建築用 2023年03月17日

森と都市をくっつける──循環型社会に向けた「都市木造」の可能性 (腰原幹雄:東京大学生産技術研究所教授)

腰原幹雄(こしはら・みきお)

1968年生まれ。東京大学生産技術研究所教授。NPO法人team Timberize理事。建築物の構造、工法について研究を行なう。特に木質構造学においては、伝統的建築物から既存の小規模木造建築の研究にとどまらず、鉄とコンクリートでつくられるのが一般的な日本の都市における建築物に木造という選択肢を加えるために、国内森林資源の有効活用を含めて、大規模木造建築「都市木造」の可能性を探る。
構造設計=《金沢エムビル》(2005)、《油津運河夢見橋》(2007)、《幕張メッセペデストリアンブリッジ》(2009)、《八幡浜市立日土小学校耐震改修》(2009)、《下馬の集合住宅》(2013)など。
著書=『都市木造のヴィジョンと技術』(共著、オーム社、2012)、『感覚と電卓でつくる現代木造住宅ガイド』(彰国社、2014)など。

「都市木造」から森と都市の共生を考える

「なぜ、都市に木造建築をつくるのか?」、2000(平成12)年の建築基準法改正からいろいろな人に訊かれる。最初のうちは、構造技術者として都市部の中高層の建物が、鉄筋コンクリートや鉄では建てることができるのに木で建てることができないのが癪だから、木で都市の建築が建てられることを技術的に示したいと説明していた。

しかし、この理由ではあまり協調してもらえなかった。最近、たどりついたこの問いに対する答えは、「その質問をしてもらうために都市に木造をつくる必要がある」である。「都市木造」があたりまえではないから、なぜかと訊かれるのであって、「都市木造」があたりまえになったらこうした問いを投げかけられることはなくなるだろう。

2010(平成22)年の「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」制定以降、公共建築物における木材の利用取り組みが始まり、公共建築物の木造率は、2010(平成22)年の8.3%から2019(令和元)年度には13.8%に上昇した。

一方で、民間建築物については、中高層建築物の木造率は低位にとどまっている。こうしたことを背景として2021(令和3)年に「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に変わるとともに法の対象が公共建築物から建築物一般に拡大した。

公布、施行された背景には、国内の森林資源の有効活用という観点が大きい。つねに森林と接している地域では、木材資源が十分に利用されていないという問題が身近に認識されており、地元林業と建設業が連携して地産地消を合言葉に戸建住宅だけでなく、庁舎建築や学校校舎などで木造建築を積極的に建設する取り組みがされてきた。

しかし、森林資源の豊かな地域と建設需要の高い地域は相反する関係にある。森林資源の豊かな地域がいくら地産地消をうたっても建設需要が追いつくはずがない。そこで、新たな木材需要としての都市型の木造建築「都市木造」の概念が必要となるのである。

森林には、表1のように物質生産としての木材生産だけでなく、生物多様性保全、地球環境保全、土砂災害防止/土壌保全、水源涵養、快適環境形成、保健・レクリエーション、文化機能、物質生産など多面的な機能があり、都市は森林からさまざまな恩恵を受けているのだが、身近に森林がないとこのことをつい忘れてしまう。

都市部に木造建築をつくることは、たんに快適な空間を提供するだけでなく、国内の森林資源の状況に関心をもって森と都市の共生を考える機会をもたらすことを意識する必要がある。

表1 森の機能 日本学術会議「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)」(平成13年11月)より作成

また、森林にはさまざまな樹木があることも忘れてはならない。

よく手入れをされた森林から伐採される真っすぐな丸太は、そのまま無垢の製材として建築に使うことができる。しかし、少し曲がった小曲材では、そのままでは建築には使いにくいため、一旦、単板や挽板に加工してから接着剤を用いて再構成した集成材、単板積層材(LVL)、合板、直交集成板(CLT)などの木質材料として建築に使用することになる。

