建築用 2022年03月28日

異なるままでくっつける(建築家:榮家志保+堀越優希)

榮家志保
1986年生まれ。建築家。2019年、EIKA studio主宰。大西麻貴+百田有希 / o+hパートナー。関東学院大学非常勤講師。《秋本邸》(2020)など。
http://eikastudio.jp

堀越優希
1985年生まれ。建築家。2019年、YHAD主宰。HHA5デザインパートナー。東京藝術大学教育研究助手、芝浦工業大学非常勤講師。
http://yukihorikoshi.com

■マーブルのような接着

「蔵前という街は、新しく来た人と昔からいる人が混在しているけれどどこか交わっていない、マーブル状なんです。」

今回私たちがお話しようと思っている小さなビルのクライアントが、ぽつりとこぼしていた言葉です。彼は、どちらかというと少しネガティブな意味で、両者が交わらない今の状況を表現しており、それらの間に立つようにして建物をつくりたいと語っていました。

当初、私たちは両者がともに使える場所や、視覚的にあいまいな境界といった、実際に空間が交わるようなことを考えていました。

しかし、プロジェクトを進め、これからこの地に身を置こうとするクライアントの真剣な悩みを聞いていくうちに、単に混ぜ合わせるのではなく、それぞれの状態を保持したまま、どのようにして緊密な関係をつくりだすかということが大事だとわかってきました。

今回、「くっつける」というテーマをもらったときに、最初はネガティブな意味に感じられていたマーブルという言葉に光明が見えてきました。

接着剤を使ってくっつけるとき、2つの異なるものにぐっと圧力をかけて押し付け合います。適切な圧力をかけることで、接着剤が2つの材の間を変形しながら埋めてゆき、ぴったりと合わさります。

異なるかたち、性質のものどうしが、いろいろな力を受けて互いに変形しながらもぴったりと合わさるというのは、拡大してみればマーブルのような状態ともいえます。

筆者作成

■蔵前というまちの小(こ)ビル

2020年、コロナ禍の始まりと並走するタイミングで、小規模なコンペからこのプロジェクトが始まりました。クライアントは事務所を構えたばかりの私たちとまったくの同世代だったので、約2年の間、ざっくばらんで濃密な打ち合わせを続けていくことができました。

クライアントはカメラマンをされており、一般にも貸し出し可能な写真スタジオを建物のメインとし、そのスタジオ上部に事務所、12階はテナントという機能が求められました。

はじめに私たちが注目したのは、蔵前に数多くある個人所有の小さなビルたちです。こうしたビルは、タイルのような一つひとつが異なる個性的な素材が使われており、職住一体的な用途も多く、それぞれが固有の気配をまとっています。その一方で、大通り沿いや一部の街区には大きなマンションやホテルなどの建設が進み、街並みは激しいギャップを抱えています。

固有の気配をまとう蔵前の建物たち
筆者撮影

今回の敷地は、間口の狭い新築のワンルームマンションと、事務所兼用住宅の小さなビルに挟まれ、背後には地域の歴史に名を残すお寺が接しています。3つの異なる時代に囲まれた、地域の歴史を象徴するような立地です。

そして驚いたことに、このお寺には手入れの行き届いた素敵な裏庭があったのです。プロジェクトの開始後、敷地が更地になったことではじめてその存在がまちに姿を現しました。

このお庭を管理されている奥様とお話していくなかで、新しい建物が大きな壁となってしまうのではなく、この開かれた状態を残していきたいという提案を快く受け入れてもらうことができました。

通りからもお寺の庭が感じられる計画
筆者作成

メインとなる撮影スタジオは、その特性上ある程度大きな空間が必要となります。とはいえ閉じた大きな塊ができてしまっては、街並みにあらたなギャップを生み出してしまうことになります。広くはない敷地の中で、上下に移動する動線と、この大きなヴォリュームの存在を最初の手がかりに、設計を進めていくことになりました。

スタジオとまちの関係を考えたコンペ時のイメージスケッチ
筆者作成

■悩みの集合が整えるかたち

プロジェクトを進めていくうちに、いろんな人の立場からこのビルについて考えを巡らせていくこととなります。ビルオーナーとしての目線はもちろん、ビルを掃除する人、テナントとして借りる人、そこで働く人、訪れるお客さん、近所に住まう人、街歩きする人など、たくさんの立場からの切実な悩みが浮かび上がってきます。それらに対して一つひとつ向き合って折り合いをつけるように設計を進めました。そうすることで、そこには特別な形が現れてくるように思います。

