建築用 2021年11月19日

くっつけて、ばらす、そしてまたくっつけて......(板坂留五:建築家)

板坂留五
1993年生まれ。建築家。2018年東京藝術大学院修了、RUI Architects。《半麦ハット》(西澤徹夫共同設計、2019)ほか。
https://ruiitasaka.ooo

「くっつける」と「ばらす」の関係

私は建築模型には主にスチレンペーパーを使用しますが、それらを接着させるとき、学生の頃からずっと発泡体専用の接着剤を使っていました。しかしある時、模型の手伝いに来てくれた学生から、「速乾Gクリアはないですか?」と聞かれたことをきっかけに、その性質の違いを知り、それ以降私の道具箱には2種類の接着剤が入っています。

私が以前から使用していた発泡体用の接着剤は、硬化することでくっついているためたいへん丈夫ですが、一度くっつけてしまうと剥がそうにも難しく、無理やり剥がすと素材が欠けてしまうことが難点でした。

それに対して速乾Gクリアは、丈夫にくっついているように見えるものの、ガムのように少しずつていねいに引っ張れば、素材が欠けることなく剥がすことができます。

この記事を書くことをきっかけに「速乾Gクリア」と検索してみると、セメダイン社のウェブページでは、「接着できないもの」のなかに発泡スチロール(スチレンペーパーも同等)が含まれていました。
「……え!? あれは、くっついていたのではなかったということ!?」と驚きつつも、設計の検討段階で模型を使う場合には、貼っても剥がせる道具として、速乾Gクリアを重宝しています。

デザインの過程では、模型に限らずドローイングも行いますが、筆記具にシャープペンシルや消えるボールペンを使ったり、紙だとトレーシングペーパーをマスキングテープで仮留めして重ねながら書いたりと、何かと行ったり来たりの作業が多く、「くっついているけどばらせる」性能を持った道具が欠かせません。

話を少し広げますが、現代社会においても、「サステイナブル」という謳い文句のもと、持続可能であることが当たり前になった今、「くっつける」ことには、同時に「ばらす」ことのできる性能も要求されているように思います。つまり、くっつけることは「目的」ではなく、ひとつの「過程」であるとも言えるのではないか。「くっつける」と「ばらせる」が、あるひとつの時間軸に並んでいたり、もしくは同時に起こるようなことがありえるのではないか。そのようなことを、最近は漠然と考えています。

(筆者作成)

バラバラなようでくっついている

2019年秋から20年春にかけて、「タンネ」というパン屋の2階にある倉庫の改修計画を行いました。倉庫としての機能を残しながらギャラリーの機能を加えた「タンネラウム」という新しい場所を作る計画です。

タンネはドイツパンの店で、クリスマス前の数カ月の特別な時期には、シュトーレンを作って全国各所に配送したり、催事を行ったりしています。2階の倉庫はその時に作られるシュトーレンのストックヤードとして使われていました。毎年時期が来ると力持ちのスタッフがスチールラックを何十台も組み上げ、シュトーレンの棚を作ります。年が明けるとラックはばらされ、また時期が来るまではとりあえずスタッフの控え室や作業場として利用されていました。

使われない時期がある部屋をもったいなく感じたオーナーが、春から夏はギャラリー兼貸しスペースとして運用したいと思い至り、始まったのがこのプロジェクトです。

オーナーからは、①アート作品(主にキャンバス)が掛けられること。②冬前には部屋いっぱいに棚が組み上がること。①と②の変換ができるだけスムーズであることが要件として求められました。

私はその要望を受け、時によってゾーニングを変えられるように、柱をグリッド状に配置しました。その柱には、角パイプが仕込まれていて、それをフックにして設置できるシュトーレンボックスも設計しました。シュトーレンの倉庫になる時はすべての柱にボックスをセットして棚が並ぶ整然とした空間に、ギャラリーになる時は、所々ボックスを外したり、キャンバスで柱の間を塞いだりしながら回遊できるような空間に変えることができます。

