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建築用
2026年03月09日
「ドボク」を知れば、いつもの風景がもっと愛おしくなる(鈴木三馨:土木技術者)
撮影=山崎エリナ
鈴木三馨(すずき・みか)
横浜国立大学工学部建設学科卒業。博士(工学)。技術士(建設部門)。株式会社コムスエンジニアリング勤務。オフィスドボク代表。2024年より横浜国立大学非常勤講師。土木学会土木広報センター土木リテラシー促進グループでは、2018年に『土木偉人かるた』を企画・製作、2022年から土木をテーマとした初の弁論大会である全国土木弁論大会を企画・運営してきた。2023年から東京街歩きツアー「まいまい東京」のガイドとして、横浜で活躍した土木技術者がつくったインフラを愛でるツアーを行なっている。
いま、土木が注目されている
私が土木の門を叩いた1990年代後半、日本では世界に誇る「技術の金字塔」に耳目が集まっていた。1997年には「土木のアポロ計画」と呼ばれた東京湾アクアラインが開通し、翌1998年に開通した明石海峡大橋は当時世界一の支間長(1,991m)を記録した。それまで欧米の背中を追い続けてきた日本の土木技術がついに世界に通用するようになったと教わった。これから社会に出れば、新技術の先端に触れることができるだろうと、私は期待を胸に抱いていた。
いまはどうだろうか。2021年の和歌山県での水管橋崩落、2025年の埼玉県八潮市での道路陥没。高度経済成長期に一斉に整備されたインフラの老朽化が顕在化し、専門家たちが鳴らす「インフラ崩壊」への警鐘がいよいよ喫緊の課題となりつつある。新しい土木構造物への挑戦に胸を躍らせた時代から、いまあるインフラをいかに守り次世代に渡すかという時代へ局面が変わりつつある。
たしかに課題は山積みだが、この状況をたんなる「インフラの危機」として悲観するだけで終わらせたくない。そうした思いから、私は2020年から「土木酒場」というオンライン飲み会を主催してきた。あるとき、橋梁の専門家で一般向けの講演や街歩きガイドをしている土木酒場の仲間が、晴れやかにこう言った。「街歩きガイドはインフラの意義や関係者の思いを伝えることができる。土木技術者が一般の方と語り合えることは未来につながると思う」。インフラは当たり前に存在しているあいだは風景に溶け込み、意識されることはあまりない。危機に直面しているいまだからこそ、その「黒子」としての価値に、改めて光が当たっている。
土木のアポロ計画と呼ばれた東京湾アクアライン
写真提供=NEXCO東日本
土木とは? 土木技術者の志とはなんだろう?
そもそも「土木」とはなにを指すのか。辞書(『大辞林』第四版[三省堂、2019])を引くと、こう記されている。「道路・橋梁・鉄道・港湾・堤防・河川・上下水道など、あらゆる産業・経済・社会等人間生活の基盤となるインフラを造り、維持・整備してゆく活動」。
では、これらを手掛ける土木技術者は、どのような志をもつ専門家なのか。私の所属する土木学会が示した土木技術者の行動規範の冒頭の1~3を抜粋する。
1.(社会への貢献)公衆の安寧および社会の発展を常に念頭におき、専門的知識および経験を活用して、総合的見地から公共的諸課題を解決し、社会に貢献する。2.(自然および文明・文化の尊重)人類の生存と発展に不可欠な自然ならびに多様な文明および文化を尊重する。3.(社会安全と減災)専門家のみならず公衆としての視点を持ち、技術で実現できる範囲とその限界を社会と共有し、専門を超えた幅広い分野連携のもとに、公衆の生命および財産を守るために尽力する。
崇高な言葉が並ぶ。「スターバックスはコーヒーを売っているのではなく、体験を売っている」という有名な言葉がある。土木技術者に置き換えると、次のように言えると思う。「土木技術者はインフラをつくっているのではなく、未来をつくっている」。
バラエティ豊かな土木の人たち
辰野金吾、丹下健三、ル・コルビュジエが建築家であることは認知度が高いだろう。一方で、著名な土木技術者の名を挙げよと言われると、多くの人は言葉に詰まるのではないだろうか。インフラを支えてきたにもかかわらず、土木技術者は長らく「黒子」として語られてきた。
私がこの業界の「人の面白さ」に気づいたのは、2015年に土木学会の機関誌である土木学会誌の編集委員になったことがきっかけだった。委員会には全国から産官学の多種多様な土木技術者が集まる。議論の後の飲み会では、土木への情熱とユーモア溢れる裏話が無尽蔵に繰り広げられ、「土木技術者とは、これほどまでに雄弁で面白いのか!」と衝撃を受けた。
そこで、土木技術者が自らの存在を「黒子」から「語り手」へと変えるため2つの広報活動を土木学会で立ち上げた。ひとつは、「全国土木弁論大会」だ。弁論のプロフェッショナルの力を借りて開催するこの大会は、土木技術者自身が、自らの仕事への情熱や葛藤を言葉にする表現の舞台である。専門家だけでなく、だれもが参加し、ワクワクを共有できる語り場。ここから、未来をつくる土木の仲間たちがつながり、自分の仕事に誇りをもつ「いま」の語り手たちが次々と生まれている。もう一方は、「土木偉人かるた」だ。このかるたでは、日本の近代化が急速に進んだ明治期の日本の国土づくりに貢献した広井勇、青山士などの土木技術者を中心に、武田信玄、加藤清正などの戦国時代の武将や海外で著名なエンジニアたちの総計48人の土木偉人を紹介した。自ら語ることのできない、日本の礎を築いた「過去」の土木偉人たち。彼らの功績が忘れ去られないよう、かるたという遊びを通じて、私たちが彼らの情熱を現代に「代弁」するためのツールだ。「いま」の熱意を伝え、「過去」の意志をつなぐ。この両輪があることで、土木はたんなるインフラ整備から、人々の記憶に残る「物語」へと変わっていくのだと考えている。