いくつか事例をご紹介します。

1. 閉じたいけれど開きたいという悩み

撮影スタジオに必要とされる幅や奥行を確保するため、通常は建物の脇や奥に設けられるエレベーターや階段を建物の前面に配置しました。しかし、テナントが入る12階については道路に対してオープンにする必要があります。一方で、3階はスタジオを利用するさまざまな人が出入りするため、外からはあまり見られないような工夫が求められました。そこで、3階付近から上部には目隠しとなる壁を設けつつ、12階を縦断する倉庫のような大きな入り口をつくりました。目隠し壁には窓や隙間をつくったので、閉ざされているけれど、まちの様子が伺えます。通りから見ると、ビルの正面にはガラスが一切なく、隙間から人の動きがちらちらと見える特徴的な顔をもつビルになりました。

中と外が見え隠れする目隠し壁
筆者撮影

2. 普遍的にしたいけれど差別化したいという悩み

スタジオには、リノベーションが多い個性を重視したハウススタジオと、プレーンな空間の白ホリゾントと呼ばれるタイプがあります。今回のスタジオは新築の強みを生かしてリノベーションでは実現できない高さを確保しました。そして、お寺の庭に接しているロケーションを利用し、人工照明だけでなく、自然光が入る大きく印象的な窓をつくりました。窓には隠し扉を設けたので、白ホリゾント寄りにも使うことができます。

設計当初、ハウススタジオと白ホリゾントとの間、というイメージがあったものの、それが一体どういうものなのか、クライアントも私たちもわかりませんでした。公園で原寸を地面に描いてみたり、近所の体育館へ行って壁の高さや窓の大きさを検証してみたり、模型やCGで光のシミュレーションなどの試行錯誤を繰り返し、この場所ならではの特徴をもったスタジオの形を選びとっていきました。

大きな窓のあるスタジオ
筆者撮影

3. 素材と予算の悩み

ビルの外観には手仕事的な素材を使いたいという思いがある一方、予算のことも考えなければなりません。そこでなにかひとつの素材に絞るのではなく、場所ごとに一つひとつ素材を選んでいくことにしました。ビル全体としては、近隣の新しい住宅やマンションと連動するようなパネル材やサイディングを使用しつつ、そのなかから特徴的な素材が漏れ出てくるような印象をつくれないかと考えました。

まず、このビルに訪れる人が必ず体験する階段を特別な場所と考えて、特注のタイルを使用することとしました。手仕事の跡が見えるタイルは、通りから見たときに近づきたくなるような印象をつくりだしてくれます。クライアントと一緒に工場へ行き、製造者と直接話しをして、素材や質感を考えました。

前面に来る目隠し壁は、セメントの素材感がたくましい印象を与えてくれる押出成形セメント板を使用しました。そのほかのパネル材は吹付でなくローラー塗装を採用したことで、職人さんによる渾身の塗装面に仕上がっており、ここにも少し手仕事の柔らかさが感じられます。

一見するとすべてがばらばらのようですが、周囲の街並みと連動するように、粘り強く形と素材の調整を続けていきました。結果として、もとからそこにある建物と新しくできた建物が合わさったような、まちの隙間に入り込む表情を生みだせたのではないかと思います。

まちなみに見え隠れするタイル
筆者撮影

足場がはずれたときの外観
筆者撮影

■異なるものを引き寄せる佇まい

つい先日、建物の仮囲いがはずれ、通りに現れた建物の外観がまさしくマーブルのような状態でした。大きな開口やガラスのないこのビルの顔は、通りから見るとまるで舞台のようにも見え、通りを歩くと意識が引き寄せられる魅力を持っています。タイル壁の階段に入ると、洞窟から覗くようにまちの景色が切り取られちらちらと見えてきます。

それは、異なるもののどちらかに与するのでもなく、なんとか関係づけようとするクライアントの姿勢そのものが、固有の気配としてビルの表情に現れてきているのだと感じます。

【了】

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