建築用 2022年11月18日

自分ごと化する都市の河川(石井秀幸:ランドスケープアーキテクト)

ノミガワスタジオ共同運営。写真左から石井秀幸+大地、野田亜木子、アベケイスケ(撮影=オカダタカオ)

石井秀幸(いしい・ひでゆき)

1979年東京生まれ。2013年株式会社スタジオテラ設立。2015年より、パートナーの野田亜木子と共同運営。登録ランドスケープアーキテクト。一級造園施工管理技士。自然再生士。雨水活用施設設計士。「終わらない場づくり」「自分ごと化する場づくり」を掲げ、人の原風景づくりに取り組んでいる。ランドスケープデザインを軸足においた設計活動およびプロジェクトディレクションを全国で行っている。「町田薬師池公園西園四季彩の杜ウエルカムゲート」にて造園学会賞(作品部門)を受賞、石巻・川の上プロジェクト、「能作新工場・社屋」、「那須塩原市図書館みるる+駅前広場」、「さいき城山さくらホール周辺地区」にてグッドデザイン賞を受賞、近作は「大阪中之島美術館」、「リーフコートプラス」など。
https://studio-terra.jp/


都市の際空間と向き合う

都市の河川空間は、いつか設計をしてみたい場所のひとつだ。川沿いを歩くと、空への抜けによって生まれる解放感や、周囲から吹き込む微風が、心地よく感じる。木々や川底に目をやると、鳥や魚などの生き物たちが身を寄せる住処になっている。このように河川は、人と自然をつなぐ貴重な場所である。一方で、まちを分断してしまうような強い境界性を感じることもある。このコラムを通して、都市を流れる河川と人の関わりの可能性について深掘りしてみたいと思う。

写真1──大田区池上を羽田空港方向に流れる「呑川」。周辺の余白がもたらす解放感。流れが緩やかなため、川底が水鏡のようになり美しい夕空を写し込む

写真2──大田区池上・養源寺の大木に、川を遡上するボラを狙うアオサギとダイサギの群が集う(撮影=アベケイスケ)

際をフィールドワークする

私の住まいと事務所がある大田区池上には、久ヶ原台と荏原台という2つの台地に挟まれた中央に、「呑川(のみかわ)」★1というコンクリート3面張りの都市河川が流れている。一説によると名の由来は、武蔵野台地を「延び」て流れる川の「ノビ」が「ノミ」と読み変わり、名付けられたそうだ。

今回はこのコラムにあたり、20227月にフィールドワークを行った。専門が異なる人同士の視点で川を見ることで、川の多様な位置づけや可能性が炙り出されると考え、ボランティア団体の呑川の会★2のみなさんにガイドを依頼し、ランドスケープアーキテクト、編集者、雨水活用のNPOメンバー、アーティストという面々で巡った。ルートは、東京工業大学大岡山キャンパスの脇にある九品仏川開渠から東京湾までの約10kmで、同大学敷地内の暗渠や、旧呑川の緑道を含むものだった。このフィールドワークで、河川という都市の境界であり際である場所をじっくりと散策し、河川空間だからこその可能性がさまざま見えてきた。

写真3──2022.7.24に開催した、「リンリン呑川ツアー」。川の流れに沿いながらゆったりと電動自転車を漕ぐ体験は、なかなか心地が良い(以下撮影=筆者)

写真4──自転車フィールドワークで辿った場所(カシミール3Dスーパー地形図に筆者加筆)

奇跡的な存在、呑川

まずツアーのはじめに教えていただいたことは、呑川は「奇跡の川」だということだった。かつて、都市にある河川は、下水が流れ込み悪臭を放ち、関東大震災後や戦後は瓦礫の捨て場となり、大雨の日は増水し、疎まれる存在だった。だからこそ、1960年代に東京都全体で暗渠を増やす計画「36答申★3」が知らされた際、都民は大喜びしたそうだ。しかしその後、全区間での整備は頓挫し、呑川は覆蓋化されずに済んだ。もし当初の予定通り東京で大半の河川が覆蓋化されていたら、都心から水辺が消え、周囲の風景は今とはまったく異なるものになっていたことだろう(少なくともこのコラムの内容は、別のものになっている)。計画が頓挫されたことで、冒頭の風景[写真1]が奇跡的に見られるのである。ただ、汚い川に対するそれら過去の出来事が今も人々の深層心理に濃く残っているためか、街並みは川辺に背を向けたり、対岸との境界を強めたままで、川との関係を避けているようにも見える。

