ものづくり 2025年10月17日

元マジシャンでゲーム開発者、トルコの大人気ものづくり系YouTuberに聞く「人を楽しませる動画づくり」

トルコで大人気の、ものづくり系YouTuberがいる。
自作のパワードスーツ(マーベルのヒーロー、アイアンマンがモデルだ)に身を包んだ彼は、Tolga Özuygur氏(以下、トルガ)。チャンネル登録者数は117万人だ。数字でいわれてもピンとこない人のために、日本で同じくらいの登録者数のチャンネルを挙げてみよう。
●バンダイ公式チャンネル
●SPY x FAMILYやポケモンの主題歌を手がけたyamaさん
●岡田斗司夫さん
●にじさんじのVTuber、剣持刀也さん
●ホロライブのVTuber、不知火フレアさん、儒烏風亭らでんさん
トルコの人口は日本の3分の2ほどであることも考えると、相当な人気者であることがわかる。
 
そんな彼の作品の一部を紹介しよう。
 
まずさっきのパワードスーツ。ただのコスプレ衣装ではない。なんと……
 
声で指示すると音声認識でマスクが開く。機能はすごいが、スーツを着るのには人に手伝ってもらって1時間かかるらしい!
 
また、こんなこともできる。
 
なんと炎も出る!動画ではこの炎で焚火に火をつけるシーンもある。発射前の変形モーションのかっこよさにもぜひ注目してほしい。
 
さらに、上で貼ったパワードスーツは3Dプリンタを使った樹脂製のものだが、マスクにはスチールでできた防弾バージョンもあり、実際に銃で撃ってその性能を検証している動画なんかもアップロードされている。
 
他の作品も見てみよう。こちらはナーフ(おもちゃの銃)を改造したタレット(自動砲台)。カメラの映像を画像認識して人を発見すると、スポンジ弾を撃ちまくる。
動画ではもっとたくさんのひとが体験しているが、みんな撃たれているのに楽しそう。
こちらは宙に浮く観葉植物。鉢のほうに強力な磁石が入っていて、台に内蔵された電磁石を使って浮かせている。じわじわ回転しているのもミステリアスだ。
 
近作の立体投影ディスプレイは、中で平面ディスプレイが高速回転することによって、残像で立体映像を作り出している。おかげでどの角度から見ても立体映像が楽しめる。
こんな緻密な装置があるかと思えば、次のような大きな装置も。
ゲーム中の車の動きに合わせて動く、シミュレーター装置だ。ゲームセンターなどには似たようなものがありそうだが、個人で作っているのがすごい。完成度の高低以前に、普通やろうと思わない。

時に社会派

彼の動画は基本的にユーモアたっぷりの笑える動画ばかりなのだが、扱っているテーマはときに社会派だったりする。
 

これはYouTubeのネガティブコメント問題に切り込んだ動画。改造したファービーがTolga氏の動画についたネガティブなコメントを読み上げたあと、カメラ目線で皮肉を返すというもの。
プログラムで実際のコメントを読み上げ、ChatGPTで皮肉を生成しているそうだ。
こちらはYouTubeで見たフリーエネルギー(永久機関)の詐欺動画に反論する啓蒙動画より。実際に動画と同じ永久機関装置を作り、そのトリックを暴く構成になっている。
 
 
 
中毒性のあるショート動画が若者の可処分時間を奪っている問題にも切り込む。
このスマホでショート動画をスワイプすると、腕に電気刺激が走り、無意識にスマホを投げてしまう(あと、痛い!)
電気刺激には、低周波治療器を改造して使っているそうだ。
 
最後に、彼の動画の中でいちばん意味が分からなくて、個人的に大好きな作品。
小さなナイフのついた触手が暴れまくる!これをうまくタイミングを見計らって……
捕まえると、動きを止めることができるというもの。
 
これだけ紹介してもまだまだ一部にすぎない。彼の作品の多様さを感じてもらえただろうか。
 
実はトルガは筆者の友人でもある。先日も、僕が主催する「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)2025」というイベントに出場するため彼が来日し、日本を案内したところだ。
 
※ヘボコン2025はセメダイン がゴールドスポンサーとして協賛しており、当メディアにもライターのトルーさんによるレポートが載っている。ぜひ見てみてほしい
 
観戦して分かった! ヘボいロボットの突き抜ける衝動 〜ヘボコン2025レポート
 
そしてもちろん、彼のヘボコン出場記も動画になっている。
 
せっかくの機会ということで、来日ついでに彼にインタビューさせてもらうことにした。トルコなんていう異国情緒たっぷりの国(お互い様だろうけど)でものづくりをするのって、どんな感じなのだろうか。彼みたいにYouTubeで人気者になるにはどうしたらいい?いろいろ聞いてみた。

元マジシャンでゲーム開発者

——いきなりだけど、いまはYouTubeだけで生活してるの?
 
そうだよ。これがフルタイムの仕事だよ。
 
——すごいね。そもそもYouTubeを始めたきっかけは?
 
