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建築用
2026年02月24日
個人と社会をくっつける場づくり──人の営みが継続できる場とは 山下香(甲南女子大学准教授、建築・まちづくり事務所状況設計室代表)
山下香(やました・かおり)
神戸市生まれ。一級建築士。フランス政府公認建築家。建築・まちづくり事務所状況設計室代表。甲南女子大学准教授。著書に、下町レトロに首っ丈の会『おかんアート──兵庫・長田おかんアート案内』(2018)、岡原正幸+荒井裕樹ほか『アート・ライフ・社会学──エンパワーするアートベース・リサーチ』(共著、晃洋書房、2020)、菅豊編『ヴァナキュラー・アートの民俗学』(共著、東京大学出版会、2024)など。
手芸が開く世界
セメダインといえば、2007年に「おかんアート」と呼ばれる手芸作品に出合って以来、「セメダイン工作用接着剤 工作用速乾クリア20ml」[fg.1]に大変お世話になっている。「おかんアート」とは、1967年頃から1986年頃にかけて流行した、タオルや貝殻といった身近な材料を用いて短時間で創作できる小物手芸[fg.2]である。現在も主に60代から80代の女性を中心として創作されており、作り方を教え合い、共に創作を楽しむ場が地域コミュニティや高齢者施設をはじめ全国に存在する。手芸をまったく嗜まない自分がここまで「おかんアート」に人生を開いてもらうとは思ってもいなかった。そして、木工用や工作用接着剤は、手芸を嗜めない自分を針と糸の世界から解放してくれる心強い存在であり、「おかんアート」にはなくてはならない材料といえる。
fig.1──梱包バンドの接着に必須の接着剤
提供=セメダイン株式会社
fig.2──梱包バンドを用いた犬
筆者撮影
自由なことこの上ない
生まれ育った神戸は1995年の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受け、震災後の神戸がアイデンティティをもう一度構築する時に何かしら役立ちたいという思いもあり、建築を学ぶため英国の大学に留学し、その後、フランスの大学院で都市計画を学んだ。フランスでは、自分の価値観に大きな影響を与えることになる「エスパス・デレセ(les espaces délaissés:放置された空間という意味)」という言葉に出会った。
「エスパス・デレセ」とは、高架下、河川敷、鉄道沿線といったところに放置された未利用の空間を指す[fg.3]。このような空間は自分が生まれ育った街にも存在していたが日本語で「それ」を表現する言葉がなかったことに改めて気づいた。パリでは「それ」が自由に、しかも勝手に占有、活用される事例を目の当たりにして、「何か知らんけど、自由なことこの上ないな」と感心したのであった。そして、日常生活のなかで場をこしらえていく人の営みに関心を持つようになった。
fig.3──パリ19区におけるエスパス・デレセ(les espaces délaissés)
筆者撮影
「おかんアート」との出合い
帰国後、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた地元である神戸市兵庫区に戻り、駄菓子屋を営む友人とともに「下町レトロに首っ丈の会」を立ち上げ、2005年から兵庫区・長田区で地域資源の発掘と発信を目的としたまちあるきツアーを始めた。2011年まで継続したツアーでは人が展開するさまざまな営みを知ることができたが、とりわけ、60代から80代の婦人が日常生活のなかでストイックに作品を創作していることには驚いた。そして、ツアーでの訪問先に飾られていた「おかんアート」を手がかりにして作家を発掘し、2009年より「おかんアート展」と題した展覧会を毎年1回開催するようになった。2022年には東京で開催し、神戸の作家たちによる1,000点余りの作品も展示され、キュレーションと会場設計を担当する機会を得た[fg.4]。
fig.4──2022年東京渋谷公園通りギャラリーにて開催した展覧会の様子
筆者撮影
趣味をきっかけとして個人が社会とつながる場——「おかんアート展」
