建築用 2022年04月01日

⽔やりの⽣態系(石川初:大学教授)

石川初

1964年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。著書=『ランドスケール・ブック──地上へのまなざし』(LIXIL出版、2012)、『今和次郎「日本の民家」再訪』(共著、平凡社、2012)、『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い──歩くこと、見つけること、育てること』(LIXIL出版、2018)ほか。

http://hajimelab.net/

■鉢植えの外の都市

前回の文章の末尾に「私たちはアウトドアウェアに着替えてデッキの外へ下りていくかもしれない。そこでは『都市の際』は私たち自身が身に帯びるものになる」と書いた。

都市の外の「自然」、特に私たちの快適な日常からかけ離れた環境へと出かけるとき、私たちはゴアテックスの上着に身を包む★1。それは、身の回りにいわば小さな都市をまとわりつかせて出てゆくようなものだ。

森林や荒野に設営したテントの内部は携帯してきた小さな都市の環境であり、テントの布は都市の際を作っている。テントや上着や靴は「自然」と私たちの身体との間を隔絶し、私たちが持ち出した都市の環境を充電したバッテリーのようにしばらくの間保持してくれる。
バッテリーが切れ、都市的な環境を保持できなくなると私たちは「自然」から引き上げて都市に戻ってくる。

森に張ったテントのように局所的に生存環境を作ってそれを異なる環境に置くという行為を、私たちは他の生き物に対してもする。

たとえば鉢植えである。鉢植えは、プラスチックや陶器などの容器に土を入れて植物を生やし、人の手元に置くものである。森のテントも鉢植えも、周囲から切り離された独立環境をつくっている点で同様だが、人がどちら側にいるかという点では反転している。

鉢植えの場合、都市は植木鉢の外にある。植木鉢は土や水や植物を保持し、外に溢れ出ないように閉じ込めている。そのため、植木鉢は植物を生やす環境を維持することができ、その植物はしばらくの間だけ生きることができ、私たちは鉢植えをどこにでも置くことができる。

「しばらくの間だけ」というのは、鉢植えがつくる植物の生育環境は短期間しか保持されないからである。植木鉢の中の土が保てる水や養分は限られている。特にすぐに失われるのは水である。
植物は土の中の根から水を吸い上げている。鉢植えを置いて、そのまま何もしないと土が乾いて植物は枯れてしまう。草花や野菜などを少しでも育てた経験があればよくおわかりだろうが、鉢植えの維持管理において最も頻繁に手間がかかる作業は水やりである。

土と水を保持するために、植木鉢は水を入れる容器に似た形状をしている。違う点は底に水抜き穴があいていることだ。
水が溜まると植物の根が呼吸できずに枯れてしまうからである。鉢植えには、土が乾かないように定期的に水やりをし、しかし鉢に溜まらないように排水しなければならない。

つまり、植物を土を介した水の循環の中に居させる必要がある。なぜかというと、森や野では雨がそのように降り、土がそのように水を流すからであり、植物がそれに適応しているからだ。
長く育てる場合、水のほかにも肥料を施したり土を入れ替えたりといった世話も必要である。そういう作業によって、植木鉢の中に限定されない生態系・物質循環系のような環境に似せることで、植物が森や野にいるように思い込ませているわけだ。

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■路地と庭のあいだにあるもの

植物を鉢に植えて育てる文化の起源はとても古く、紀元前5から4世紀に作られた壺に描かれたギリシャ神話の絵に登場するという。

日本では、江戸時代に江戸や大阪などの都市部で庶民に鉢植えの園芸が楽しまれていたことが知られているが、現代の都市部で広く鉢植えの園芸が普及した背景には高度経済成長期の急速な都市化がある。田嶋リサは『鉢植えと人間』のなかで「現代社会における鉢植えが、庭を持たない生活環境で暮らす人々に、庭に代わって植物を提供している」と指摘している★2

密集住宅地の細街路、いわゆる「下町の路地」にはたしかに鉢植えが溢れかえって、下手な庭よりも濃密なランドスケープを作っていることがあるが、鉢植え園芸は集合住宅のベランダなどでもよく行われている。figs. 1, 2は、私の自宅近くのマンションの前で見かけた光景である。修繕工事のために、各戸のベランダの鉢植えを退けておく必要があったらしく、入り口の横に棚状の仮置き場が設けられて住民の鉢植えが植木市のように並べられ、立体庭園のような、ちょっとした眺めであった。

figs. 1, 2──マンション前にできた立体庭園
ともに筆者撮影

■水やりにあって片付けにないもの

2021年の夏、このような鉢植えの風景をモチーフにしたユニークな仮設建築物があらわれた。
東京オリンピック・パラリンピックの開催にあわせて企画された、アーティストや建築家による「パビリオン・トウキョウ2021のひとつとして、南青山に建てられた「ストリートガーデンシアター」である。

