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建築用
2021年08月20日
「再び繋ぎ直す時代」に ─街と建築をデザインする手法─(菅原大輔:建築家)
今、街や建物と私たちの関係が大きく変わってきています。かつての経済成長期における街や建物は、都市に多くの住居を提供するための団地や生産機械を収納するための工場のように、人口も経済も右肩上がりに増えていく中で、それらを「収めること」を最優先の目的としてつくられてきました。
その後、時代と共に社会も変わり、さらにコロナ禍によって社会のデジタル化が一気に加速する中で、街や建物という現実空間で人と人が時間を共有することの意味が問い直されています。
こうした変革の時代において、人と人を繋げるソフトの部分から街や建物のデザインを構築しているのが建築家の菅原大輔さん。今回、調布市の事務所にお邪魔して、そのデザイン手法についてお話を伺いしました。
(インタビュー・特記なき写真の撮影 竹葉徹)
賑わいを創出する「micro public network」
高度経済成長期以降、日本の社会は各々の専門分野を切り分け、それぞれがピースとして最適化することで成長してきました。しかし経済成長のひとつのゴールが見えてきた今、社会の各分野がバラバラの状態では不都合なことが多くなり、これらを再び繋ぎ直さなければならない時代になっていると思います。
そうした中でまちづくりや建築デザインを行う私たち建築家は、デジタル化が進んでも存在する「人の身体」をどう受け止める場をつくるのかが問われています。私は人と人の繋がり方を見直すというところから新しいかたちが生まれると考えて設計活動をしています。
私の事務所では地域の交流や交通の拠点となる施設を多く手掛けていますが、その舞台の多くは人口5,000~10,000人くらいの規模の街です。そしてこうした規模の街を活性化させる手法として私が長年提唱しているのが「micro public network」というものです。
これは小さいながらも街に開いた場所をつくり、これを街の中に点在させてネットワークとして繋ぐことで、既存の環境を白紙に戻してつくり直す大規模開発ではないかたちで地域の活性化ができるのではないか、というものです。
こうしたプロジェクトのきっかけは地域の名士的な方、例えば交通事業者さんや酒蔵さん、不動産屋さんなどが街の現状や将来を憂いて、私たちにご相談されるというケースが多いです。そのように長年地元を支えてきた、もしくは地元に支えられてきた中で、街と一心同体だと思っている方がいる地域は、まちづくりなども上手くいくケースが多いように感じています。
山中湖村平野交差点バス待合所・観光案内所
ここで事例として「山中湖村平野交差点バス待合所・観光案内所」(2018年/山梨県)についてお話します。バス待合所兼観光案内所であるこの建物は、正三角形という独特のグリッドによって平面プランを構成しています。これはこの場所の眺望や、周辺建物の方向、人々の導線といった軸線を繋ぐことから導き出した、この場所だけの固有のかたちです。
この施設ではバスを待つ方がベンチに座ったり、サイクリストが小上がりに寝転んだり、ハイカーが基礎の立ち上がり部分で靴紐を結び直したりするなど、様々な方が様々なかたちで利用できる設えを空間に散りばめています。
こうしたベンチや小上がり、そして照明器具などは全て取り外しが可能で、カウンターや壁も含めて、気軽に改修できるつくりとなっています。こうすることで建物に対する将来的な機能変更にも柔軟に対応できる構成としています。
ここ以外にも、こうした施設を山中湖畔の周遊道路に現在いくつか計画しています。これらの施設をmicro public networkとして繋ぐことで、新しい賑わいを創出しようと試みているわけです。
設計活動と社会実験の場「FUJIMI LOUNGE」
実は私たちの事務所があるこの「FUJIMI LOUNGE」(調布市)も、人と人の繋がり方に関わる社会実験の場なのです。
私は建築家として様々なプロジェクトに携わってきましたが、少子高齢化などの社会状況の変化やシェアリングのような新しい価値観が広がってきた中で、「ソフトを理解しないとハードのデザインはできないのではないか?」という考えをもつようになりました。そこで自分の設計事務所の足元に、人と人の繋がりを生み出すような「民間による公共的な場」として、2019年にこの「FUJIMI LOUNGE」をオープンしたのです。