友人のVolkan Oge(トルコの人気YouTuber)とコーヒーを飲んでいた時、彼が「変なロボットを作ってるんだから、YouTubeやればいいのに」って言ったんだ。
 
——そんなに気軽に始めたのに大人気になっちゃったんだ。なぜこんなに人気が出たんだと思う?
 
トルコには人気のものづくり系チャンネルがなかったからね。それに、アイアンマンスーツみたいなヒット作が出たのも幸運だったよ。

あとは、僕のキャリアも有利に働いたかもしれない。大学でも撮影と編集の技術を学んだし、以前マジシャンをしていたから、そこで学んだ観客の興味を引く方法も動画に活用しているよ。
 
——大学は工学系だと思ってたけど、違うんだ。
 
違うよ。ビジュアルコミュニケーションデザインを専攻してた。とても幅広い分野で、動画のほかに、デザイン、プログラミング、写真現像まで、全部やったよ。
卒業後も大学で講師としてマイコンのプログラミングを教えていたんだ。そのときに授業の一環でヘボコンを開催することにしたのが、ダイジュ(筆者)と知り合ったきっかけだよ!

かなり余談になるのですが、そのヘボコンの会場がものすごくかっこよかった。発電所跡を利用した、エネルギーに関する科学館らしい(Santral Istanbul Energy Museum。画像は公式サイト のキャプチャ)
——小さいころからいろんなものを作ってたの?
そうだよ。最初は父が電子工作のキットを買ってくれたのがきっかけだったかな。初めて作ったオリジナルの作品は、壊れたウォークマンから取ったモーターと、ペットボトルの底のタイヤで作った小さな車だよ。
高校生のときは、これはソフトウェアだけど……トルコ初のMMORPG(※)「TLM Online」を作った。いま振り返ると、よくそんな複雑なものを一人で作ったなと思うけど(笑)
 
※MMORPG……大人数が一緒に遊べるタイプのオンラインRPG
 
TLM Onlineの画面。FRPNETの記事より引用 
——高校生でMMO?すごすぎるね(笑) ゲーム作ってたなんて初めて知ったよ。
 
大学卒業後も友人とゲーム会社をやっていたんだ。「Overdose Caffeine」という名前で、日本の有名ゲームメーカーと一緒に仕事をしたこともあるよ。
 
Overdose Caffeineのゲーム「Pocket Fleet」。Touch Gameplayよりキャプチャ 
僕のイメージではトルガはハードウェアの人だと思っていたので、意外なキャリアが出てきて驚いた。
でもゲームも動画もマジックも、どれも人を楽しませる仕事。そういう意味では、形は違えど彼は一貫した作品制作を続けているようにも思える。

仲間が集う4階建てのアトリエ

——どんな場所で制作してる?
イズミル(トルコの3番目に大きい都市)にアトリエがあるよ。4階建ての小さな建物。
オフィス、工房、テストフロアも全部入ってる。各種3Dプリンターやレーザーカッターとか、機材もいろいろあるよ。

アトリエの写真を何枚か送ってもらった。トルガの作品が並ぶ棚。壁にはYouTubeから贈呈される盾(登録者数10万人でシルバー、100万人でゴールド)が飾られている。
こっちは機材の棚。一番左にレーザーカッターがあり、右には3Dプリンタがずらりと並ぶ。
これが銃弾を受けたスチールのアイアンマンマスク。
電子工作用のデスク
——うわー、うらやましいな!材料はどうしてる?トルコにも秋葉原みたいな場所はあるの?
 
あるよ!イスタンブールにはエミノニュとヤジチョグル・パサジ、イズミルにはカンカヤがある。でも、僕は主にオンラインで買い物するかな。特殊な部品をピンポイントで調達したいことが多いから。
 
——動画は何人で作ってるの?
 
作品制作は自分でやっているけど、たまに友人にも助けてもらうよ。さっき話したOverdose Caffeineでも一緒だったセムは、プログラミングをよく手伝ってくれる。
動画の編集作業は、友人のアディルにお願いしてるんだ。

彼の動画を見ていると毎回いろんな人が出てきて、友人関係の中でプロジェクトが作られていると感じる。孤高の職人みたいなキャラもかっこいいのだけど、こういうやり方はトルコ人らしいな、と思う。お喋り好きの人が多いのだ。
 
実は一昨年も来日していて、3人くらいで来るのかと思ったら9人いてびっくりした

イライラさえもアイデアに変える

——作品のアイデアはどうやって考えてる?
 
いつも違うんだ。突然頭に浮かぶこともあるし、友達とチャットしている時に思いつくこともあるよ。時にはフォロワーから本当にクールな提案をされることもある。
 
——例えば、自分でいちばん好きな動画はどれ?それはどうやって思いついたの?

間違いなく「悪いコメントを読むファービー」だね。
思いついたきっかけは切実だよ。ネットでネガティブなコメントを受けるのは本当に面倒くさくて、かなりイライラしてたんだ。だからそれをそのままコンテンツにした(笑)
ちょっとイライラが晴れたね。
 
——そういう効果もあるんだ(笑) アイデアを考えるときは、自分が作りたいものを考えてる?それとも視聴者のニーズが優先?
 
