建築用 2022年03月22日

海の家としての公園のカフェ(大学教授:石川初)

石川初

1964年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。著書=『ランドスケール・ブック──地上へのまなざし』(LIXIL出版、2012)、『今和次郎「日本の民家」再訪』(共著、平凡社、2012)、『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い──歩くこと、見つけること、育てること』(LIXIL出版、2018)ほか。

http://hajimelab.net/

■どこまでが都市?

「都市の際」はどこにあるのだろうか。

「際」のあらわれかたは、都市をどう定義するかによって違うだろう。
土地の状態に注目するなら、そこが人為的に操作可能な施設で覆われている範囲を都市、操作不能な現象が卓越する範囲を非・都市とまずは言うことができるだろう。
そのようにみなせばたしかに都市は明快な際をもっている。

たとえば海岸である。

海の近くに発達した都市の土地は海岸で果てている。
舗装され建築され照明が当たる陸側は都市であり、波が寄せる海岸の先は操作不能な海が広がっている。都市の海岸にはしばしば堤防が設けられている。堤防はわかりやすい「都市の際」である。

海岸はもともとそれほど明快な際をつくってはいなかった。
陸地が侵食されたり砂が堆積したりして海岸線はつねに変化し続けているし、波打ち際も干満の差で動き続けている。

荒れた海は時に陸地に入り込んで田畑や人家を襲う。堤防はそのような操作不能な海と陸地の間に線を引き、海を「外側」にすることで陸地を「内側」にし、操作可能で安泰な状態にするための施設である。

堤防があることで、都市においては海から遠い地域も海に近い地域も一様な状態であることができる。堤防の巨大さは堤防が支える現象の大きさの反映である。

堤防の外側に広がる意のままにならない環境のことを私たちは「自然」と呼んでいる。

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■「都市体制」のなかで

このような堤防の海側に、時おり出現する都市の片鱗がある。「海の家」である。海の家のありようには、私たちにとっての「都市の際」の形が端的にあらわれているように思える。

説明するまでもないかもしれないが、海の家とは海水浴場となっている海岸に、海水浴客の休憩などのために夏場に仮設される建物のことである。

撮影=Miyuki Meinaka
CC-BY-SA-4.0

堤防の海側はつまり、都市の外部である。

海の家は操作不能な都市の外部の環境のなかに建てられる。海水浴に訪れる私たちは、堤防の都市側の駐車場に車を停め、階段を上って堤防を乗り越え、浜に下りる。海の家はそこにある。

海の家にはカウンターやテーブル席などがあり、そこで軽食や飲み物が供されたりする。テーブル席のある床はたいてい海に向かって開けたデッキテラスになっていて、客はそこから浜へ下りていくことができる。トイレやシャワー、更衣室、荷物預かり所やコインロッカーが揃っていることもある。

私たちはそこで荷物を預け、水着に着替えて海に向かう。水着に着替えるのは、普段着では海水浴ができないからである。
私たちは砂や海水にまみれてもいい格好になって浜に出て海水浴を楽しみ、やがて戻ってきてシャワーを浴び、普段着に着替えて堤防の内側へ帰る。

海の家は普段着で都市にいる私たちが「海水浴体制」に変わる場所としてある。ここでは「都市の際」は更衣室やシャワー室のドアである。

あるいは、海の家があれば普段着のまま飲み物を注文してデッキテラスから海を眺めて過ごすこともできる。海の家では私たちは「都市体制」のままでいることができる。

海の家は都市の外側にあって、局所的に都市的な環境を確保している。海の家が提供する、砂浜から浮いた乾いた平坦な床は都市の地面である。その都市の床はデッキテラスの端部で終わっている。デッキテラスはそこで急に途切れ、その先には砂浜や海という「自然」が広がっている。

また、海の家は夏に仮設され、シーズンが終わると解体されて引き上げられる。浜の「都市の際」は夏にだけ出現する。
つまり夏になると私たちの間には堤防を越えて「自然」と接する用事ができる。それが海水浴である。

海の家の歴史はそれほど古いものではなく、1887年に大磯の海岸につくられた「海水茶屋と呼称される、間口三間、奥行き二間程度の小屋掛け」がわが国における最も初期の海の家だという。

当時の海水浴は「潮湯治」と呼ばれ、「病気の治療や体力増進を目的としたものであった」★1。現代の「レジャー」としての海水浴とはいささか趣が違うが、都市から出かけて「癒やされて」戻ってくるという点では、都市と海の関係は同じようなものだと言える。

