見えて新鮮な気分になることがある。そうした体験は、ささやかなよろこびをもたらしてくれる。もしかするとそれらの蓄積は、生活の質の向上に結びつくかもしれないし、創造性の源泉になるかもしれない。
もしそうなら、日常の風景をより能動的に、面白がりながら探索したい。見方をわずかに変えることで、それまで見えなかった姿を浮かび上げる体験を意識的に行うのだ。その実践に際して筆者が好んで着目している対象は、都市の人工物でありながら人の意図からはみ出した現象だ。それらを「巧まざる造形」と称して写真によって収集している。その対象をさまざまな角度や距離から観察し、それが成立している理由を多少の妄想を交えながら勝手に捉え直すのだ。いくつか例を見ていこう。
美しい汚れ
無自覚な抽象壁画
ホンモノになりたい
浮遊する室外機
隣家の痕跡
高低差を乗り越える
延命治療の現場
露出した内蔵
際に生じる巧まざる造形
筆者は気分転換したいときなどに、これまでストックしてきた大量の写真を眺め直しては、ゆるく分類することを繰り返している。すると、いくつもの観察のテーマが自分の中に醸成されてくる。そのテーマを携えて街を歩くことは、なんてことはないと思い込んでいた日常の風景に、あらためて意味を付与する行為となる。徐々に視野が拡張されて、未知の知の領域に踏み込むような感覚に陥ることもある。日常の風景の探索は、ものの見方を変えることにつながる可能性があるので、多くの方にお勧めしたい手法だ。
なお、巧まざる造形は都市の中にある「際」に生じやすい。たとえば、高低差がある地形と人工物との物理的な際に、内側と外側という空間的な際に、古いものと新しいものという時間的な際に、此方と彼方という意味的な際に。さまざまな制約や機能が交錯する難しい状況を乗り越える場面には、多種多様な試行錯誤が凝縮されやすいと考えられる。そのあたりに着目して街中を観察すると、面白い物件が目に入りやすくなるだろう。