武蔵境通り沿いあるこの「FUJIMI LOUNGE」は、目の前にバス停があり、1階が通りに面したカフェ、2階と3階が設計事務所、地下が工作室となっています。また外部にはシェアサイクルのステーションを設けています。
1階のカフェスペースは街の人からは「デザイン関係の本が並ぶ洒落たカフェ」と興味をもっていただけますし、実際にスタッフがここで資料を見たりすることもあります。また地下の工作室は建築模型を制作する空間でそのための道具や設備を揃えていますが、休日は「街の工作室」という位置づけで地域の方々がDIYのためにご利用いただくことも可能です。
そしてこれらの空間を活用しながら「街にとって何が必要か?」という語り場的なイベントや対談、子供たちを対象としたワークショップなど、様々な専門家や街の人々と繋がる多様な活動を積極的に展開しています。
そういう意味では、この「FUJIMI LOUNGE」というハードを通じて人と人を繋ぐというソフトの世界に入っていっているとも言えます。
地域に彩りをもたらす空き家の活用
この「FUJIMI LOUNGE」は、「micro public networkの郊外版」という位置付けでもあります。現在、この場所を起点にバス停で3停留所くらいのエリアを対象として、点在する空き家を活用して庭先ショップのようなものをつくり、それを広げていくことで地域の魅力を向上させようという「空き家エリアリノベーション『まちのつながりプロジェクト』」を調布市と進めています。
元々この地域は空き家の重点対策地区になっていたのですが、市としてはそれが深刻化する前になんとか状況を変えたいということでお話をいただきました。私としても商店街がない、いわゆる「ザ・住宅地」というこのエリアを変えることができれば、郊外の街を活性化させるひとつのモデルケースになるのではないかと期待しています。
このプロジェクトはまだ動き出したばかりですが、具体的な空き家の見立てやどのくらいの資金があれば収支バランス的に成立するのかというような資料をつくり、意欲のある家主さんが挑戦できる仕組みをつくろうとしています。
「真面目さ」と「華やかさ」を繋げる
このように街や建築のデザイン、賑わいの創出に関わるプロジェクト以外にも、私の事務所では商業的なブランドの仕事も手掛けています。これらはある意味で「真面目さ」と「華やかさ」という対極に位置するような存在ですが、この両方を手掛けているのが私たちの強みのひとつではないかと考えています。
人間もそうですが、真面目なだけであったり、逆に華やかさだけよりも、その両方を備えた人が魅力的だったりします。
デザインも同じでそういうものをつくりたいという思いから、真面目なコンセプトの仕事にちょっとしたワクワクを潜ませたり、逆に欲望的で華やかなデザインの裏に真面目なコンセプトをくっつけたりすることで、健全な魅力というものを生み出せないかと考えています。
物語る風景
このように私の事務所は一見様々な規模や用途のプロジェクトを手掛けておりそのデザインも多様です。また実際にご依頼の段階で「建築をデザインして欲しい」というオーダーだったとしても、リサーチの結果、こちらからのご提案でインテリアデザインだけをやらせていただく場合もありますし、逆にもっと広域的なプロジェクトとした方が良いとご提案させていただくケースもあります。
これは私たちが全ての仕事において「空間と時間のスケールを繋げること」、つまり「時空間を繋げる」ということを第一のコンセプトに掲げており、それを体現する「物語る風景」をデザインとして目指しているためです。
この「物語る風景」とは、その敷地や地域、プロジェクトに関わる空間的・時間的な財産をしっかりとリサーチして、モノだけでなくその背景も含めて全体をデザインすることで生み出す風景です。このように私たちは空間軸・時間軸が繋がる風景をつくり出したいと思っています。
そのような風景を実現するために、私たちもプロジェクト毎に仕事の射程を変えながら、構造・設備・ランドスケープ・環境・ビジネスデザインなど、様々な専門家とも協働して課題を解決していきます。そういう意味でいろいろな人やモノ、記憶を繋ぐことで価値をつくり出そうとしているわけです。多分相当繋いでいる気はしています(笑)。
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