現在、おかんアート展は70代から80代の作家6名[fg.5]と筆者らスタッフ3名が企画・実施している。2009 年から2017 年までの間、作家たちは手芸という趣味活動には関心を持っていたが、他の作家への関心や仲間意識は持たず、作品の展示・販売といった個人的な目的のために展覧会に参加していた。ひとつの活動場所に固定されることを嫌がる作家たちは、2018年に工事が中断した元中華料理店で展覧会を開催して以降、バレエ教室、市場といったさまざまな会場の制約条件のもとでレイアウトを考えるようになり、徐々に展覧会の企画・設営・撤収にも主体的に取り組むようになった[fg.6]。合同展では、他の手芸グループと交流し、展示方法の違いを通して自分たちの特色である「自由さ」を認識した。また、創作の喜びを伝える目的で活動する手芸グループと接することで、自分たちは他者に何かを伝えるという視点が欠けているのではないかと語るようになった。その結果、作家たちは「作品の展示・販売」という活動目的を、「おかんアート展の継続」「より面白い展示の実現」「つくる面白さを伝える」といった他者や社会をまなざす目的へと更新していった。そして、駅の展示スペースやコミュニティバスの車内での展示、公共施設における創作ワークショップの開催といったように、公共空間へと活動の場が広がり、個人の知識や技能を社会に開き始めるようになった[fg.7]。
筆者撮影
fig.6──工事が中断した元中華料理店で開催したおかんアート展の様子(2018)
筆者撮影
fig.7──コミュニティバスの車内でのおかんアート展示(2025)
筆者撮影
人の営みが継続できる場とは
「おかんアート展」では、作家たちが活動での課題に気づき、知識や技能を共有しながら乗り越え、活動目的を更新することで、2009年から現在まで集団として活動を継続してきた。一方、ツアーで訪問した個人商店や町工場の多くは、主(あるじ)の高齢化や環境の変化により現在閉業している。「下町レトロに首っ丈の会」を共に立ち上げた友人が営む駄菓子屋も、個人店ならではの魅力がある一方で、続けることの脆さを抱えている。地域愛が強い友人は、地域の交流空間として活用するため、駄菓子店に隣接する元洋裁店を2009年購入した。2019年に耐震改修および意匠設計を筆者が担当した時、友人のライフコースに応じて、駄菓子屋の継続を支援できる活用方法を検討し、設計した[fg.8]。(1)家族で駄菓子屋を営む場合は、元洋裁店は子どもの居場所として活用する、(2)友人が一人で駄菓子屋を営む場合は、駄菓子屋を手伝ってくれる人が元洋裁店で小商いできるようにする、(3)友人が駄菓子屋を営めない場合は、元洋裁店で家賃収入を得られるよう、2階にシャワーブースや洗面などの水回り設備を整える、という3種類のシナリオすべてに対応するため、建築面積が9.5㎡の狭小住宅にこれらを実現できる水回り設備を設置した。地域の交流空間としてだけでなく、小商いの場や体験型滞在施設としても活用できることは、小商いに関わる人が、将来的に駄菓子屋の次の担い手となりえる流れをつくることを意図している。この計画はコロナ禍で頓挫していたが、ここ最近、友人の駄菓子屋が地域にとってかけがえのない場であることを理解している人々が、個人の知識や技能を用いて元洋裁店を小商いの場として活用を始め、役者が揃い始めた感がある。
あの時、まちあるきツアーで感じていた人の営みの魅力と脆さを、個人が蓄積してきた知識や技能、そして集団として蓄積してきた活動という道具を駆使しながら、次の歴史をつくる資源へとつなぐ方法論をいよいよ探る時が来た、と胸を躍らせている。
fig.8──駄菓子屋と隣接する元洋裁店 (2020)
筆者撮影
紹介した製品
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工作用速乾クリア
山下さんが「おかんアート」で使用している接着剤の一つ[工作用速乾クリア]。 綺麗な透明タイプの接着剤で、シンナー系のような匂いも無く、布や木はもちろんのこと、PETボトルや牛乳パックまでもくっつけられる優れものです。
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