そこで、呑川に対して開いていたり、人が滞留できるような集い空間をつくるなど、呑川と関係性を持とうとしている場所に着目して、フィールドワークを行うこととした。その結果見えてきたことのひとつは、呑川の上流には、児童公園が多く見られたことである。蛇行していた川が直線に整備されたことで生まれた空間のようだ。一様に見えても、並木や花壇の有無、手すりの装飾、川床の設えなどが上流・中流・下流で異なっているのも興味深い。呑川の会のみなさんによると、各所の役割が異なる点と、呑川の管理事務所が3つに分かれていていることが理由だという。川と人との関わりの点では、下流には船の寄り付き場があるなど、上流よりも川との距離が近い様子が印象的だった。しかし一方では、災害時の浸水対策として人の背丈を超える壁が連なっている場所もある。このように、呑川沿いには人と川の多様な関係性を見ることができる。

写真5──上流の風景。川に面した児童公園が多く見られ、地域の憩いの場となっている

写真6──下流の風景。浸水対策の壁が連なる

写真7──下流の風景。海に繋がるため川幅が広くなり、水位が上がる

河川と接点を持った場所の、空間とアクティビティを学ぶ

ここで、フィールドワークで学んだ呑川とまちの関係性から、具体的な空間のアクティビティを見ていきたい。

①引きをつくり、木陰と溜まり空間をつくる

大田区池上の台地には、日蓮宗の大本山である池上本門寺が鎮座している。台地のふもとにも複数のお寺が連なっていて、そのひとつに養源寺がある。ここでは、春の花まつり、紫陽花まつり、盆踊りと、檀家さんに限らず、まちに開かれたイベントが開催されている。

またイベントだけではなく、呑川に対しては、ハード面でも開かれている。おそらく増水などの災害対策として、境内と本堂が道路よりも1m程高くなっているが、その高低差を解消する擁壁は、敷地の内側に2.5mほどセットバックし、境内の外周部に小さな溜まりを設けている。そこは、木陰下の休息スペースにもなっていて、行き交う人の休息や交流の場として利用されている。いつもイベントに多くの人が集まるのは、日常からこのような関わりしろがあることも影響しているように思う。境内の中からは、川底を直接見渡すことはできないものの、休息している人、散歩している人の振る舞いを通じて、間接的に呑川の存在を感じることができる。境内と川辺空間との境界には低い壁と緑が植えられているだけで、じつにオープンで領域が曖昧だ。

写真8──養源寺周辺の溜まり空間と木陰をつくるソメイヨシノ

②まちに開かれた縁側空間をつくる

2020年、日替わりでパティシエが変わるスイーツショップ「ノミガワスイーツ」が呑川沿いに開店した。建物の1階にはカフェとキッチンがあり、2階には運営事務所が入っている。それまでは、ブロック塀に囲まれた閉じられた住宅であったが、リノベーションで呑川沿いに縁側空間が設けられ、屋内の賑わいが滲み出て、まちの新しい名所となっている。

呑川に架けられている多くの橋は、橋桁(橋脚の上に架け渡して橋板を支える材)がある構造だ。そのため、橋の高さが周囲の道路よりも高くなり、道路との接点に傾斜(7%程度)が生じる。呑川沿いを散策しているとアップダウンが繰り返し訪れるのは、特徴的な体験のひとつだが、今回のような自転車でのフィールドワークでは、なかなか身体にこたえた(ランニングやペットの散歩程度の距離なら最適とも言える)。