また、枝分かれ材や虫食いなどの被害木もある。間伐材という言葉を一般の人も知るようになり、間伐材を積極的に使おうという動きも生まれた。しかし、本来は間伐材は高い価値をもつ主伐材を育てるために環境を調整する目的で伐採された結果であり、主伐材がより高い価値をもって売れてくれなければ意味がなくなってしまう。

無駄なく森林資源を活用すること自体はよいことであるが、過剰な間伐材信仰によって主伐材の需要が低下してしまっては、森林や木材産業のためになっているとはかぎらないのである。こうした、さまざまな森林資源を都市の中の建築にどのように結び付けていくかが建築関係者の課題になっている。

さまざまな森林資源 筆者提供

木造建築がさまざまな用途へと広がることで期待される循環型社会の実現

これまで木造建築といえば戸建木造住宅が主流であった。都市部でも3階建の木造住宅は早くから建設可能であった。しかし、今後の人口減少を考えると継続的な需要は望めない。非住宅建築への木材利用が模索されることになる。その結果、現在では、住宅と同じサイズの木材、技術を組み合わせることによって非住宅の大空間建築をつくりだすことができるようになっている。

和歌山県ドクターヘリ格納庫(設計=岡本設計、構造設計=KAP、和歌山県、2022)
住宅用流通製材を用いて大空間を実現

非住宅建築のなかでも最初に注目されたのが、学校校舎である。郊外では地元の木材を使用した地産地消による木造校舎が、空間、架構の魅力からも積極的に建設されてきた。2014(平成26)年の建築基準法の一部改正によって、郊外では、3階建ての木造校舎が準耐火建築物で建設可能になり、都市部でも耐火建築物として5階建ての木造校舎が誕生した。

有明西学園(設計=竹中・久米特定建設工事共同企業体、東京都、2018)
RC造+SRC造+S造+木構造の混合構造の5階建て校舎

都市といえばビルをイメージするが、木造ビルも実現可能である。

5階建ての《金沢エムビル》(石川県、2005)を皮切りに、地上11階高さ44.1mのオフィスビル《Port Plus》(神奈川県、2022)が現在の木造ビルの到達点であり、2028年には、高さ100mの木造オフィスビルも計画されている。

これまでアパートと呼ばれていた木造の集合住宅も一定の条件を満たすことでマンションとして登録、広告可能となり、5階建ての木造マンション《モクシオン稲城》(東京都、2011)が完成した。札幌では、上層4層が木造の11階建てのホテル《ザ ロイヤルパーク キャンバス 札幌大通公園》(北海道、2021)が、東京では12階建ての商業施設《HULIC & New GINZA 8》(東京都、2021)と、これまで木造では実現されていなかった用途の建物が次々と生まれている。

は、どのような用途、どのような規模の建物を木造で実現すると楽しい生活ができるか、街が豊かになるか、想像してみてほしい。

金沢エムビル(設計=Strayt Sheep(長村寛行)、構造設計=腰原幹雄+桐野康則、石川県、2005)
2000年の法改正後初となる木質ハイブリッド構造をもつ5階建て(1階のみRC造構造)のビル

Port Plus(設計施工=大林組、神奈川県、2022) 写真:大林組
純木造地上11階建ての研修施設。現在の木造ビルの到達点といえる

モクシオン稲城(デザインアーキテクト=アーキヴィジョン広谷スタジオ、設計施工=三井ホーム、東京都、2021) 写真:三井ホーム
ツーバイフォー工法による5階建て(1階のみRC造構造)の木造マンション

こうした「都市木造」は、森林の恩恵を受けている都市部での森林資源の新たな需要となり、木の循環の一部となる。木材の中に二酸化炭素のもととなる炭素が固定されており、木造建築の中で木の姿をとどめているあいだは炭素貯蔵という点において第2の森林、都市の森林と考えることもできる。

近い将来には「都市木造」の街並みも夢ではなくなっており、森と都市の結びつき、共生が環境負荷の小さい循環型社会を実現する可能性をもっている。

都市木造の街並のイメージ CG:team Timberize

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