建築用 2022年03月25日

都市の流体と粘性に関するノート(建築家:笠置秀紀)

笠置秀紀

1975年東京生まれ。建築家。mi-ri meter共同主宰。「Interview about pedal」(2010)、「URBANING_U 都市の学校」(2017)、「清澄白河現在資料館」(2017)など、参加やリサーチをとおして、人々が都市に関わる「視点」や「空間」を提示している。

http://mi-ri.com/

■人々はぶつからない。

レストランでスノーボーダーの話が耳に入った。木々が生い茂るバックカントリーを滑り降りる人の話。調子のよい時は雪山の木々が、滑る自分を次々とよけてくれるように感じるのだとか。正確には「感じる」ではなく「よける」と言い切っていた。

スクランブル交差点
以下すべて筆者撮影

街でも人を避けきれない時がある。やけに人と流れが合わない日があったりして、バッグがかするくらいだけど、都市のフローに乗り切れない。

それにしても、なぜ街をゆく人々はぶつからずに歩けるのだろうか? スクランブル交差点を眺めながら、日常の小さなふるまいが集積した都市のありように驚く。よけていないように見えて、実際は高度な方向と速度の調整を行っている。

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■自転車に乗って

1時間以内の移動は自転車でしていた時期があった。幹線道路の車道を車と一緒に走る。
道行く車が空気抵抗を切り裂いた後ろを走ると、そこそこのスピードが出る。
私のレベルだとすこし車の密度が高いときがよい。そうすると身体の直ぐ側に高速で移動している鉄の塊が並行して走っている。都市の大きな流れに一体化するような感覚に陥ってしまう。

ふだん使いの自転車

東京の流れに乗る術は身につけていたけれど、オランダで自転車に乗った時は慣れるのに時間がかかった。なかなかリズムに乗れなかったというか。日本でいうママチャリに乗った婦人が華麗にハンドサインを出しながら時速30kmくらいは出しているように感じられる。

速度はともかく、曲がるためのライン、割り込むタイミングの言語が違う。それぞれの街にリズムやフローがあって、社会的な儀礼もそこには重なっている。

オランダの整備された自転車道。なかなかのスピード。

■地形の粘性

自転車のタイヤを通してアスファルトを触っている感覚になる時がある。アスファルトの粒一つひとつを撫でているよう。気温やタイヤの空気圧と自分の感覚が揃ったときなのだろうか? 自転車は都市を触るための感覚器官になる。

マウンテンバイカーたちからフロートレイルと呼ばれる山道が各地にある。現在では整備されたコースの特徴を表すが、もともとは天然の流れるような起伏のトレイルをさす。

近郊の里山や林道でもフロートレイル的な場所がある。歩いていると感じられない緩やかな起伏も、高速で走ることによって地面が波を打っているのがわかる。地面は動いているはずもないのに明らかに波だ。

雨や風のような流体が地形を削ったかのような。もしくは地殻そのものが流体で、長い時間を通して生じた波に触れているような感覚。地形はとてつもない粘性を持った流体ということがわかる。

山に限らず都市でも、自転車ではなく車でも、地面の波を感じる場所がある。

深夜の青梅街道を左折して西荻窪駅へ下る善福寺川までの坂。車のシートが体を上下に、ヘッドレストが前後に揺れていく。なるべく頭を揺らさないようにハンドルを握りながら、波を身体で受け止めるのが心地いい。

西荻窪の坂。あらためて訪れてみたが自転車では波がわからなかった。

井の頭の道。弁天様へ通じるかつての表参道。

井の頭にある仕事場の前の道は、ほんのり坂道でゆるやかなカーブを描く。ここはスクーターに乗る人が、気持ちよさそうに歌いながらドップラー効果をなびかせていく。古い道は歩く人が風と地形に導かれて生まれたように思えてならない。

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■グリッドに現れる道

メッセンジャーだった友人と都内を自転車で移動する。道の選び方がやはりマイナーで最短距離ではないけど早く着く。楽しく走れる道なので、早く着くように感じているだけかもしれない。

都市計画で生まれたグリッドの街路も、彼らが走ると偶発性に満ちたコースが浮かび上がる。
グリッド状の街を対角へ移動する場合、曲がる回数が一回でも何回でも距離は変わらない。しかし赤信号に引っかかると時間はかかる。だから青であれば直進、赤であれば曲がる、という走り方をする。信号で停まることはほとんどない。
規則的な街路と規則的な信号を掛け合わせる。そのコースは偶然のようでもあるし、規則のゲームのなかで遊んでいるだけかもしれない。

ただ、彼らを追うとあまりにもスムーズなので、あたかも必然のコースのようにも感じてしまう。俯瞰すればジグザグだろうが、信号に反応してスムーズにコーナリングするので、これもまた波のような曲線を描いていく。グリッドの中に一回性のワインディングロードが生まれて消える。

■都市の一部になること

都市のどこかを流れに乗って駆け抜けることが自分の実存をつなぎとめていた。あるいは都市の全体性に溶け込むことが、実存も必要としない享楽へとつないでいた。まったく普段は役に立たないのだけど、どことなく都市を語る時の背景にいつもこの体験がある。

地形ほどではないけれど、建物や道路の集積した都市もまた粘性が高い。いたるところに過去が吸着している。速度と流れは都市の時間の蓄積をあらわにし、見慣れない都市の姿を私たちに見せてくれる。

【了】

参考

- フローといえば心理学者のチクセントミハイが思い浮かぶ。遊びや仕事における主観的な最適な幸福状態をフロー体験として、楽しみや創造性のメカニズムを明らかにした。フロー体験のフローとここでいう都市のフローとは違う意味だが、地形と速度がフロー体験には大きく関わっている。

- スティーブン・コトラー『超人の秘密──エクストリームスポーツとフロー体験』(熊谷玲美訳、早川書房、2015)ではエクストリームスポーツのプレイヤーが感じる不思議な感覚・体験が多く記されている。サーファーの話など直接的な「波」に関するエピソードもある。

- 『スケートボーディング、空間、都市──身体と建築』(齋藤雅子ほか訳、新曜社、2006)の著者イアン・ボーデンは、その後ドライブを題材にした著書を発表している(『Drive: Journeys through Film, Cities and Landscapes』[Reaktion Books2012]日本語未訳)。

- Jeffrey L. Kidderによればバイクメッセンジャーは過酷な労働条件にもかかわらず現代社会の再帰性を免れているという(『Urban Flow: Bike Messengers and the City』[ILR Press2011])。理由のひとつにフロー体験を上げている。

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