一方ノミガワスイーツでは、この傾斜路が呑川と縁側・エントランスの間に程よい距離感を生みだしている。傾斜をスッと下った先にある縁側に気兼ねなく溜まりやすい空気感がつくられていて、開店前に縁側で休息とる人も見られる。養源寺の事例と同様に、呑川沿いに人の拠り所を設えることで、まちとお店にとって賑わいの相乗効果が生まれているように思う。

写真9──ノミガワスイーツの縁側空間 https://n-sweets.com/

③内外が地続きとなる土間空間をつくる

私たちスタジオテラの事務所も、呑川に面した場所にある。池上本門寺の参道に近い閑静な場所で、養源寺とノミガワスイーツのちょうど中間付近にあたる。また、2022年よりデザイナーのアベケイスケ氏(Baobab Design Company)とともにイベント&ギャラリースペース「ノミガワスタジオ」を共同運営している。毎週金・土曜日の午後は、事務所1階の一部を開放し、小さな書店が集まり共同運営するシェア型本屋を開く。これをきっかけに、まちに開かれた場づくりや自分ごと化する場づくりの実践と学びの場となっている。

こうしてまちに開いていると、ほかの曜日でもまちとのつながりができるようになった。ある日の平日、蜘蛛の巣や鳥のフンなどの汚れが増えてしまった欄干の掃除をはじめたところ、次々と地域の方々が参加してくれたことがある。その光景はとても印象的で、常日頃からまちの人々と関わりを持つ重要性と可能性を学んだ瞬間だった。

また呑川と事務所1階の床レベルの関係にもポイントがある。1階の床は増水時の浸水対策のため道路よりも450mm程度高くなっていて、17%程度のきつい勾配の土間空間が内外をつないでいる。この引きと勾配のある土間があることで、子どもたちも大人たちも座り込んだり寝転んだりと、佇むための拠り所となっている。中で椅子に座っていると、通りを歩く人と目線が同じくらいになって(着座時の視点高さ1100+高低差4501550mm)、互いに親近感が生まれたり、欄干が視界を遮らず解放的な気持ちになる。災害対策が起因となってできたこの土間空間は、特別な体験と振る舞いをもたらし、それが場の固有性を生みだしているようにも思う。

写真10──地域のみなさんとアベさん、事務所メンバーで行った欄干掃除。ちょうど小学校からの帰宅時間だったので、子どもたちと会話しながら作業した

Baobab Design Company: https://baobab-dc.com

ブックスタジオ:https://bookstudio.storeinfo.jp/

写真11──ノミガワスタジオで行った朝市。こどもから大人まで思い思いに過ごす

④河川空間の上を上手に使う

最後に、毎年5月に行われている鯉のぼりイベントを紹介したい。主催は、今回の呑川フィールドワーク(リンリンツアー)をガイドしてくださった呑川の会のみなさんだ。河川の利用許可申請を行い、小学生が製作した鯉のぼりを掛けている。河川空間に流れる風と視線の抜けを最大限活かした素晴らしいイベントだ。来年の2023年は、私たちノミガワスタジオもお手伝いする予定をしている。

写真12──川の会が主催する鯉のぼりイベント。風を可視化するアート作品のようでもある

河川空間、とりわけコンクリート3面張りの河川は、動植物や人の拠り所をつくる視点に立つとまだまだやりようがあるように思う。それらをつくる役割を担うのは、行政や私たち設計者なのかもしれないが、今回のフィールドワークを通して再認識したことは、周囲のまちの人々の取り組み次第で、河川空間やその周辺環境は今すぐにでも魅力的にできるということだ。

場の持つ潜在的な魅力を見つめ直し、公私の隔たりなく、自分ごと化した場づくりを行うと、河川空間は単なる都市の際という存在から、庭のような奏でたくなる対象になるのだと思う。


1──正式名称は、「のみかわ」だが、地元では「のみがわ」と呼ばれている。

2──呑川の会(http://nomigawanokai.net/)。

★3── 1961(昭和36)年、東京都市計画河川下水道調査特別部会において、河川を下水道幹線として整備し、舟運上など特に必要な部分を除き覆蓋化する計画が進められていた。

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