2019年10月01日モノづくり

構造家 江尻憲泰氏に聞く「構造建築と接着剤の未来」

虫展について

2019年、虫たちの多様な構造・習性・質感などから着想を得た作品を展示する「虫展 -デザインのお手本-」が2019年7月19日より、21_21 DESIGN SIGHT(東京都港区赤坂)にてスタートした。

著名なデザイナーや建築家、構造家が様々な虫の生態を参考に作品を展示する同展覧会にて、隈研吾氏(隈研吾建築都市設計事務所)と共同作品を発表している構造家、江尻憲泰氏(江尻建築構造設計事務所)に話を伺った。

今回の「トビケラの巣」をモチーフにしたオブジェは、700もの球状の発泡スチロールボールボイドを組合せて作られている。球状の発泡スチロールを貼り合わせて巨大な巣を表現した。(イメージ写真)

スーパーX採用の理由

マンションなど集合住宅において、高い遮音性と室内空間確保を実現する工法として広く知られる「ボイドスラブ工法」の生みの親でもある江尻氏の作品には、たびたび発泡スチロールが登場しているが、今回の制作にあたっては、素材そのものの「軽さ」を損なわず、球同士を組合せるには接着接合が必須であった。発泡スチロールを溶かさず接着でき、かつ長期の屋外展示にも耐える性質、素材同士の誤差を厚みによってカバーできる「充てん性」を兼ね備えた接着剤として、弊社の多用途弾性接着剤「スーパーX」が採用されている。事前の強度試験では、50kgの荷重でもはがれることがなく、力をかけて剥がした場合、先に発泡スチロール部分が破壊した状態だったことが採用の決め手になったという。
リング同士をつなぐジョイント部分にはネオジム磁石も使用されているが、発泡スチロールとネオジム磁石の接着でもスーパーXの多用途性が活躍した。

球状の発泡スチロールをスーパーXで張り合わせて巨大なリングを作っていく

新技術・新素材

木材より高耐久な「竹」や、3Dプリンターで出力する高強度な部材など、新たな素材の導入にも積極的に取り組む江尻氏であるが、2015年に隈研吾氏と共に手掛けた、小松精練株式会社のラボ「fa-bo」(石川県能美市)は炭素繊維を建築に活用した新たな試みだ。同社開発の炭素繊維素材(カーボンロッド)「CABKOMA」を耐震補強材に用い、建物を覆うようにCABKOMAがカーテン状に張られている。鉄骨のブレースよりも軽やかで、意匠性に富み、安心と美観性を両立させている。

「fa-bo」外装(提供:江尻建築構造設計事務所)

CABKOMAと冶具はウレタン系接着剤で固定されている

現在は「補強用建材」という位置づけだが、その耐久性や柔軟性、現場での作業を簡便にする軽さは、新たな建築素材としての可能性を秘めている。建物に負荷をかけず補強ができる点から、善光寺の耐震補強にも同素材が採用された。

重要文化財の保護において、数百年前の建築技術だけでその建造物を維持し続けることには限界があり、こうした文化財を更に数百年引き継いでいくためには、現代の最新建築技術による補強が欠かせない。

数百年前当時の最新技術を学び、現代の最新技術とうまく組み合わせることが重要になると江尻氏は語る

また、注目しているキーワードの1つが「可逆性」だ。
文化財の補修・補強では、建材保護の観点から、可逆性を伴わない接着剤は使用が認められていないが、後から剥がせる接着技術があれば、使用できる補強材や工法など耐震補強の形が変わってくる。こうした痕跡は、未来では、「21世紀の耐震補強技術」のヒントとして残り、次世代の建築技術の礎になっていく。

接着剤の可能性

新たな素材や工法を積極的に採用している江尻氏であるが、そうした新素材を今後「建材」として普及させるための課題のひとつが「接合部」だという。

実際、先で述べたカーボンロッド「CABKOMA」と冶具の接合でも、部分的に弊社のウレタン系接着剤が使用されているが、日本の建築構造全体においては接着剤の実績は多くない。
建築士にとって、接着剤に対する信用は溶接ほど高くないのが現状だ。

接着剤は溶接のように使用の基準や制度が定められておらず、作業の詳細を細かく指定できないため性能にバラツキが起こりやすいとされ、また、新築住宅では接着剤によるアンカー施工が認められていないなど、法律上で制限されている部分が多い。

航空機や自動車など他の構造物では既に接着剤の採用が増えており、建築構造への採用も今後見込めるはずだが、そのためには、現場での接着剤使用に関する管理方法の確立と、法制度の整備が必要になる。

「19世紀はリベット、20世紀は溶接の時代でした。21世紀は接着接合の時代になると考えています。」

注目している素材は「竹」。日本では認定されていないが、アジアでは一般的な建材なのだそうだ。

こうした課題がクリアされ採用がすすめば、接着接合は現場に数々のメリットをもたらす。施工そのものが簡易になるだけでなく、接合部にかかる負担やストレスを軽減できるほか、接合部に機能をもたせることができるのだ。接着剤による「面接合」は応力を分散させ、構造物への負荷を軽減できるほか、素材の間に接着剤が挟まることで熱伝導を緩和させたり、接合部に生じる熱歪み(ヒートブリッジ)にも追従することができる。また、接合時に溶接のような火花が生じない所謂「火ナシ工法」が可能なため、現場での火災のリスクが低減される。各素材への接着性が確認されていれば、新素材も接着剤で留めることができ、採用事例が増えるだろう。

江尻氏もまた建築業界の進化のために、新素材・工法に積極的に取り組む一人であり、日本発の建築技術の発展のカギとして接着接合に大いに期待を寄せている。
建築士が設計図に使用接着剤を指定して書きこむ未来も近いかもしれない。


江尻憲泰(えじりのりひろ)
構造建築家。1962年東京都生まれ。1988年千葉大学大学院修士課程修了。青木繁研究室を経て、1996年に江尻建築構造設計事務所を設立。長岡造形大学 建築・環境デザイン学科 教授

主な構造設計作品:
「アオーレ長岡」(隈研吾、2013年、BCS、日本免震構造協会賞)
長岡市子育ての駅千秋「てくてく」(山下秀之、2010年、日本建築家協会賞・日本建築学会作品賞)
「Shanghai Gallery Project(FTFE膜構造パビリオン)」(隈研吾、2010年)
「Water Branch House(水ブロック造パビリオン)」(隈研吾、2008年)
「三宿の集合住宅」(北山恒、2007年)

著書:
世界で一番やさしい建築構造 (エクスナレッジ、2008年)
ゼロからはじめる建築知識 6 建築構造 (エクスナレッジ、2010年) 等

江尻建築構造設計事務所:
http://www2u.biglobe.ne.jp/~ejiri/index_ja.html


虫展 -デザインのお手本-

会期:2019年7月19日(金)~11月4日(月・祝)
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2
公式サイト:http://www.2121designsight.jp/


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