1:50模型(筆者作成)

ボックスの寸法は、シュトーレンの化粧箱の長さ300mmを基準として、両側から収納できる奥行き、一つセットすることで内側と上部の2段に収納することができる仕組みにしており、今までのスチールラックの4段分が一度でセットできます。

(左)シュトーレンボックスを取り付ける様子
(右)ボックスにパン屋の備品が収納されている様子

Photo by Nanako Ono

また、柱についたパイプにプレートのついた木棒を通すと、キャンバスが設置できるようになっており、主なキャンバスのサイズに合うよう455mmの間隔で柱が立っています。

(左から右へ)パイプに木棒を挿して、キャンバスを引っ掛ける様子

Photo by Nanako Ono

こんなふうにして、「シュトーレンと絵」それぞれの特性が等しく並んだ、大きな家具のようなものを設計しました。シュトーレンと絵は形も役割も異なっていながら、柱のピッチやフックの形状などを介して互いに影響しあっています。直接くっついていることよりも、この場所を介してじつはより密接なつながりを持っている、そんな関係です。

Photo by Nanako Ono

繰り返しと積み重なり

このような設計計画により、秋が来るとシュトーレンボックスが引っ掛けられ、年が明けるとボックスを取り外して絵を掛け展示を行うというような、身体的な「くっつける」と「ばらす」が繰り返されることで、この空間は成り立っています。

いずれ時間の流れや関わる人によって、シュトーレンを置いたり絵を掛けること以外にも、フックが別の使われ方をしたり、棚に別のものがフィットしたりして、想定とは異なるものごとが起こるきっかけになればいいなあと思っていました。実際にギャラリーとして運用されてみると、最初の想定であったキャンバスベースの絵の展示だけではなく、フック自体を作品に取り込んだものが展示されたり、棚に小物を陳列することで作家の部屋のような空間ができていたりと、次々と新しい使われ方がされているのを発見しては、驚いていました。

(左)絵の支持体としてフックを捉えた作品。手前は作品に使われている麻紐をフックに通している。奥は、フックに磁石をつけてカーテンのような作品を支持している。「パン屋と絵#13」にて
(右)棚の中に、絵のモチーフになっているオブジェや、作家の別の陶芸作品が並べられている。「パン屋と絵#14」にて

Photo by Nobutaka Mochi

この場所での誰かの発見がリズミカルに続いているきっかけとして、秋になると現れるシュトーレンがあるのだと思います。毎年絵を外してボックスを取り付ける、その定期的な繰り返しの間に、数回ある展示によって新しい「くっつけ」「ばらす」行為が繰り返しが行われる、それによりこの空間の質は積み重ねつくられています。

もともと、タンネで作られたシュトーレンは工業用の既製のスチールラックで整理されていました。それを再利用する計画を検討したこともありましたが、そうしなかったのは、スチールラックがどんな物品にも対応できる点に理由があったように思います。いわゆる既製のスチールラックは、等間隔に穴が開いており、パーツを買い足せば棚を増やすこともできるし、別の使い方に変えることもできます。つまり、シュトーレンと絵に限らず、どんなものにもフレキシブルに対応できるシステムを持った道具です。

それに対してこの場所の軸は、あくまで「シュトーレンと絵」です。このスチールラックの寛容なシステムが、かえってその軸をぼやかしてしまうのではないか。そう考え、シュトーレンと絵にまつわる寸法や機能をもとにしたまったく独自のものを設計しました。

それによって、ある場所を軸に中長期的な時間のなかで断続的にものごとが起こり、その場所に経験が積み重なって空間の質がつくられていく、こういうものが新しい持続可能な場のあり方なのではないかと考えています。

それぞれのものごとはバラバラなようでいて、場所を介して知らぬ間に関わりを持っている、そういう人と人あるいは人とものの共存のあり方を目指して空間をつくっていきたい。直接人と会うことを正面から良いと言いづらい現在の社会状況において、いよいよそういう場づくりが求められているような気がしています。

(筆者作成)

-了-

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