このような観点で海が都市側の人々に再発見されるまで、海岸に「都市の際」を設ける必要はなかったわけである。先に海という「自然」があって、そこに都市の床が張り出すように仮設されたのである。

この点が、たとえば漁師の船小屋と海の家との違いだろう。船小屋は漁師の生活において海とつながっていて、その生業は浜と海とにある。一方で海の家では、海のありようと海の家での行為との直接の関係がない。

私たちは海の自然を享受しながらも、都市に生活の足を置いたままにする。都市と海とは堤防で一旦切り離され、海の家によって部分的・一時的に接続される。
だがそれは重なっているだけで、本来の意味で繋がったわけではない。むしろ、そこに海の家が設けられデッキテラスが置かれることで、海と浜の様子がより際立って見える。

私たちはデッキテラスの先端に都市の活動と都市ではない土地としての「自然」を見るのである。

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■遊泳禁止と立ち入り禁止

なぜこんなに海の家について力説しているかというと、海の家の「構え」が、近年増えている公園のカフェに似ているように思うからである。これは最近、いくつもの都心の新しい公園を見回っているうちに思い当たったことだ。

海の家、公園のカフェ
作成=稲田玲奈

公園のカフェにはカウンターやテーブル席などがあり、そこで軽食や飲み物が供されたりする。テーブル席のある床はたいてい芝生に向かって開けたデッキテラスになっていて、客はそこから芝生へ下りていくことができる。

芝生は海と比べるとずっと穏やかで、さすがに着替えたり荷物を預けたりする必要はない。しかし、20年前に私もメンバーのひとりとして活動した「東京ピクニッククラブ」【http://www.picnicclub.org】が提唱し実践していたように、かつて公園は座るためのラグと保温水筒とお弁当を携えて出かけるフィールドだった。

今日、私たちは手ぶらで公園に行き、都市の側からカフェに入り、都市の床に足をおいたまま公園の眺めを楽しんで、また戻ってくることができる。

公園へのカフェの併設が増えたのは、2017年の都市公園法の改正が象徴する、民間の投資を公園整備に活かす近年の公園の「管理」から「経営」への動きのあらわれである。
公園は長い間「非・都市」的な空地を志向し、「施設をなるべく排除して土地空間を守ることに努めてきた」★2

私たちが公園に出かけるときにピクニック用品で武装した、かつての「公園体制」になる必要があったのは、公園がいわば堤防の外側にあったからである。しかし、ここへ来て公園は稼ぐ施設への志向を強め、都市へ戻って来つつある。

カフェのデッキテラスの先に、砂浜に相当する地面として設えられているのが芝生である。デッキテラスの木の色と芝生の緑はなかなかいいコントラストをなしている。

近年の公園では、芝生の養生期間が設けられて定期的に芝生が立入禁止にされる。この不便さも「自然」を表象するように感じられる。カフェの先の芝生にロープが回された光景は、まるで荒れた海の「遊泳禁止」のサインのように見えてくる。

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新宿中央公園のカフェと芝生
撮影=稲田玲奈

しかし、言うまでもないことだが芝生はとても人為的に作られた地面の状態である。芝生を美しく保つには頻繁で高度な維持管理が必要である。高温多湿な日本の多くの都市において、その維持管理は芝以外の植物が生えないようにすることが主な作業である。

そこで排除されるのは雑草や過度な踏圧をもたらす人などの「操作不能なもの」である。その操作不能なものこそが海の家のデッキテラスの向こうに広がる「自然」であるのだが、芝生はそれを拒む施設である。

公園の芝生は緑色をした穏やかな堤防である。カフェのデッキテラスはそこに鮮やかな対比を作ることで芝生をより自然に見せている。

芝生が「自然」になることは可能だろうか。芝生は維持管理に依存しているので手を緩めれば雑草地になっていく。草むらには棘や毒のある植物も混ざるだろうし、昆虫や動物も棲むようになるだろう。そうなると、カフェのデッキテラスは本来の「都市の際」になるだろう。

そのときのカフェには更衣室とロッカーが併設され、私たちはアウトドアウェアに着替えてデッキの外へ下りていくかもしれない。そこでは「都市の際」は私たち自身が身に帯びるものになる。

【了】

1──畔柳昭雄+三木誠「機能・用途から捉えた海の家の建築形態に関する研究──神奈川県の海水浴場に設置された海の家を対象として」(日本建築学会計画系論文集 第73巻 第632号、2049-2055200810月)

2──小野良平「公園・広場」(『ビルディングタイプ学入門』誠文堂新光社、2020

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