建築家の藤原徹平らによるこのパビリオンは、立体格子状に組まれた木の柱や梁のなかに階段や通路や植木鉢を組み込んだ梁がさまざまな角度で交錯する、鉢植え溢れる下町の路地が折りたたまれて小山を作っているような様子の建築物であった。

当初、ウェブサイトで予想図を見たときに私が抱いた感想は「これは水やりが大変だぞ」というものであった★3
自動潅水装置でも付けない限りは、担当者が何人も張り付いて一日中水やりをしているパビリオンになるのではないだろうかと。

そして、完成し公開されたパビリオンはまさにそのような光景を呈した。担当者に知り合いがいたこともあって公開中に何度か訪れたのだが、いつ行っても誰かがホースやじょうろで水やりをしていた。

本稿を書くにあたって設計者の藤原氏らにあらためて話を聞くことができた。
当初、スケートボードパークのような都市のアジール空間での演劇舞台を構想していたが、コロナ禍での会期の延期で期せずして再考する時間を得て、家族や飼い犬と散歩するうちに、鉢植えの並んだ裏路地を東京の風景として再発見し、以前から関心のあった富士塚のイメージと結びついてこのような形が現れたのだという。

並べられた300個を越える鉢植えのなかには、実際に路上で見つけて持ち主から借りてきた鉢もいくつも含まれていた。維持管理には事務所中のスタッフが巻き込まれ、シフトが組まれて交代で水やりが行われたそうだ。
水やりは、片付けや清掃とは違う維持管理風景を見せていた。片付けや清掃は、時間とともにまとわりついた意図しない要素を消して、その施設の秩序をもとに戻す作業だと言える。

水やりにはそうした意図しない要素を許容する「世話」のようなニュアンスがある。片付けや清掃にはどうしてもある種の排除や強制の論理があらわれるが、植物の世話にはむしろ意図せざる変化を促しながらより高度な秩序へ育てようとする、ゆるさと期待と希望がみえる。

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■鉢植えの縁は都市の際

「ストリートガーデンシアター」の鉢植えたちにはまた、印象的な特徴があった。
実際の路上の鉢植えを参考に選ばれていた樹種が、今日の東京都心の環境を映し出していたことだ。

会場に置かれた鉢植えにはブーゲンビリアやデュランタ、ランタナ、シェフレラなど、従来は熱帯産の観葉植物として用いられ屋外に植えられることがなかった種類がいくつも見られた。
これらはすでに路上で見かける植物だが、このように一カ所に集められ、むき出しの温室のような様子を作り出しているのはちょっとした衝撃である[figs. 3, 4]。

figs. 3, 4──「ストリートガーデンシアター」、オープン直後
ともに筆者撮影

そんなトロピカルな布陣であっても、青山通り沿いの隅々まで舗装された乾いた暑い広場は鉢植え植物には過酷な環境であったようで、2カ月間の会期中に、鉢植えの配置換えが何度も行われていた。

パビリオンの中でも、日当たりや床からの距離などで環境が微妙に異なる。配置換えは、植物の様子を見ながら世話の一環として、その樹種により適した環境へ位置を入れ替えるというやり方で少しずつ進行した。

植物の様子はその樹種の原産地の風景を顕現するものなので、植物を見慣れるとその樹種と環境との適合が感覚できるようになる。パビリオン内の鉢植えの配置は、オープン時はあちこちに違和感を抱くものだったのだが、「パビリオン・トウキョウ2021」会期中に配置のチューニングが行われ、また植物の成長や淘汰もあって、2カ月を経た終わり頃にはずいぶん整合的で落ち着いた様子を見せていた[figs. 5, 6]。

figs. 5, 6──「ストリートガーデンシアター」、会期終盤の様子
ともに撮影=稲田玲奈

「ストリートガーデンシアター」の2カ月間の変化は、鉢植えの園芸がつくる風景の可能性がよく示されていたと思う。鉢植えは生き物の環境を内包し、植木鉢の縁に都市の際を作り出す。
また鉢植えはそれ自体を動かすことができるので、群として環境に適合した様態をとりうる。

そして、高頻度の維持管理が要求されるため、世話人の走り回る様子も込みで「鉢植えの生態系」を作る。鉢植えの生態系は制度や計画の風景である造園よりも、一歩先で「都市の際(先端、エッジ)」を示している。

【了】

1──中西泰人+本江正茂+石川初+清水修「キノコの知性、森の知性。人間の想像を超えた知のネットワークが都市のビジョンを変革する:連載『スマートシティとキノコとブッダ』ゲスト:深澤遊」【https://note.com/cityfungibuddha/n/n9a14d1c4822b

2──田嶋リサ『鉢植えと人間』(法政大学出版会、2018

3──「パビリオントウキョウ2021」ウェブサイト「藤原徹平 ストリートガーデンシアター」【https://paviliontokyo.jp/pavilion-fujiwara

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