全国土木弁論大会2025の競弁の様子
写真提供=土木学会
https://committees.jsce.or.jp/cprcenter02/taxonomy/term/11
土木偉人かるた
写真提供=土木学会
https://www.jsce.or.jp/publication/detail/detail.asp?id=3045
土木学会オープンキャンパスでの土木偉人かるたの体験会
写真提供=土木学会
水害から信濃平野を守ってきた大河津分水の旧洗堰(新潟県燕市)。信濃川大河津資料館には、工事に携わった青山士、宮本武之輔と2人の恩師の広井勇の3名の土木偉人がこの洗堰上に立つ写真が展示されており、日本の国土を創り上げてきた師弟の情熱のバトンをリアルに実感できる
以下、すべて筆者撮影
近代灯台の父・ブラントンの活動拠点は横浜だった
土木偉人かるたに登場する人物のひとりに、スコットランド出身のリチャード・ヘンリー・ブラントンがいる。明治期に日本に28基の近代灯台の設計や建設に携わり「近代灯台の父」と呼ばれる彼が活動拠点とした横浜には、いまもなお彼の手掛けた土木遺産が残されている。
横浜公園から港へ続く「日本大通り」。幅員36mという贅沢な広さは、景観上の演出だけではない。相次ぐ大火に悩まされた経験から、ブラントンが「防火帯」として設計したものだ。広い植樹帯の美しいイチョウ並木には、150年以上前の「都市を守るための意志」がいまもなお、深く息づいている。さらに、日本初の近代下水道を計画した際も、彼は理想と現実の板挟みになりながら、陶管による整備を成し遂げた。彼のバトンを継いだ三田善太郎たちが人口増加に対応するために行なった下水道改修工事により、ついにレンガ造りの卵形下水管を導入し、現在の美しい横浜の基盤を築き上げた。
日本初の多機能インフラとして誕生した日本大通り。ブラントンが設計したこの近代街路は、防火帯と下水道という機能を備え、いまも歴史的建造物が立ち並ぶ横浜の気品ある景観を支えている
横浜の外国人居留地に敷設された日本初の近代下水道に採用された卵形下水管。レンガを積んで造られたこの「卵形」は、水量が少ない時でも流速を保つ工夫が施されている
横浜の灯台発祥の地にある「洋式試験燈台」の基礎として使用された当時のレンガ。近代灯台の父ブラントンが横浜にいた証である
ドボク目線で解き明かす港町の横浜
人々の生活に意識されることがないほど溶け込んでいる「土木」をカタカナにして「ドボク」と呼ぶことにより、「ドボク」ってなんだろう?と一般の方に目を向けてもらう効果があると考えている。私は現在、こうした「ドボク」の魅力を伝えるため、横浜での街歩きツアーのガイド(まいまい東京)も行なっている。参加者のみなさんと一緒に歩くと、ふだん見慣れた景色がまったく違う顔を見せ始める。
横浜のシンボルといえば「横浜三塔」。キングの塔(神奈川県庁)、クイーンの塔(横浜税関)、そして内部に華やかなステンドグラスをもつジャックの塔(横浜市開港記念会館)。これら優美な建築物に魅了される一方で、本命はその「足元」。そこには、「卵形レンガ下水管」や、日本最古の「水道管」が遺構として大切に残されている。地上にそびえる華やかな「建築」と、地下で人々の営みを支え続ける「ドボク」。この両輪を知ることで、「なぜ横浜がこれほどまでに劇的な変貌を遂げ、発展できたのか」という物語が完成する。
最後に、ドボクの物語を紐解く、ちょっとした「視点のコツ」をお伝えしたい。
それは身近なインフラの素材の出自を想像してみることだ。このコンクリートの塊やレンガの壁は、だれが、いつ、なんの目的で築いたのか。そこには課題とそれを解決しようとした先人たちの情熱が刻まれている。
さらには、想像に留めないために、私自身、ひとりの「ドボク好き」としてほかの街歩きツアーに足を運ぶことも多い。プロの視点に触れ、同じ場所を見つめて「これ、すごいですね!」と共感し合える仲間と出会うたび、自分のなかの街の解像度がまた一段と上がるのを感じる。もしひとりで歩くのが心細かったり、なにから見ればいいか迷ったりするなら、ぜひツアーの扉を叩いてみてほしい。
ほかにも「見えないドボク」を探すのもおすすめだ。ただのコンクリートやレンガが、だれかの情熱の跡に見えてくる。足元のマンホールが、都市の健康を守るものに見えてくる。寝静まった夜に、インフラを更新するために夜間工事をしている作業員さんに「ありがとう」と言いたくなる。「ドボク」を知れば知るほど、あなたの住む街の風景は、きょうからもっと愛おしいものに変わるはずだ。
開港波止場から見た横浜三塔のクイーンの塔。開港波止場の地中には港町としての横浜の発展を支えた鉄軌道と転車台が展示されている
ジャックの塔のステンドグラスには、開港当時の横浜の交通の様子が描かれている
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