バランスだよ。自分がやりたいだけで動画としてつまらないものは作れないし、逆にみんなが望むものばかり作っててもやっぱりつまらない動画になっちゃうと思う。
なんにしろ、毎日新しいアイデアを探すことを常に心がけてるよ。
 
クリエイターへのインタビューではこの手の「アイデアの源泉」みたいな質問は必ずするんだけど、「こうするとすぐ湧いてくるよ」みたいな回答はなかなか得られない。達人だってみんな頭を悩ませているのだ。でも一番のお気に入り動画が憂さ晴らしから生まれたというエピソードは人間らしくてすごくいい!

ソニー本社を訪れて感激、初代AIBOの写真を撮るトルガ

見てもらえる動画を作るためのルール

せっかくなので、動画を作ってみたい人へのアドバイスも聞いてみた。
——日本にも自分の作品を動画で発表したい人がたくさんいるんだけど、彼らにアドバイスはある?

プロジェクトの内容だけじゃなくて、動画としてちゃんと面白いことが大事。
自分が何度も繰り返し見て、飽きないような動画を作ればいいと思うよ。自分が飽きてしまうようなら、視聴者の心にも響かないだろうからね。
——具体的に、自分が動画を作るときに意識していることはある?
 
そうだね……動画を撮影する際は、最終的な動画の全体像を大まかにイメージしてから撮るんだ。でも、撮影した動画だけだとどうしても説明が足りなくなるんだよね。
だから見ている人の理解をスムーズにするために、ナレーション入りのアニメーションシーンを作るようにしてるよ。

実は手にマイクロチップを埋め込んでいるトルガ。動画より、チップを使って家のドアを開けようとしているシーン。
その動画に出てくるのがこのアニメーション。RFIDという仕組みのチップを使っていて、その動作原理を説明している。この動画で見られます 。
 
特に僕のようなものづくり系の動画は技術的な内容が多いから、工夫しないと視聴者が知識のある人たちに限定されちゃうんだよね。技術的な詳細を伝えつつ、楽しさもバランスよく組み合わせることで、よりたくさんの人に見てもらえるよ。
 
——他には?
 
できるだけ細部まで映像で撮影することかな。制作中は面倒に感じるんだけど、編集時に必要になるかもしれないからね。
 
ライターという立場から見て、何から何まで記事を書くコツと共通していて面白い回答だった。また、彼はものづくりや動画にかける想いも語ってくれた。
 
——ものづくりの何が一番楽しい?
 
何日も何週間もかけて作ったものが、ついに動く瞬間がたまらなく好きだよ。やったことのない人には絶対に説明できないくらいの興奮があるんだ。
 
——それを動画にする時ってまた別の楽しみがあるのかな?
 
あるよ!何かを作るのはすごく個人的な行為だと思うんだ。でも、動画にしたとたんに突然、何千人もの人たちが僕と一緒にそのプロセスを体験できるようになる。それをとても興味深く思ってる。
 
人と体験を共有することに喜びを覚えるのは友人たちとワイワイ動画を作るトルガらしいとも思うし、同時にオープンソース的というか、ハッカーカルチャーに根差した考え方でもあるように思う。ものづくりと動画制作、これは相性のいい活動なのかもしれないぞ……と思わされた次第だ。
トルガと、彼の動画にもたまに登場するエジェハン。彼女もまたトルコの若いメイカー達の間で人気だそうだ。新宿にて。

瞬間接着剤は「日本の接着剤」

これは余談だけど、せっかくなので接着剤についても聞いてみた。
——これはセメダインっていう日本の有名な接着剤メーカーのサイトに載る記事なんだ。トルガが好きな接着剤はある?
 
シアノアクリレート(瞬間接着剤)だね!
※セメダインでいうと3000シリーズ
ひとつ面白い話があって、トルコでシアノアクリレートは"Japon yapıştırıcısı"(日本の接着剤)って呼ばれてるんだ。アメリカで実用化されたのに。
 

青矢印部分に書いてあります
これは80年代、最初にトルコでシアノアクリレートを売った会社がこう呼んだのが、今も続いているみたいだね。日本製品の信頼性をマーケティングに利用したんだよ(笑)
 
トルコの人気YouTuber、トルガへのインタビューは以上だ。
彼は常に自分や他人を楽しませることを考え続け、そのための具体的なアイデアを毎日考え続けている。根っからのエンターテイナーであり、枯れないサービス精神の持ち主であるからこそここまで来れたのだろう。それにくわえて専門外の技術を学ぶ勤勉さまであるのだから、そりゃもう人気も出るわけである。
最後に、会話調でインタビューをまとめましたが、ほんとうは筆者はそれほど英語が堪能ではなく、メールベースで行われたインタビューであることを告白し、本記事を締めくくらせていただきます。
トルガ氏の活動に興味を持った方は、ぜひ彼のYouTubeを訪れてチャンネル登録してみてほしい。

ライター:石川大樹

「技術力の低い人 限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者、雑な電子工作作家。共著書に初心者向け電子工作本「雑に作る」(共著、オライリー・ジャパン)。

本業は編集者・ライター。よみものサイト「デイリーポータルZ」などで編集を担当。趣味はワールドミュージック収集です。

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